(写真:友達が撮ったナイスショット)
2011年11月12日
極端な感じ
(写真:友達が撮ったナイスショット)
2011年11月9日
宗教って・・・
先日、日本で法話や慰霊供養をして下さったダライ・ラマ法王は、日本からインドではなく、そのままモンゴルに行かれたそうです。世界で一番、多忙なお年寄りではないでしょうか…。年齢的にもお身体も万全とはいえないと思いますが、世界中に智慧を説かれ、そしてチベットのことを世界に知らしめていっしゃいます。現在、法王は政治的な立場からは退かれ、若い首相が誕生したおかげで、中国やコキントウ、毛沢東などを名指しし言及されています。政治的な地位に居た時は発言できなかったけど、バンバンと中国の悪さを言っていたで、もっともっと報道して欲しいです。モンゴルは同じチベット仏教徒がほとんどの国なので、法王を大歓迎しているでしょう。そして、中国に責められる同じ境遇でもあります。
来日の目的の一つであった東日本大震災の慰霊や被災者と共に悲しみを分かち合うために福島へ行かれましたが、お寺で法王のお話が聞けるのは「檀家さんだけ」と厳しく限定され、席は空席が目立ったそうです。お寺の外には法王のお話を聞きたい方々で、いっぱいいたというのは、まったく日本らしいですね。法王はそれを即座に理解し、お寺の話しの途中で「外へ行きたくなった…」と、外に出てお話され、海に向かって読経されたそうです。さすがです。法王の存在そのものが癒しであり、慰霊なのを理解していないが日本の仏教者ですね。檀家だけが癒されれば良いのでしょうか…。どうして日本の仏教者は「仏教」を本当に理解していないのか、考えてみました。
日本では人生の締めくくりのお葬式は仏教で、仏教者は多いけど、本当の意味では仏教的には生きていませんね。ブータンは国教としての仏教なので、国の支援があり、お布施や檀家がなくてもやっていけます。日本はお寺や僧侶に対し、国の支援(税金以外)はありませんので、各お寺が檀家を拡大し、お布施で生きて行くしかありません。なので、日本のお寺は「会社」と同じで経営が必要なんですね。そうなると檀家(株主)が重要で、他はどうでもいい存在。なんと悲しい仕組みでしょう。日本の仏教者が本当に仏教を理解して、昔のようにお寺や僧侶が精神的・物理的に困った人を本当に助けてくれる場になるといいですね。
ブータンが幸せであるのは、仏教が根幹にあるからだと私は断言できます。「幸せ」をもっと意識し、日々、生きることが大切だと思います。
(写真:コンビニをのぞかれる法王。お店を見るのは大好きだそうですが、欲しくても1日考えると、たいてい買わないで済むそうです。権威的ではなく、すごく近い存在に感じます。)

2011年10月29日
冬支度
ブータンは秋です。でも、日本の秋とは少し違うようです。昼間は日が照っていたら半袖でいいくらい。陽差しを避けなければまっ黒になっちゃいます。日陰に入ったいり、朝晩はかなり寒くて、外に行く時はダウンジャケットを持って行きます。寒暖差の激しさは初めての経験です。家の中は日中はポカポカなので眠くなりますよ。夜の寒さ対策でカーテンを厚手に変えることにしましたが、良い物がなく、結局、ブータンの布で作っています。あと少しで出来あがり。ブータンの布は可愛いので、いろいろ作り甲斐がありますが、テンちゃんがいるのでなかなか進みませんね。さて、30日のNHK スペシャルでブータンのチョウについてやるそうです。発見とか楽しそうなので、ぜひ、ご覧ください。
ブータン国王夫妻はインドへ外遊中です。スーツ姿の国王が新鮮でした。結婚のお祝いの最後には、それに向かった学生たちが交通事故を起こし、3人が亡くなるという悲しいこともありました。旦那の友人のお子さんでしたが、1台のジープに18人乗っていたそう。しかも、運転は無免許の学生。起こるべくして起こってしまった事故でした。その日は、お祝い中継はなくなり、国王&お妃は道を歩いて国民に挨拶は半分でカット。お顔は沈んでいました。亡くなったお子さんには国王から寄付があったそうです。今日は旦那はそのプジャの手伝いに行きました。
少し古いですが軍事情報誌のSAPIOにブータンの国土の2割を既に中国に取られた記事を読みました。ブータン側に冬虫夏草ロードを勝手に作っているそうです。最高級の冬虫夏草を中国は手に入れたいのでしょう。ヤクを山の高い位置の放牧している民族が、ヤクが帰ってこないので探しに行ったら、小屋ができていたそう。ヤクもお肉や毛皮目的で取られてしまったそうです。自然がこれだけ残っていれば、薬草の宝庫ですから、狙われてしまいますね。人の良いブータン人、でも既に2割取られていたら、やばいですぞ。
タシさんはドイツ人に続き、メキシコ人のツアーガイドをしていました。タバスコの国だけあって、タシさんよりも辛い物を食べていたそう。唐辛子を使って料理など教わっていました。ラッキーにもキチュ・ラカンでジェ・ケンポにお会い出来たそう。ゲストは誰?って感じだったそうですが、タシさんは初めてだったので喜んでました。次のツアーまで休みがあったので、少し早いけどテンちゃんの学校(幼稚園)を探しに行ってみました。モンテッソーリ幼稚園にも行きましたが、他と比べて全然違いましたね。環境って重要だなって思いました。インターナショナルスクールには、同じアパートの住人が先生をしていたのでどんな感じか聞けそうです。また時間があったら、学校訪問にいってみたいです。
(写真:バランスボールに載って、普通にマウスを握ってパソコンをいじっていたので驚きました)
2011年10月12日
お祭り騒ぎ
(写真:ティンプー・ツェチュ。死者が審判されてるところに道化師が加わっているのが、さすがブータン。)
2011年10月6日
走れるじゃん
華麗なる加齢臭を放つタシは、ドイツ人4人のガイドでブムタントレッキングです。またまた電話で、「す~んごく楽しい」と。何でガイドなのに楽しむのぉ~って感じですが、きっと本当に楽しい旅なんだと思います。さて、ブータンは今月、タイヘンなことになっています。まずは国王の結婚に向け、色々と準備をしていますが、「あれ、今頃それ作るの?」って感じなので、間に合うのかな?普段、混雑している道に祝賀ゲートを作っちゃったりして、大渋滞。いつもの道が一方通行になってしまい、家に帰るのに隣町経由で帰りました。でも、普通じゃない状況ってワクワクします(イライラもあるけど)。ブータンの首相が日本から帰る際、インドに寄り、ブッダの遺品を借りてきました。たぶん、国王結婚の大事な時だからだと思います。それが限定公開され、見に行きましたが、これまだタイヘン!ブータンの全人口が来ちゃったんじゃないかって感じです。し・か・も、ブータン人は並ぶという感覚が元々ないので、そりゃ~面白過ぎました。
まずは最初のゲートまで列にはなっているものの、後ろの人は私の腰に手を当ててました。何でも楽しむブータン人。第一ゲートはロープで入場制限をしていて、それが解かれた瞬間、初めて見ました、走る走るブータン人。ゲート内は夏休みのTDLより、はるかに長い列。炎天下、日傘はゾンなのでさせません。2時間くらいかなぁと想像しながら、皆なの派手派手な民族衣装を楽しんでいると、いきなり、列決壊!次のロープにどっと人が押し寄せ、妹に引っ張られ私も渦の中へ。押せよ、押せよでルールなんてありましぇん。テンちゃんが騒動に泣きだしてしまい、私も身動きが取れず、人で波打つのは四半世紀前に吉川晃司のライブで体験して以来。この後どうなるの?と考えると、大混乱を楽しむブータン人にやや危険も感じたので、渦から外れました。レリックは近くで見れませんでしたが、遠くから充分見えたので善しとします。お母さんは渦の中に残り、ちゃんとブレッシングしてもらってました。テンちゃん、スーツ着て行ったのにね・・・。ブータン、面白過ぎ~!!
2011年9月28日
カレー臭?
タシさんが昨晩、余震があったと言っていました。私も昨日の日中に揺れた気がしましたが、妹がバランスボールでボンボンやっていただけかも。先日、地震の直後、情報不足でやや不安もあり、前の職場の上司にブータンでの地震時の対応を教えてもらいました。構造建築の大家の方です。日本とは頻度は違えど、ブータンも立派な地震地帯の国だそうです。そういえば、2年前にも東で大地震があったので、2年に2度大きな地震が来ていることになるので、地震国ですね。そもそもヒマラヤ山脈ができたのはインド亜大陸が、南インド洋から運ばれて来て、ユーラシア大陸にぶつかって押しているから。日本列島にぶつかっている太平洋プレートやフィリピン海プレートに比べて動く速さが半分程度(1年に4.5cm)なので頻度は低いそうです。建物の耐震としては鉄骨そのものは強いが、溶接職人の技術がお粗末なことも考えられるので、この国では揺れを感じたら一目散に飛び出して、大きい木の陰にひそむのが良策だそうです。ブータンの昔ながらの民家は、そうでなくても崩れそうな感じがヒシヒシとするので、日本の避難とは違って、「外に出る」がこの国では良さそうです。うちのアパートの場合は、アパートの出口の上が、4階までガラス張りなので、これが落ちる可能性があるので注意しないといけません。建物ごとに避難方法は違うと思うので、ブータン人にこれを理解してもらうのは至難の業です。なので、「外に出る」が良いようです。それと地震が来る国だということを理解する必要がありますね。ブータンでは祈りの力でどうにかなると思っていますが、自然現象がありのままを受け入れるしかないです。
さて、昨日弟に「どうして兄さんはいつも臭うのか」と聞かれてしまいました。弟よ、それはカレー、いや華麗、いや「加齢臭」というのよ。タシもすっかりオッサンです。秋はツアーシーズンということで、ほぼ休みなしでずっとツアーです。ツアー会社の場合は稼げない時期もあるので、頑張って~!! ティンプーは降り続く雨が止み、洗濯物が乾くようになりました。今日は朝早くからチョルテンでプジャが行われています。10日間やるそうです。国王結婚へのプジャです。13日がプナカで王族や関係者の結婚式で、15日が首都ティンプのチャンリミタン競技場で披露だそうです。結構、盛り上がっているのかもしれませんが、正直、興味ないですね。ミーハー気分で興味あるのは衣装くらいかなぁ。タシママはあんなにトンサに帰りたがっていたのに、結婚の模様がここでは見れると分かり、それが終わったら帰ることに変更しました。トンサは電気は通じたもののテレビは見れないので、その方がいいですね。もしかしたら、その話を聞いてお父さんもトンサからやって来るかも。先日は僧侶の弟も居たので広くない部屋ですが7人が寝泊まりしました。寝られる場所さえあれば、ブータン人は雑魚寝でもいいそうです。僧侶の彼は昨日、ニューデリーのカルマパの寺院へ戻って行きました。今時の僧侶って感じでしたが、さすがに掃除は上手かったです。ブータンでは親戚が泊まりに来るのは頻繁で、その間は食事を作るのはやや大変ですね。うちの場合はテンちゃんの日本食にタシママの病人食、そして辛いブータン料理なので、妹が出勤して居ない時はアワアワしちゃいます。私の作るマズイだろうブータン料理も一応食べてくれます。最近は私も辛い物を食べていたのですが、舌が壊れてしまいテンちゃん用の微妙な味付けが出来なくなってしまいました。なので、辛い物はやめることにしました。やはり日本食は健康でいいですね。将来を考えると辛いブータン料理で病気になるのは間違えないので。タシの友人達は私が日本人なのに親戚が来ても平気なことを褒めてくれます。日本人の中では、親戚が来ると家ではなくホテルに泊まってもらう人もいるそうで、それはそれでお金を出して良い状況で寝泊まりしてもらうので良い気もしますが、ブータン人は親戚が来たらもてなすことが大切みたいです。タシさんの友人が遊びに来るたびに、その話をして行き、ホテルに泊ってもらう日本人をひど過ぎると言います。なので本来は3人の住まいなのに、なんで7人?なんて、口が裂けても言えそうにないですね。家族が大勢なのは楽しいですよ。
(写真:建築世界大会のレセプション。なにをお話されたかな?ブータン国王は11月に訪日。新婚旅行ですね)
2011年9月26日
正念場かな
ロサル(仏教のお祝い)が年に何回かあり、23日は“Blessed Rainy Day”で長い雨季が明ける日と言われています。日本と同じ、季節の変わり目ですね。この日は水で身体を清めるとBlessingされてことと同じ意味だそう。水のひとつぶに天使がいるそうです。水道の水も、水源は自然・神の恵みなのでOKだそう。1時に洗うといいとのことで、テンちゃんも私も、髪を少しだけ濡らしてみました。その後、雨期は開けず、むしろ本格的な雨期に入った感じで、雨ばかり。洗濯物は乾きませんね。9月に入ってから日中の日差しがとても強く、セミが鳴き始めたので、四季があるといっても日本(東京)とは違いますね。朝晩は少し寒いくらいなのに、セミがすごく鳴いています。
大きな地震の後、余震はほとんどなく、忘れ去られそうな気もしますが、西の「ハ」は建物がダメージを受け、外に暮らしている人もいるそうです。首相は国連総会でニューヨークにいて、フェイスブックでコメントしたものの、ニュースではコメントがありません。今は日本で建築世界大会の基調講演や福島被災地訪問など予定があり、帰国は10月1日。自国が地震被害が大きいので、早く帰って来て欲しい気もしますが、外貨を稼ぐ意味もあるでしょうし、予定を変えるのは難しいのでしょうね。もし、これが日本だったら、首相バッシングですね。国王は東の方に公務で行っていましたが、戻ってきて被害のあったゾンなどを訪問しています。自然災害の時にはもう少し、国王も首相も良い動きをして欲しい気もしますがブータンの限界なのでしょう。
国王のニュースは頻繁にありますが、なぜ、第4代国王が王位を早々に譲ったか、その理由が分かった気がします。第4代国王はブータン人は神と思っています。ものすごい才覚で、これは多くに知られていますね。その前までは国王が亡くなってから、王位が移っていましたが、第4代国王は、それだとこの国は危ないと思ったのだと想像します。退いたフリして、バックでコントロールをしているのでしょう。第5代はもうすぐ結婚されますが、公務なのにずっと未来のお妃と手をつないでいます。場を弁えずスタイルを気にして、若者に受けようと違う方向に努力しているようです。妹曰く、「国王は私達の手本なのに、好きだからって、いつでも手をつないでるのは、国民には良くない影響だ」と、めずらしくまともなことを言っていました。若い世代は欧米化していますが、スタイルばかりを気にして、大切なことを失いそうな気がします。うちのアパートの隣の住人は、車のメンテナンスの成金です。うちにまで音楽がガンガンに響くほど大きな音をたてたり、家族はみんなタトゥだらけです。今日、ゴミを出しに行った時、お嬢さんに会いましたが、くわえ煙草に鼻ピアス。民族衣装のキラを来ていたので出勤でしょう。残念ながら、ブータンでは生活が裕福になると下品な方向へ行ってしまうようです。
2011年9月22日
理解が難しいと思うこと
18日の地震後、夜中に数回、震度1程度の余震がありましたが、周りのブータン人は誰も気づかなかったそうです。怖がっていたわりに笑えます。弟の学校では避難訓練で笛の合図と共に、机に入る練習をしているそうです。地震の話題は絶えませんが、何でも楽しむブータン人。どうやら最近は地震ネタに楽しんでいるような面も見えます。ただ西の方では民家3,000がダメージを受けていて、住めない家もあるそうなので深刻ですね。頻度は低くとも、日本と同じ地震地帯にある国だと分かったので、対策を取りたいと思います。
おととい、インドに住む僧侶の弟がやって来ました。2人いるカルマパ17世の、ダライ・ラマ法王が認めた方ではないカルマパの所にいる弟です。この弟は何だか問題がある気がします。有名なカルマパの元なので、あちこち海外に一緒に行くことができます。彼はフェイスブックで私と友人ですが、遊んでばかりいる気がします。うちに来てサーフパンツをはき、プロレスのテレビを見ている彼は、どうも僧侶と思えません。もちろん日々、色んな勉強をして、お勤めもしているのでしょうが、なんか、彼を見てるとしっくりこない…。仏教的な話は聞けないし、家に来て高そうなパソコンで何をしてるかと覗くと、今時の映画を見てました。パソコン以外にデジカメや携帯も高価そうです。トンサでお母さんの具合が悪くなり、プジャの必要になった時、弟は手伝いもせずティンプに帰ってしまったそう。お父さんは驚いたとか。うん~、なんだか彼の将来は心配です。僧侶として位が高くなると、海外での法要ではお布施が個々の財産になるそうです。リンポチェはとてもリッチだったり、その家族はとても潤います。リンポチェ、と言ってしまったモノ勝ちのようところもあり、それが本当に生まれ変わりなのか、そうでないのかは分かりませんし、違うというのも失礼ですね。なので、本来なら一人である生まれ変わりの僧が、ブータンには何人もいちゃったりします。ウソをついてはいないかもしれませんが、思い込みたいのかもしれません。だって、高僧の生まれ変わりはお金持ちになるので…。海外に連れていってくれ、最新のコンピュータなどを買ってくれるリンポチェは、私はどうも支持できません。もしかしたら、弟はそこから離れた方が僧侶としてはいいのかも。社会性と思いやりに少し欠ける弟よ、僧侶であることは素晴らしいことなのよ!
話し変わって先日のこと。旦那がお客さんと晩ご飯を食べに行ったら、別のお客さんのガイドが泥酔していたそう。あまりの酷さにタシさんが謝ってガイドを外させ、うちのお客さんと一緒にご飯を食べたそうです。ブータンのツアーは特殊で、ガイドが旅行中ずっと一緒です。そのガイドが良くないとツマラナイ旅行になります。ブータンはとても高い旅行代金を払っての旅なので、事前に確認した方がいいかも。最近、よくガイドが良くなかったと耳にします。タシさんはその日は怒りで眠れなかったそう。ずべてのブータン旅行が同じように質が悪いと思われたら悔しいと言ってました。ガイドの低下の原因は、ベテラン級のガイド達は、自分で会社を起こし、ガイドとしては出なくなり、今は新しいガイドが増えたそうです。国はlicenseを簡単に出すので、知識やマナーの低いガイドがいるんですね。
(写真:大家さんの家は、今日プジャです。前日にバターを使って、人形のような物を作ります)
2011年9月8日
幸せな理由
子どもが「ドラえもん」を見て、大喜びしてテレビに手を振るなんて想像もつきませんでした。大きくなったなぁ・・・。最近は思い通りにいかないと泣いて見たりするテンちゃんです。マネが得意で、どこからか綿棒を持って来て、耳に入れていたのでビックリしました。私のお化粧ポーチをいじって、鏡を見ながらお化粧していたのにも驚きました。何をするか分かんないので用心しないといけませんね。
昨日は神戸からのツアーの皆さんの招待で、夕食をいただきながら、主婦代表としてブータンについて、アレコレお話をさせていただきました。うちのお客さんではないのですが、ブータンについてメールで問い合わせがあり、お応えてしていたら、ぜひ会ってお話したいとのことでした。皆さんはGNHについてグループ論文を書くそうです。JICA所長さんや市役所で環境問題に取り組む日本の方のお話も聞くことができました。ブータンが幸せな理由や、知られていない現実問題など、とても勉強になりました。私が感じるところの究極は、やはり小さな頃からチベット仏教を親や学校が教えられていることは、この国が幸せである理由の最大要因だと感じます。日本は教育に宗教はタブーですが、信仰心や畏敬の念のようなことがあるとないでは、大いに違いがあるなって感じました。生活で大変なところを聞かれましたが、大変と思えばすべて大変なことばかりですが、その辺りは考えようなので、虫刺されくらいで、本当に幸せを実感できるとお応えしました。ツアーの皆さんからは不要になった衣類やタオルをたくさんいただき、必要とされているところへお渡しします。日本食もお土産にたくさんいただき、しばらく楽しめそう。
(写真:この時期恒例のエマ干し。屋根が赤く染まってくる時期です。辛みが増します)
2011年8月30日
番組案内
●BS日テレ『トラベリックスⅢ』
ティンプー 9月3日(土) 09:00-10:00)
パロ 9月4日(日) 21:00-22:00 パロ
(再放送:9月10日(土) 09:00-10:00)
http://www.bs4.jp/document/travelix3/
●NHK総合 『 ASIAN PASSION 幸せの国のサッカー』
~ ブータン代表の日本人監督 ~
9月7日 (水)午後 3時 15分 ~ 4時
(写真:マツタケが1本30円くらいです。たくさん家にあって、もうエリンギ感覚で料理しています)
2011年8月9日
旅
先日3日はお釈迦が初めて仏教の教義(法輪)を説いた日でブータンは祝日でした。ブータンの人達はゾンなどに祈りに行く日でした。私は弟とテンちゃんを連れ、近くのメモリアル・チョルテンに祈り行きました。チョルテンの中が開放されていたので3人で入ると、テンちゃんがいきなり五体投地(チベット仏教の祈り方)のようなことを始めたので、弟と私は茫然でした。前世はお坊さんだったのでしょうかぁ。外で祈っていた人を見たんでしょうね。タシさんは日本語ガイドとしてのツアーが終わり、とても楽しいお客様だったそうです。お客さんより自分の方が楽しんでいたのかもしれません。日本が夏休み時期なので日本からのお客様が多い時期ですね。タシさんはまたツアーが始まります。そんな中、鬼の居ぬ間に・・・ではありませんが、私と妹とテンちゃんは急遽、バンコクへ旅することにしました。妹は初めての海外旅行です。飛行機も初めて。パスポートも初めて作り、急に決めたので、ちょっとアワアワと忙しくなりました。弟の食事が心配ですが、本人は作れると言っています。大家さんに彼の分もお願いしようと思います。パソコンは持って行きますが、果たして使えるかどうか…。私は5度目のバンコクですが観光は初めてガイドブックもないので、どんな旅になるか・・・。きっと蒸し暑いだろうなぁ。
(写真:リンゴが赤くなってきましたよ。ブータン産のマンゴジュースは美味しいので一気飲み)
2011年7月5日
家族
ブータン宗教界の最高権威であるジェ・ケンポ(大僧正)によるプジャが3日間あり、ラストの日曜は大勢が訪れました。テンちゃんも従兄弟と受けにいきました。1万人くらいは来ていたと思います。亡くなった人と生きている家族の名前を別々の紙に書き、プジャへの寄付(祈祷料)します。たぶん、3日間で相当な額が集まったでしょうね。祈祷はブレッシングといって1年間は守られるそうです。読経は長くて途中でテンちゃんや従兄弟達は帰り、私は大家さん一家と一緒にブレッシングを受けました。大家さんのところは、さすがに用意がよく、座るのに痛くない厚めのシートや、フルーツとスナックなどあって、とても助かりました。ブータンでは家族関係がすごく濃く感じます。こういった宗教的なイベントなどに家族が揃って行くし、週末は家族みんなでピクニックなどしています。ほぼ、毎日のように実家に電話もしていますね。うちは今、タシさんの妹と弟が今は一緒に住んでいるので家族5人でワイワイと結構楽しいです。テンちゃんの面倒をよく見てくれるので、最近はテンちゃんを任せて、長くはありませんが出かけられるようになりました。ソファを買おうと思っていて、あちこちタシさんと見に行っています。弟は短い夏休みがもうすぐ終わり、少し遠いですが、うちから学校に通うそうです。今週末はタシさんにテンちゃんを預け、妹と弟と映画に行く予定です。私は末っ子だったので、下の兄妹ができて嬉しいです。
(写真:ジェ・ケンポと国王の車は、ナンバーが「BHUTAN」。テンちゃんは従兄弟と楽しそうでした)
2011年5月20日
衝撃の朝
坂下にあるラカンで車のプジャをしていた時、行き止まりの一本道は大渋滞でした。ラカンの中に入りきれないほどの車。祈祷を受けていました。日本なら神社のお札くらいですが、車も人も同じように祈祷を受けるなんて面白いですね。どうぞ安全運転でお願いしますね。こっちは車のマナーは“ない”に等しいかも…。最近、朝、テンちゃんに衝撃的な起こされ方をします。モノが落ちてくることは何度かありましたが、鼻の中に指を突っ込んで起してくれます。しかも、小さな指はかなり奥まで。泣かないで一人で遊んで朝寝坊の私を待っててくれるので、良しとしましょう。先日はお友達とブータン旦那についてちょっと語り、ブータン人ってなんとなく共通してる性格みたいのがあるなぁと感じました。山の天気は変わりやすいと言いますが、ついさっきまでとても良いお天気だったのに、いきなり強風でブーフーウーの家なら飛んでいってしまいそうなこともあります。大家さんのところの甥っ子、テンジンは2歳でワンパクです。家にかってに入って来るのは全然いいのですが、せめてテンちゃんが寝ている時は、私を休ませて~!!ということで、カギを掛けるとドデカイ、ベルを何度も鳴らされるので、大家さんが電源を切ってくれました。ホッ。自分がワンパクなくせに、“テンちゃんタマシップ”テンちゃんはいたずらっ子と言っていますよ。お隣のハセルは家に来ると帰るのが嫌でママがお迎えに来ると部屋の隅っこに行って壁に向かって立ち、壁と同化し忍者作戦なのでしょう。
2011年5月11日
おもしろ~い
ブータンの国営放送を見ると、啓発というか、そんなこと「当たり前じゃん」的なことを放送しています。例えば、事故が起きた場合の救急車を呼ぶ方法とか、親のアルコールで子どもが学校に行けないのはダメだ、とか、そこらにゴミは捨ててはいけないとか。ブータンの人達は日本でいうところの常識をまだ知らないんですよねぇ。昨日、用があって銀行に行きました。えらい混雑ぶりであんぐりしながら壁に目をやると、掲示板のところにIDカードのようなモノが…。近づくと、まさに本物のIDがざっと20枚くらい。落し物でした。これがなくって困っている人も居ると思いますが、連絡とかしないんですね。もしかしたら連絡の取りようもないのかも。ブータンは日本みたいな何町目、何番地みたいな住所がありません。日本だったら悪用されるから…とか、重要なモノは落とさないように用心しますし、落としても、何かしら連絡がありそうですよね。だって、IDですよ。日本にはないけど免許証やパスポートみたいに、自分が誰か証明できるものって、かなり大切じゃないですかぁ…。ブータンの場合、悪用しようなんて考えもしないし、実際、使い用がないのでしょう。まぁ、お国違えば色んなことを考えさせられます。
最近はちょっとしたきっかけがあって、ブータンのGNH(国民総幸福量)について考えるようになりました。ブータンってGNHがあって「幸せの国」って多くの方が思われている気がしますが、GNHがあってもなくても、彼らは穏やかに、こころ豊かに居たと思います。幸せでない部分があるからこそ、ブータンという国が憲法にまでGNHを入れて、目標というか指針というかにして、目指すのであって、ブータン人が皆な幸せって訳でもないかなぁと感じます。ただ、彼らは「自分が幸せか」なんて、少し前まで考えてなくって、ただ仏教の教えに従って生きてきたから、執着を持たず、施しをして、情報量も少なかったから欲望も少なく、というか、どんなことしようがお金が入る訳ではないので、強い物欲を持ちようもなく、なので家族や親戚、友人との語らいを大いに楽しみ、深い欲望がないので焦りもなく、計画性もあまりなく、“いま”を生きているんだなぁと、感じます。日本人は頭が良すぎて、これって生きるのには、返って面倒なことが多いのかなぁ。無邪気に、自分の気持ちに純粋にいるブータン人は、いいなって感じました。(まとまりのない文だけど、これでいいのだ。)
2011年5月6日
人生を観る
タシさんがツアーで、よくよく考えたら、テンちゃんと2人だけの生活は今回がほぼ初めて。日本では、ほとんど実家に居たので、手伝いの手があって、今回初めて背中にテンを背負いながら家事をして、知らぬ間にクークー寝てました。今更ながら、子育てって大変ですね。タシさんにはツアーが終わったら、速効帰ってきて~と、電話しましたよ。昨日はこどもの日。そんなことスッカリ忘れ、夜にスカイプでスウェーデンに住む友人と話しながら、そういえば昨年は実家で大きな鯉のぼりが泳いでいたなぁ~と。でも、ポールを立てるのがすごく大変だったので、今年はやらずに済んでホッとしています。お父さん、せっかく買ってくれたのに、ごめんね。ブータンは、あちこちに祈りの旗がはためいているので、どさくさにまぎれ、ここで泳がせちゃえば良かったかなぁ…。さて、昨日はテンちゃんのバースヒストリーというモノを作っていただきました。生れた日・時間で、人生を読む占いに似たようなモノです。ブータン人ならみんなするそうで、例えば、この年は良くない・・・なんて時はプジャ(祈祷・法要)をしたりします。観てくれたのは大家さんの親戚の方で、テンちゃんは、健康で長生きでお金持ち、だそう。まぁ、ほんまかいなって思えるほど良いことづくめですね。前世は何と“牛”だったとか。だから、私は牛肉が嫌いなんでしょうかぁ。親の誕生年も関わり、私の要素は“鉄”、タシさんとテンちゃんは“水”だそうです。ゾンカで書かれているので、これを英訳し、ブータンの紙に印刷して、ラミネートをして大切にとっておくそうです。観てくれた方は、ビックリするぐらいの大きなおじさんで、タシさん曰く、会ったのは初めてだけど、有名な方らしく、例えばアーチェリーの大会の前などに、プジャ(祈祷)して貰ったりするそうです。それにしても、本当にプジャだらけで、昨日も朝も早くからプジャで、“鬼は外”みたいな感じで穀物をバターで作った人間の代わりのようなモノに投げました。テンちゃんは最初は太鼓とラッパの音でビックリしていましたが、自分もみんなのマネして穀物を投げ、そこにおやつのザウが入っていたので、知らぬ間に口に入れたりしちゃっていました。とにかく健康であれば嬉しいです。
(写真:おじさん、ジャイアント馬場並みで写真に入りきらず)
2011年5月3日
旅
昨日は朝6時起きで大家さんとデチェンプ・ラカンに行きました。タシさんはツアーだったので、テンちゃんを担いで登れないと最初は断りましたが、大家さんのお嬢さんは担いでくれるとのことで行ってきました。おテンちゃんはプクプクでふくらはぎに一本横線が入りましたよ。このラカンは私が大好きな地域にあります。なぜかティンプーの北の方に心が惹かれます。ぜひ、ブータンに来た折りには民族衣装を着て行きましょう(観光客は許可が難しいようなことがガイドにあり)。またまた珍事件ではありませんが、昨日はタシさんからツアー中に「モモは日本語で何?」と電話を掛かってきました。日本語でのガイドに悪戦苦闘していたようです。タシさんの言葉くらいで「日本語ガイド付き」というのは詐欺に近いですよ~。夕方になって「うちに連れて行っていいか」と連絡があり、お客様が来たいのならどうぞ、と急いでキラを着てお迎えしました。来て早々、平謝りでしたが、「英語でペラペラと、こっちのことはお構いなしにガイドされるより、ヘタでも日本語で説明してくれて、ちゃんと通じているから大丈夫」と優しい言葉をいただきました。タシさんにはまだレベルが低いので間違えて迷惑をかけないよう、最初に日本語で言って、同じことを英語でも言うようにした方がいいよ、と言っておきました。非日常を味わう旅が思いっきりJAPANで申し訳なかったので、大家さんとお隣ハセルママのキラ織りを見ていただきました。大家さんからはブータンのお土産として手作りのミニポーチのプレゼントがあり、ブータン人は興味津々なので、お客様一人に大勢が話しかけていました。都会ではありますがブータンの家庭を少し見ていただけて良かったです。正味4日間の旅だそうですが、ブータンの良さを感じて頂けるといいのですが…。今日はタシさんにキラを持たせ、もし良かったら着てみないか誘ってみるよう提案してみました。ブータンは旅行費が高くつき、しかも日本からは飛行機の乗り換えがあったり、仕事もあれば、簡単に出来る旅ではありません。タシさんには彼女にとって「最初のブータンで、最後のブータンの4日間かもしれないよ」と、いろいろ楽しませてあげるようベストを考えてね、と。会社が違ってやりにくさもあるようですが、ガイド業はやはり好きみたいですね。(写真:お天気は最近曇りがち。水たまりを発見し、何が何でも行きたがるテンちゃんを阻止)
2011年4月25日
ふしぎ
ここ首都ティンプーは標高2,400m以上あるので、ほんと、手を伸ばしてジャンプすれば、雲をつかめそうな気がします。昨日は大家さんが麺を作るので楽しみにしてて、と言われて待っていたら、きしめんでした。チベットの餃子モモを作る予定でしたが、時間がないので麺に変わりました。大家さん一家の娘と、ジミママ、テンジンママは裁縫の仕事に出ているので、大家さんはテンジンの面倒をみながら自分の仕事もしているので、前よりも忙しくしています。きしめんは汁につけるのではなく、味が付いていて、ネギとショウガ、そして玉ねぎのみじん切りを油で炒めたものが入っていて、軽く塩味がついていました。そーめんチャンプルーに似た味で美味しかったです。もちろんブータン人はこれにエマを入れます。ブータンの料理は日本人はあまり辛くしなければ、結構好きなんじゃないでしょうか。最近は毎晩、妹と弟、妹の彼氏が家にやってきます。レストランではないのよ、ここは。すごい勢いでお米が無くなっていきます。お父さんから貰ったお米なんですけどね。3人してテンちゃんをうばいあっていますよ。人前でクルクル回って歌うテンちゃんは見ていて楽しいのでしょうね。ほんと不思議に思うのはブータン人の顔。なんでこんなに日本人に似ているのでしょう。2~3人いれば中国人や韓国人はすぐに分かりますが、ブータン人は色黒の人、もしやサーファー?くらいで、絶対に日本人に間違えられると思います。ネパール系の人はもちろん分かりますけど…。ブータンと日本の言葉も共通するものがいくつかあったりします。弟は色もそんなに黒くないし、ジャニーズにいてもおかしくない感じです。人類の最初がアフリカで生まれ、色んな風に派生していったんだと思いますが、ブータンとチベットから中国大陸をふっとんで日本に行ったんでしょうかぁ。誰かこの謎、教えて下さい。
2011年4月22日
ご加護
昨日は風はそれほど強くなく、日差しは夏のようでした。日本よりはブータンの方がこの時期は暑いみたいです。うちの大家さんは何かとどこかへ連れて行ってくれます。先日はサブジを買いに行きがてら、話をしに来ていた尼さんを家まで送りに行きました。山の上の方に独りで住んで修行しており、お部屋を見せてくれました。たくさんのリンポチェやラマの写真が貼ってある小さな部屋にお経を読む時の座布団が置かれていました。キッチンもベッドルームも質素で小さく、全体として家というより、小屋のような感じでした。瞑想をするための家と言った感じで、久々に別世界に来たんだなぁという実感が湧きました。昨日は近くの尼寺にリンポチェが来ると言うことで、テンちゃんと私を連れていってもらいました。前にもお会いしたことのある方で、若くて奥さんも子どももいるリンポチェです。みんなキラを着ているのに私は普段着だったので、すぐに外人とわかったようで“こどもは何人?”、“テンちゃんは何歳?”など、お話してくれました。大家さんも他のみんなは頭を下げたままでした。リンポチェのご加護でしょうか、テンちゃんも私もその後、晩ご飯も食べず、お風呂も入らずに爆睡してしまいました。
ブータンは“幸せの国”と言われ、GNHで国をアピールしています。観光客はわずかな期間の滞在でそれを実感し、みなブータンやブータン人に魅了されますね。でも、仕事をしたり、ブータンに住んだりすると幸せばかりを感じる訳にはいきません。まっ、こんなこと当たり前のことですが…。様々な問題がありますが、問題の捉え方がブータン人と日本人ではまったく違っています。日本人なら不満、ブータン人は仕方がないと受け入れます。そこがこの国は幸せと言われる大きなポイントだなって感じます。度量です。ここで幸せに暮らすことはブータン人を見習って、度量を大きくする必要がありそうです。日本人は既に色んな事を知り、持っています。第四代国王は“情報量は欲望に比例する”とおっしゃったそうです。既に知っていることのレベルを下げることは非常に難しい・・・。仕方がないと受け入れられる器を私もすこしずつ持っていければな、と思います。
テンちゃんは自分で何でもつかんで食べるようになってきました。ブータンのおやつであるシップ(コーン)を切りなく食べているので虫歯にならないように気をつけたいのですが、最近、歯ブラシは舌でブロックされてしまい、なかなか難しいですね。大好きなザウ(日本のポン菓子みたいな)は、気づくと家中にまかれてしまって、後が大変です。でも、たくさん食べて元気でいて欲しい、それだけが私の願いです。
2011年4月7日
売切れゴメン
無事、ブータンへ着きました。そして、涙の日々から解放されました。きっと私は悲しみから逃れたかったんだなぁと日本を離れてから気づきました。まったく弱い人間です。ドックエアーでは日本ではあり得ないと思いますが、首相と同じ列でしたよ。お疲れなのか、ずーっと寝ていたようです。テンちゃんはまったく泣きもせずに、ご機嫌な旅だったようです。環境の変化が少し心配でしたが、大家さん一家にものすごく可愛がられて良かったです。同じアパートに1歳上と3ヶ月上の男の子が居るなので、かなりエンジョイしちゃっています。1階に住んでいた女の子が居た一家が、離婚して居なくなっていたのに時の流れを感じちゃいました。今日まで部屋の片づけと掃除をしていたのでホテル暮らしでしたが、明日からはアパートに戻ります。ただ、ネットを早くつなげたいなぁと思っていたら、ブロードバンドが売り切れたそうで…。そんなことってあるんですね。これを機会にネットから遠のくのも良いかなぁと思ったりもしましたが、友達は心配しますね。このブログはほんと個人的なくだらない内容なので、知り合いだけに公開したらいいかなぁと検討中です。家族はそろそろ涙の生活が終わってくれているといいのですが…。それにしてもブータンは誰もが赤ちゃん好きで、ホテルスタッフが荷物を持ってくれると思いきや、テンちゃんを持ってくれて自分達で荷物を運んだのに笑えました。かわるがわる、男の人も抱っこしたがります。そして、みんな“重い”といいます。見た目はそんなに見えませんが、石のように重いです。テンちゃんの言葉はどうなるかなぁと思いましたが、ブータンの言葉ゾンカは、お友達と遊んでいれば自然と覚えられそうですね。今日は大家さんのところで、久々のブータン料理を堪能しました。といっても、エマ(唐辛子)をほとんど使わないでくれたので、ブータン人には物足りなかったかも・・・。
(写真:空港にて。首相たちは赤い絨毯を用意され、私たちがタラップを降りる時には、さっさと片付けられましたよ)
2011年3月28日
お世話になりました
お水のことでテンちゃんの水は大丈夫かと、ご連絡をいただき、ありがとうございます。ミネラルウォーターは充分にあります。昨日は横浜に住むブータンの友達がタシさんに会いに来てくれました。遠いし、この辺りのことは全然分かんないだろうから、来れるのか心配していましたが、お連れのブータン人がこの辺りを知っているというので、すぐ近くのドトールに来てもらっていました。こんな辺鄙なドトールを分かるはずないと思っていたら、もう一人のブータン人は家からわずか3分のところに住んでいました。日本の大学に通う2人は日本語がぺらぺら。もうビックリです。タシさんは彼らと遊びに行って、朝帰りしていました。せっかく近所にブータン仲間が居ると分かったのですが、いよいよブータンに帰ることにしました。個々にご挨拶ができなくてすみません。当初、4月に帰ろうと思っていましたが、タシさんが日本で働いてみたいとのことで、夏に帰国を延ばそうと思っていましたが、こんな状況で外国人登録証も貰えそうになく、来月3日(日)の晩に日本と発つことにしました。放射能は気になるところですが、調べてみるとブータンって宇宙に近いので、東京の値が高かった時が、ブータンでは毎日の数値だとわかりました。それでもブータンの人は甲状腺など病気になっていませんから、政府が言っているように健康には害のない程度なのかもしれませんね。今回の人災に対し、タシさんが“日本人は頭が良すぎた”と言っていましたが、ほんとその通りだと感じます。便利さを追求して、開発がどんどん出来てしまうのが日本人。ほどほどでよかったんだなぁと感じます。トイレだって便座が温まらなくても、カバーしていれば良かった訳だし、お湯だってガスで沸かして魔法瓶に入れておけば、それでも充分だったんですよね。オール電化の家は停電で大変でしょう。ブータンに戻る前に少し不便な生活が出来て、私は練習になりました。ブータンの水はそのままでは飲めないので沸かしたり濾過が必要です。買い占めで物がなくなっていますが、ブータンに比べれば何万倍もありますね。ブータンに戻りたいとずっと思っていたので、今がその時かなって判断です。運勢的に4月に帰るのが良いと教えてもらっていたので、話がトントンと進みました。まぁ、実家の家族はそれを話してから涙・涙・涙の日々です。本当にメールも送れずに申し訳ないのですが、少し急なこともあり、今回はテンちゃんが一緒なので、準備をしっかりとと思っています。向こうで落ち着いたら、ここに書きますので、これからもどうぞ宜しくお願いします。本当にお世話になりました。ブータンに着いたら、日本に平穏な日々が早く訪れ、みんなが幸せになれるように祈ろうと思っています。ありがとうございました。

