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2011年11月12日

極端な感じ


今日のブータンはどんよりしているので、ネットの繋がりがあまりよくありません。天気に左右されるなんて、さすが自然な国ですね。黄葉は進んでいます。曇りでなければ、日中は部屋にいるとポカポカ。窓際は暑いくらいです。陽が入らない部屋は寒いので、標高が高い分、太陽は大事です。タシパパはまだ観光シーズンが続いているので、シンガポールの女性5人組のツアーに出ています。フリーランスのガイドもしていて、今回はABCツアーの仕事。お客さんが既に到着しているのに、ホテルがほとんど決まっていない状況で、タシはかなり怒りながらも自分でホテルを探してスケジュールを変更したりしてました。人気のある会社はとにかくブータンにお客さんを来さますが、管理がしきれていないようです。今年の5月からブータン・リトリートをタシは始めましたが、日本人だけで5人の方が、旅行が良くなかったと耳にし、とても残念に思います。ブータンは高額の旅行なので、ツマラナイ旅はして欲しくないですね。ブータンの素敵をいっぱい発見してもらって、思い出に残る素晴らしい旅になると良いなって思います。
さて、ダライ・ラマ法王様の原発による発言があちこちで聞かれますが、法王様は原発が良いとも悪いとも言ってませんし、仏教者であるので、それを意見する立場でもなく、いつもいっているのは「すべてのいのちの大切さ」です。日本の原発の状況について知る由もないし、原発反対の人は法王に「原発はよくない」と言って欲しかったんだと思いますが、それは宗教者の立場として発言するものでもないですね。そこをどうしても法王に原発反対と言わせようとするのは仏教的ではありません。もちろん私も原発反対だけど、「ダライ・ラマ法王が反対といっているんだから、原発はよくない・・・」みたいな構造は違いますね。法王は「よく検証するよう」にと言ってますし、普段、法王様が対話する科学者達の多くは原発推進の人かもしれません。日本の詳しい原発のことなんて分かるはずないし、法王は仏教者ですね。原発問題で抜けているのは倫理的な議論ですが、法王の力を借りるのではなく、日本人自らの力で解決する問題だと思います。
(写真:友達が撮ったナイスショット)

2011年9月19日

地震

18日の夜6時(日本時間の9時)過ぎに、大きな地震がありました。震源地はインドのシッキムでM6.8、ブータンの西側はかなり揺れたと思います。トンサもかなり揺れたというので、規模は大きかったのでしょう。「ハ」には被害が出ているそうです。ブータンだなぁと思ったのが、国営放送BBSで生放送の最中に地震があり、司会者と対談していたお医者さんは、最初は冷静で大きく揺れてからは立ちあがり、その後、普通に番組を続けていました。地震があったことには触れず・・・。1時間が過ぎた8時になって地震があったとニュースで言っていましたが、えっ、それだけ?という感じ。体感としては、震度4強ですね。5は無かったと思います。震源地のインドの震度だけで、ここの震度情報はありませんね。首都ティンプで地震は、めったにないですが小さいのはたまにあり、でも、ここまで大きいのはかなり久々なようです。ほとんど地震を知らないブータン人は動揺しています。地震の最中、タシさんのお母さんが「ナカ(地震)」と何度も大声で叫んだので、そっちの方が恐ろしかったですね。ブータンでは地震の時は叫ぶ、言い伝えがあるそうです。あんまり良くない習慣かも。弟はドキドキして夕食を食べられませんでした。大家さんもかなり怖がって、11時以降に大きな地震がやってくる、という情報で、一家揃って外へ避難しています。誘われましたが、今日は雨でかなり寒く、テンちゃんを連れていくには困難。家で地震に備えることにします。タシさんは日本で何度も地震の経験をしたので、怖さはないようで、明日のツアーに備えて、テンちゃんと、とっとと寝てしまいました。我が家は心配いりません!

2011年6月29日

雨期



最近は旅行者の対応で時間が掛かるので、簡単にできるツイッターとフェイスブックが重宝しています。ブータンは本格的な雨期に入り、水道水には砂などが混じりだしました。道もブロックされ始め、弟のツェワンは夏休みを故郷のトンサに帰って、両親の手伝いをする予定でしたが、帰れずにいます。私は居てくれてかなり嬉しいんですけどね。今の時期は田植えや、ブータン人にとって命とも言えるエマ(唐辛子)を植える時期です。アパートのガーデンも大家さん一家が耕し、たくさんのエマの苗を植えています。水は農家を始め多くにとって重要ですね。昨日は朝からガーデンが騒がしいと思ったら、赤く可愛くなっているスモモを大家さん一家が収穫していました。カゴにいっぱい採れ、より赤い物を選びとってテンちゃんにとたくさんくれました。最近はいろんな人がいろんな果物を差し入れしてくれます。中には酸っぱい物もありますが、気持ちがとても嬉しいです。



ハエが多い季節になりベランダの洗濯物にハエがよってきます。洗剤はよっぽどの時以外は使わないのでニオイが残っているのかも・・・、と思い、ブータン産のレモングラスを少したらしてみたら、見事にハエはよってきません。ちなみに、うちは洗剤の代わりに洗濯ボールを使っていますよ。



先日、妹の彼の家にアジサイを貰いに行き、またまたおもてなししてもらい、そろそろ帰ろうかという時に、キラ(民族衣装)の行商が…。ピンとくるキラにはあまり出会ったことがなかったのですが、最後に見せてもらっらキラは、見てすぐ買いを決めました。でも一応、タシさんに電話して確認したところ、すぐには買わず、自分がクオリティーを見るから持って来いと1日待ってもらいました。タシさんに見せ、一応、大家さんにも確認してもらい良いキラだということで翌日お支払い。でも、タシさんは値切りまくり、今度また買うからと、結局3000ヌルタム(約6000円)ディスカントしてもらいました。プリンセスからのオーダーで作っているという人だけあり、全体的にセンス良いデザインだったので、別の機会に他を見せてもらうことにしました。



(写真:自転車を組み立ててもらいましたよ。)

2011年5月14日

ブータンのある日

おとといはブータンの国を作ったシャブドゥンという人の命日だったので祭日でした。メモリアルチョルテンは渋滞並みに混んでいました。近くのラカンでも座るところが無いほどの人がお経を長いことあげていました。ブータン人は本当に信心深いですね。チョルテン前の開けたところでテンちゃんをお散歩させていたら、マウンテンバイクに乗った好青年が近くに来て、なんとなく見たことあるなって思っていたら、近くに居た同じくらいの年の人が、敬意を表していたのでプリンスと気づきました。その後も色んな人に声をかけていました。民族衣装を着て自転車に乗る姿って不思議な感じです。
昨日は週一回のお買い物、サブジマーケットに大家さんに連れて行ってもらいました。アスパラガスのシーズンが終わってきました。私は2階のロコのショップで買うようにしていますが、1階のインドの物の方が若干安いです。大家さんは1階であちこち周り、エマ(唐辛子)を少しでも安く買おうと周っていました。エマを選ぶブータン人の目は真剣で、普段とのギャップに笑っちゃいます。今日はほぼ1日、ネットが繋がらず・・・。銀行もすべてダウン。ブータンではよくあることですね。


(写真:日本はクールビズですが、こちらは暑さは我慢するようですよ。それにしても、色がスゴイ。国王は黄色、首相はオレンジ。後ろはジャカランタ。)

2011年4月26日

ジェームズ・ラブロック博士の言葉

人は地球の主人ではない

地球はタフで優しい生命体である

 環境の破壊について、危機感を募らせながらも、自動車を手放すことはできないし、チェーンソーで木を切って資源にすることを急にやめるわけにもいかない。牛を育てるより大豆の方がエネルギーを使わないからといって、ベジタリアンになれるわけでもありません。しかしこのままの生活では地球の荒廃を招くと、多くの人は意識するようになりました。 

 でも、地球をどのように管理し人はこれから何を選択していけばいいのかと考えた時、実は私たちは地球そのものについて、あまりにも無知であったのではないかと思うのです。地球は火星や金星などと大きく異なって、単なる岩石の塊のような存在ではなく、自らが生き続けようとする生命力を持っています。その決定的な違いは大気の成分ですが、40億年もの間、地球だけが二十数%の酸素を維持し続けているのです。

 この酸素量がわずかに変化しただけで地球上の生物は決定的な打撃を受けますが、長い地球上の歴史の中で、どのような気象変化や変動が起きても、酸素量は神業のようにバランスを保ち続けてきました。また、人類が地球上に現れてさまざまな侵害を続けてきた以上に、もっとすさまじい攻撃――たとえば隕石(いんせき)が落ちるとか、気温が下がって氷河期に入るなどの激しい変動にも十分に耐え生き延びてきたのです。

 おそらく、地球上のすべての生命が大きな自己調節システムのような働きに関与し、生命の流れを維持するように存在しているのです。ですから、いま地球環境が悪い方向に向かっているから、地球を何らかの方法でコントロールしようなどと即物的に「治療」したり、科学的な方法に奔走すべきではありません。常に地球の大きな生命の流れに沿って決断をすべきなのです。

災害に立ち向かえる文明の力を磨く

 地球の資源に限りがあり、しかし手に入れた生活を過去に押し戻すことはできない。そう葛藤(かっとう)する時代にあって大切なことは、どのようにして人類と文明を保存するかです。まず、向こう100年の間に人類を襲うであろう大きな災害や不幸に対して、どう予想し、いかに対応するか。どのようにして立ち直るか。それができるのは高い文明があるかどうかにかかっていると思います。

 私は、日本という国が築いてきた文明が、世界に対して規範になれる可能性を感じています。海に囲まれ、土地が狭くさまざまな制約がある中で、高い文明を築き、経済的に成功し、人々の暮らしは豊かである。資源がなくても1億人を超える人々が飢えることなく、生命を全うしていく。その知恵を伝える使命が、日本の仕事のひとつでしょう。

 たとえばIT技術の発展への寄与は間違いなく地球環境への負荷を減らします。また、日本の伝統工芸や製品作りの技のように、ひとつの品を大切に愛し、息長く生活の中で使い続けることの合理性や、すぐれた知恵は確実にエネルギーの消費を減らします。私は、生物物理学者として地球や人類生命への負荷を理論的に考える時、人間の知恵は、必死でエネルギーの効率的な使いこなしを判断するのではないかと予想しています。

 私たちの暮らしに欠くことのできないものは数多くあります。それを放棄したり、あきらめたり、感情的に抑えこむのではなく、替えられる方法を探し求めること。蓄えてきた文明の中から発想して、新たな100年の可能性を人類に与える仕事をあなたの立場で考えるべきではないでしょうか。

都市を離れて、感じよ、考えよ

大人は、子と自然を巡り合わせよ


 たった今この世に生を受けた子供も、20年たてば成人します。その子供が、もし地球や自然、他の生命の営みについて、それが大切なものであると実感して成長したら、これはすばらしい方向をめざして歩いていくでしょう。 

 私も自然の中で育ちました。森の木も水も、動物も昆虫も生物として人間の仲間であることを体で分かるには、子供時代の経験が非常に大切です。都会にいて机上の学習をする時間を削り、子供を森や川や海へ連れていく努力をいとわないで欲しい。自分はナマの現実の世界の住人で、その中の一部であると感じられる体験が、必ず子供たちの生き方に反映され、環境へ取り組む思想に変化が現れます。私の父はいつも私を外へ連れ出し、4歳の時には、自然界を知るための道具は自分で作ればいいと、工具を与えてくれました。子供の心は自然界とつながっています。自分の生命が躍動するのを生き生きと感じる能力が備わっています。私は多くの調査機器を自分の手で作り、国際的な特許も数多く取りましたが、すべての原点は、大人である父の自然への畏怖(いふ)や愛情であったと思います。あなたがするべき大切な仕事のひとつはその実践です。環境への配慮ができる成人を育て、人間が地球を支配したり、コントロールしたりするのではないと体で分かる存在を送り出してください。

 人間が生命体として自然の一部であることを知れば、子供は直感で、していいことと、してはいけないことを判断していきます。現在の大人たちが、今日明日に何ができるかと日常を右往左往することより、子供を育てる仕事を分かって欲しい。バトンを託しなさい。

産業は悪という時代錯誤に陥るな

 かつて私たちは、フロンという物質を大量に大気中に排出し、オゾン層まで破壊する所業を行いました。自動車のクーラーや冷蔵庫という文明の快適さと引き換えに。これからは、排出しない技術開発と同時に、すでに大気中にあるフロンの処理技術開発が重要なことは明らかです。日本をはじめ各国が企業努力を続けている点です。 

 ただ、こういう状況の中で、だから産業は環境破壊の最たる存在だと主張する偏狭な環境主義者に、私はくみしません。彼らは言います。産業とは救いようもなく悪であり、利潤と権力を追求するあまり、有害な汚染を撒(ま)き散らしている。止めなければ、と。しかし冷静に現実を見るべきでしょう。工業生産を打ち切り、田園生活や昔の暮らしに回帰するべきだという主張は単なるおとぎばなしに過ぎないのです。

 もし産業文明を放棄すれば、恐らく地球上に生きる人類のごく一部しか生き残れないのが現実です。また、今日のあなたの生活から産業製品を無くして十分に暮らしていけますか。60億人を超える人間が、これからも共に生きぬくことを考えなければならないのです。

 産業文明は人類の糧です。しかも自己改革を続け、汚染を出さない低消費構造の謙虚な文明の必要に目覚めています。感情的にならず、昔はずっとよかったなどと懐古的にならず、そしてすぐに何とかしようなどと短絡的にならないで欲しい。しかし、向かう方向を間違えてはならない。日本はその役割を担っている一国です。

直感こそ、真実を捉える

私たちは、細部に隷属してはならない


 私が最初に、「地球は生命体である」とするガイアの考え方を発表したのは1972年です。その当時の科学の世界は、微生物学にしても、生物地球科学にしても、専門的で非常に狭い分野の研究に向かっており、さらにその中でも細部や過程を追い求める努力がなされていました。

 私には、それが問題を抱えつつある地球の全体を捉(とら)える研究には思えませんでした。医学者として経験を積んできた私にとっては、細分化した科学で地球を捉えるより、生命体のシステム科学としての地球生理学の視点こそ必要だと直感できたのです。つまり地球という惑星は人と同じ生命体であり、現在どのような病気やケガを抱えているのか診断することから始めよう、と考えたわけですね。温暖化という熱を持ち、酸性雨を処理できずに消化不良をおこし、フロンでオゾン層にケガをしている。これは死に至る病なのか。それとも、心して養生すればやがて良くなる疾患なのか、正しく診断しなくてはならない。その全体の生理を見極める主治医こそ不可欠である、と。

 科学が細分化研究に夢中になっている30年前に、私のこのガイア理論は賛同を得ませんでした。ただ一人の地球生理学者が、何やらロマンチックな理論を唱えていると、学術界も科学メディアもまともに取り合うことをせず、さらに多くの反論も受けることになりました。しかし、私は自分の直感が正しいことを理解していたのです。

 ほとんどの場合、直感は真実です。ただ、それをボトムダウンして一般の理解を得るには、具体的な実証がいる。10年でも20年でも、その実証には時間がかかりますがあきらめることはない。一人から出発することです。

俯瞰(ふかん)と緻密(ちみつ)さ。両方の知を備える

 地球はひとつの生命体である、ひとつの環境の中にあると捉えると、自分が現在住んでいる場所でおきている汚染が、たとえば地球の反対側に影響をおよぼしているのだろうか。たとえば自国の農薬の蓄積が、数千キロも離れた国々に何かの影響をもたらすのだろうか。

 私には、それが確かな事実に思えました。それを証明する機器として発明したのが電子捕獲検出器(ECD)です。たとえば英国の私の裏庭で、一定量の農薬を使ったとしましょう。ほんの数日後には、電子捕獲検出器を用いて、日本のここで、我が家の農薬を検出することができるのです。これはまぎれもない事実であり、私たちはひとつの国やひとつの地域で区切られて暮らしているのではないことを明確に教えてくれます。

 宇宙開発技術の発達によって私たちはついに地球を俯瞰することができました。本当に美しい姿です。そしてこの地球が、実は人の目には見えないほどのバクテリアやその他の多くの生命によって生きていることも知らなければなりません。人間の文明社会を俯瞰しながら、それを守るための知恵を企業も、一人ひとりの生活者も考え抜く。人間はそれができる存在です。

日本の環境技術を伝えよ

その叡智(えいち)を生かし始めて欲しい

 日本に何度も来て、こうしてインタビューを受けると、必ず「私たちは環境問題に取り組むために、さらに何をすればいいのか」と質問されます。環境に負荷のかからない製品を作りたいという企業の思い。環境を守る生活をしたいという人々。それに対しての私の返答は、閉鎖的にならないで欲しいということです。日本人は勤勉で、もっともっとよい製品を作ろうと一丸となろうとします。しかし、現段階で、日本はもう十分によくやっている。環境に考慮する製品作りにおいては世界のトップレベルですから、その尖(とが)った先をさらに尖らせる方向に走るのではなく、広げる、伝えるという方向に進むことを考えて欲しい。環境技術や理論をこれから他の地域や国々に生かして欲しいと願います。

 技術知識は、後発の国々が今から一つずつ開発していくには難しい。需要は大きいのです。日本の技術ブランドを世界の市場に送り出して行く方法論を考える時ではないでしょうか。

 私の住んでいるイングランドに日本の企業が進出し、複数の製造工場を建てていますが、10年、20年とたっても、ただの一度も労働争議が起きていない。また、小型で高度にエネルギー変換率の高い自動車は、西欧諸国の信頼を勝ち得ています。

 英国も日本も、自分の力を声高に宣伝するのが得意な民族ではありませんから、いい製品を作れば分かってくれると信じる。その奥ゆかしさが私は好きですが、しかし、次は何をすればよいかと問われるとき、もっと技術と理論をアピールせよと言いたい。その叡智を世界に、と。

目先の反論を恐れるな

 科学者というのは、自分の新しい理論を発表すると、多くの反論と障害に出合います。ひとつの仮説を唱えると、それを検証する世界中の科学者が、さらにさまざまな理論を発表する。こうして何度も何度も検証され本当にその理論は正しいのか試され続けます。その間、20年、30年とかかり、間違った理論はだいたい排除されていきます。

 科学の世界ほどではないにしろ、どのような仕事においても反論は避けて通れないと私は思います。さまざまな人が反発し、受け入れることを拒みます。しかし、本質的に正しい仕事は必ず残っていきます。大切なのは、自分がどういう方向を見つめて進もうとしているかなのではないでしょうか。科学もビジネスも、そして政治も、何のためにという視点が抜け落ちれば、その場しのぎの弱さを持ちます。

 反論や非難は決して心地よいものではありませんが、それがあるからこそ、自分一人では考えが至らなかった視点を与えられる。検証することで自分の理論や信念の正しさを確信できる。生き残る仕事は、必ず反論を乗り越えます。自分の仕事はどうか、自分の生き方はどうか。忙しい毎日でも、踏みとどまって確かめて行ってください。

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ジェームズ・ラブロック ●1919年英国生まれ。生物物理学博士、医学博士。英国国立医学研究所、米国ハーバード大学医学部、米国イェ―ル大学医学部、英国オックスフォード大学医学部などで研究員及び教授を歴任。地球がひとつの生命体であるという「ガイア仮説」によって全世界の注目を集めたフリーランスの科学者。地球環境科学への貢献で大英帝国名誉勲位を受けたほか受賞歴多数。』

2011年4月1日

前に進む



ブータンに戻る準備がほぼ終わりました。VISAが間に合わなければバンコクで待つ計画でしたが、1日で取れました。ブータンもやれば出来るんですね。エマージェンシーということでやってくれたのかもしれません。震災後、私に友人の多くから“罪悪感”という言葉を耳にします。被災者はあんなにも苦しんでいるのに、普通に生活出来たり、支援したくても出来なかったり…。悲惨な映像と想像を絶する死者・行方不明者の数で、被災していない人も心的ストレスで苦しんでいますね。この罪悪感は優しさの現れなのだと思います。しかし、罪悪感は持つなかれ!前に進むことの妨げとなると思います。この巨大な地震は人間の責任はなく、自然現象です。原発のこととは全く別です。原発については多々反省すべきことがありますね。これを教訓に生き方をチェンジする必要があるのでしょう。放射能で苦しんでいる人々のためにも、変わらなければいけないと思います。私達が幸せになっていけないなんてことはない。幸せを追求しながも、苦しみにある人と共に、生活を豊かにすることばかりの幸せではなく、助け合い・励まし合いながら、人間が本来あるべき心の幸せを作っていければなって思います。そのことを祈りながら、可能ならば苦しみにある人のために動けるといいですね。私達は生かされている存在であり、普通にいきていることに感謝を忘れずにいたいです。


日曜は晩の出発します。日曜の日中は家に居ますので、良かったら遊びに来て下さい。羽田では国際ターミナルに910時までいます。どうもありがとう。

2011年3月28日

お世話になりました



お水のことでテンちゃんの水は大丈夫かと、ご連絡をいただき、ありがとうございます。ミネラルウォーターは充分にあります。昨日は横浜に住むブータンの友達がタシさんに会いに来てくれました。遠いし、この辺りのことは全然分かんないだろうから、来れるのか心配していましたが、お連れのブータン人がこの辺りを知っているというので、すぐ近くのドトールに来てもらっていました。こんな辺鄙なドトールを分かるはずないと思っていたら、もう一人のブータン人は家からわずか3分のところに住んでいました。日本の大学に通う2人は日本語がぺらぺら。もうビックリです。タシさんは彼らと遊びに行って、朝帰りしていました。せっかく近所にブータン仲間が居ると分かったのですが、いよいよブータンに帰ることにしました。個々にご挨拶ができなくてすみません。当初、4月に帰ろうと思っていましたが、タシさんが日本で働いてみたいとのことで、夏に帰国を延ばそうと思っていましたが、こんな状況で外国人登録証も貰えそうになく、来月3()の晩に日本と発つことにしました。放射能は気になるところですが、調べてみるとブータンって宇宙に近いので、東京の値が高かった時が、ブータンでは毎日の数値だとわかりました。それでもブータンの人は甲状腺など病気になっていませんから、政府が言っているように健康には害のない程度なのかもしれませんね。今回の人災に対し、タシさんが“日本人は頭が良すぎた”と言っていましたが、ほんとその通りだと感じます。便利さを追求して、開発がどんどん出来てしまうのが日本人。ほどほどでよかったんだなぁと感じます。トイレだって便座が温まらなくても、カバーしていれば良かった訳だし、お湯だってガスで沸かして魔法瓶に入れておけば、それでも充分だったんですよね。オール電化の家は停電で大変でしょう。ブータンに戻る前に少し不便な生活が出来て、私は練習になりました。ブータンの水はそのままでは飲めないので沸かしたり濾過が必要です。買い占めで物がなくなっていますが、ブータンに比べれば何万倍もありますね。ブータンに戻りたいとずっと思っていたので、今がその時かなって判断です。運勢的に4月に帰るのが良いと教えてもらっていたので、話がトントンと進みました。まぁ、実家の家族はそれを話してから涙・涙・涙の日々です。本当にメールも送れずに申し訳ないのですが、少し急なこともあり、今回はテンちゃんが一緒なので、準備をしっかりとと思っています。向こうで落ち着いたら、ここに書きますので、これからもどうぞ宜しくお願いします。本当にお世話になりました。ブータンに着いたら、日本に平穏な日々が早く訪れ、みんなが幸せになれるように祈ろうと思っています。ありがとうございました。

2011年3月17日

停電に思う

被災した方が、地震と放射能で悪夢をみているようだ、と仰っています。それに加えて雪が降っています。昨夜は一瞬の闇にビクッとしましたが、家族が揃っていたので大丈夫でした。テンちゃんが驚くと思って、近くにひとつだけ置いてあった懐中電灯をつけ、ハッピーバースデーを歌ってあげました。赤ちゃんだって、いつもと何か違うって感じているようです。パクついていたご飯がゆっくりになっています。停電に慣れっこのタシさんは、いつものように冗談ばかり言いながらご飯を食べ続けていました。どなたかのツイッターで「原発はこんなに危険」と「原発がないとこんなに不便」が同時に体感、とありましたが、まさしくその通り。原発は冷やすことが必要なので海沿いに作りますが、耐震面でどんなにつよい構造でも、津波は地震よりも断然に威力があるんですね。“TSUNAMI”は世界に通じる言葉ですが、日本発だけあって、津波の必ずやって来る国だったんですね。蓮舫は業務仕訳でスーパー堤防をバッサリ切りましたね。神戸大震災で目に焼き付いている建物倒壊で、地震の方ばかりに目が行き、津波についてはあまり考えていなかったように感じます。いま、命の危険にさらされる経験を東日本のみんなが感じています。それでも会社員は通勤していて、毎日がまるで人身事故のような混雑ぶりで、年度末も重なり、もう身体が持たないと、友人は嘆いていました。外資系企業はパソコンを持ち帰り自宅勤務もあるようですが、日本人の気質はこんな時でも一生懸命に働きます。これは素晴らしいことだけど、あまり無理をさせないで、もう少し勤務に緩やかになってもいいのではないかと思います。電車を間引くことで、かなりの節電になったようで、停電予定でも停電しない場合は、鉄道会社の努力が大きいと枝野官房長官が行っていました。地震の影響を受け、職を失った友人もいます。生きていかなければいけませんが、命があればきっと乗り越えられると信じています。福島原発の現場で作業するご家族のツイッターで、「お父さんが出て行く時、お母さんは今まで見たことがないくらいに泣いていた」と。東電を責める訳にはいきません。命をかけて収めようとしてくれています。そんな仕事嫌に決まっています。生きて家族といたいはずです。原発がある地は、その分、他に恩恵を受けているから・・・、という人もいますが、だからと言って、電気のために、その地に住む方々が被爆する可能性があるなんて、オカシイ。福島原発の電気を使っているのは東京方面だそうです。私達のために本当にごめんなさい。そして、今もこうして停電で騒いだり、物を買いしめたり、放射能から逃げようとしていて、ごめんなさい。今も、企業では普通に業務を行なおうとしているし、みんなもそう思っていると思うけど、もう少しペースを落とし、自然に近い生き方をして、もっと人間らしく生きることを、この震災から学ぶ、大きなことなのではないでしょうか・・・。利益、便利さのために、原子力で発電しないといけない世の中にしてしまいました。唯一、原爆が投下された国なのに・・・。放射能の恐ろしさを学校で学んできたのに・・・。エネルギーの問題と地球温暖化は、我々が作りあげたもので、その犠牲者は当事者とは限りませんね。

経団連の米倉会長は16日、記者団の質問に答え、東日本大震災にともなう福島第一原発の事故について「千年に一度の津波に耐えたのは素晴らしいことだ。原子力行政はもっと胸を張るべき」と話したそうです。企業人のリーダーが、何を大切に生きるか、その方向性が間違っているように思います。天罰といった石原都知事が責められていますが、原発については、当たっているように感じています。

2011年3月14日

生きる

テレビを見れば涙が出ます。悲しみに覆われた日本です。そんな状況で、子どもに影響がないはずないので、映像ではなくラジオを聞いた方が節電にもなるし、良さそうです。友人から何をしていいか分からず呆然としてしまうと連絡がありました。子ども達を守れるのは大人です。心を強く持って、不安をうつさないように頑張りましょう。多くの亡くなった方の冥福を祈り、救助が必要な方が一刻も早く救助されるよう、そして被災されている方々が少しでも良い状態になりますよう、祈りながらも、こちらは日々の生活を淡々と、そして感謝をしながら生きていくしかないかと感じます。コスモ石油のチェーンメールや自衛隊が救援物資を集めているような、誤った情報もありますが、誰もが思っているのは“何か私にできないか・・・”、だと思います。救援物資はとりあえず、指示があった時に送れるようにしています。有難迷惑もありますので、正式な発表を待つしかありません。東京も、まだ余震が続いています。赤ちゃんがいたり、高齢者の被災者をうちに受け入れたいですが、まだ東京が安全だと限らないので、もうしばらく様子をみます。計画停電でワサワサしている感もありますが、地震がくれば原発に問題は起きることは明らかでしたので、電気の問題を真剣に考え、行動していなかった私達も、落ち着いたら、考えなおす必要がありそうです。電気がなければ生活出来ませんが、今回の節電のように、抑えることは出来ると思うし、危険がある電気を作るのではなく、安全を考えた電気の範囲内で生活していく必要があると感じます。タシさんは実家に電気が通っていないので、私ほど、動じていません。うちはトイレが電気で動いていて、気になっていたら、庭に穴を掘ればいいと、言っています。ブータンでは普段でもあり得る状況です。野菜なども手に入りにくくなっています。庭に色々と野菜を植えていきたいです。昔だったら、平気だったことが、一度手にしてしまうと、手放せない…そんな状況です。けど、出来ると思います。電気は二酸化炭素の排出から、地球の温暖化にも影響し、巨大な自然災害をもたらします。今回は地震が原因ですが、地震があるのは地球にとっては普通のこと。色んな事を考え直さなければいけないと感じています。いま、命があることに、家族が無事に生きているに感謝です。亡くなった命の分も生きようと思います。

(写真:昔の消防道具、ポンプ)

2010年10月31日

水分

羽田空港からハワイやバンコクなど、直行便が就航し便利かもしれませんね。けど、ハワイ島直行便がなくなってしまったので、残念です。ブータンに帰る前にハワイに寄って帰ろうかなぁ…。奄美には行かれなかったので、ますます海が恋しいです。タシパパはツアー真っ只中でブータン国内をあちこちに移動しています。年内には日本に来たいそうですが、彼の予定はその通りにならないことが多いので、どうなるでしょう。テンちゃんはますます力がついて、オムツ交換は格闘です。簡単にオムツ交換できる何かを作った人はノーベル賞モノです。お風呂の時間に発案していますが、あとで考えると「この発明は無理だ、とか、無駄だ」とかいうことばかりで、まだ発明家に至っていません。ひとつよいアイデアだなぁと思っているのが、赤ちゃんがスヤスヤ眠りやすいように、遮光と遮音のできる蚊帳みたいのがあったら、売れるかも・・・。なんて思っていますが、赤ちゃんママ達、このアイデアどうでしょう。別の部屋に寝かせればいい話ですが、そうできない時に、寝かしつけてから、色々と家事をするのに、気兼ねなく出来ると思うのですが…。あっ、アイデアばらしちゃったから、特許はとれないなっ。テンちゃんはいまポリオワクチンをしているので、一ヶ月間、紙オムツを使っていますが、やっぱ紙オムツはスゴイ。たくさん水分を吸収し、そのまま捨てるしか方法がないのですが、ゴミ焼却する際、水分があると、その分エネルギーを使うことになるので、益々、地球が温暖化しちゃいます。テンちゃんのたかが一ヶ月の紙オムツで、ゴミ量がすごい増えましたが、これを日本中でたくさん燃やされているかと思うと、熱波や豪雨、洪水も仕方がないなって思いました。せめてもの救いとして生ゴミだけでも、よ~く水分を切って出そうと思います。紙オムツもですが、ナプキンも布が増えていますね。私のお気に入りはアルデバランのシルクで草木染めしたものを使っています。布にしてしまうと心地いいので元には戻れませんね。前にも書いたかもしれませんが、自然育児の真弓先生が紙オムツは紙と名前に入れたいために、1枚紙を使っているだけで、石油オムツだ、と仰っていました。ティッシュだって、石油なしに作れないので、当たり前ですね。さてさて、お引っ越しをすると書いたので、お手伝いして下さると声を上げていただき、ありがとうございます。来年の春頃までの短い期間、2人の荷物なので、最低限の物だけの移動ですので、23時間の作業で済むような内容です。どうもご心配をありがとうございます。まだ、引越し先の準備が整っていないので日程が決まっていません。国分寺駅のすぐそばで、便利なので狭いですが遊びに来て下さいね。眺めは最高です。

(写真:いまいちピントがあっていませんね。テンちゃんと同じ12月生まれが遊びに来てくれました)

2010年10月26日

祈り

奄美はとんでもないことになってしまいました。結局、グランマの会議は、場所を鹿児島の霧島に移し、開催されています。会議のスタッフだけでも60名いるそうなので、会議が奄美で開催されている途中だったら、さらに被害は大きくなっていたかもしれません。その点は不幸中の幸いだったように感じます。何年も前から会議の準備をしてきたことを知っているので、関係者のことを考えると、とても複雑です。奄美の方は準備万端で、3日分の昼食の仕込みまでされていたそうで、それは被災者の方へ送られたので、良かったです。ゴミの問題や、珊瑚が泥に埋まってしまったり、ハブが出てきたり、雨はおさまっても色んな問題が山積みです。また台風が来るようですが、これ以上の被害が出ないことと早い復興を願うばかりです。

さて、最近「テンちゃん」と連発しているテンちゃんは歩行器に乗せると勝手に旅をしています。後ろを見ながら上手にバックで進みスケート選手のようです。テレビでおばけが出ても、まだ怖いものと知らないので平気ですが、目がなかったり、目が白かったり、人間の形からほど遠いアニメなどには、大泣きします。それと大きな物音には敏感なようで、先日、友達の子どもがラッパを吹いたら、エーンって泣いていました。他の赤ちゃんの大きな泣き声にも弱いみたいです。それ以外は泣かないですね。パパの血なのか歌が大好きで、千昌夫に拍手していましたよ。

来月、法王様が西日本にいらっしゃいます。私は今回は聞きにいくことは出来ないと思いますが、貴重なお話ですので、可能な方にはおススメです。

2010年10月21日

意味

初めて奄美大島に行こうとする時に、観測史上記録的な雨で多数の被害が出てしまいました。天候は少しづつ回復すると思いますが、この状況で赤ちゃん連れでの奄美入りは危険です。かなり楽しみにしていましたが、グランマザー国際会議には、祈りという方法で遠くから参加したいと思います。いつかきっと奄美には行きたいですね。皆さん、ご心配下さりありがとうございます。グランマ達も名古屋でのCOP10に参加後、今日、奄美入りする予定でしたが、飛行機は飛んでいない様子。スタッフ関係者、大変だろうなぁ…。今回の集中豪雨もですが、ここ何年かの豪雨は地球の叫びなんですよね。夏は異常に暑いし…。まさに今回の会議でも、こういったことについても話し合われるでしょう。お亡くなりになった方へご冥福をお祈りします。また被害の傷跡も多く残ると思うので早い復帰を祈るばかりです。

さて、いきなりですが、来月から世話になった実家を出て、テンちゃんと2人で暮らし始めようと思っています。いつかブータンに帰る時に、家族のショックも大きくなりそうなので、少し抑える効果もありそうです。といっても、近くに住むし、実家には顔を出します。家族べったりなので、少し距離を置いてみるももいいでしょう。ブータンのタシパパは観光の仕事の真っ只中です。最近はFacebookでやり取りしていて、私のFacebookはテンちゃん写真が満載です。それに“very cute baby”とパパが書きこんでいます。夫婦そろって親バカモード炸裂です。11月からテンちゃんとの2人だけのライフ、とても楽しみ。冬にはパパが来日します。それまでシッカリ稼いでね~!

(写真:親バカ写真館)

2010年10月17日

For the next 7 Generations

テンちゃんの好きな言葉が分かりました。「テンちゃん!」です。テンちゃんって呼ぶと目を輝かせます。面白い…。タヌキがどうして家に来るのか分かりましたよ。熟れた柿が落ちていたのですが、なくなっています。柿を食べに来ていただんですね。母がゲートから入って来るのを見たそうです。今度はベルをならして入ってね。お茶くらい出しますよ。テンちゃんにタヌキの夫婦を見せてあげたいです。いま取りかかっているお片づけは、思ったより大がかりになりそう。悩みが多いお部屋なので、かえってやりがいがありますね。かなり変わりそうなので人の家だけど楽しみです。小さな赤っちゃんママのお宅なので、疲れない程度にして、少しづつ進めています。何よりも安全第一ですからね。さて、私はテンちゃんと共に、金曜から奄美大島に行っています。「13人のおばあちゃん」の国際会議が行われます。今回のホスト役であるクララ・シノブ・イウラさんは日系のおばあちゃんです。体質的に色んなエネルギーを感じる方で、日本人以上に日本の心をお持ちのような気がします。それぞれの地の先住民でおばあちゃん達は、メディスンウーマン(薬草)だったり、シャーマンだったりします。薬草を扱ったり、自然と近い暮らしをしているおばあちゃん達だからこそ、いま、地球が危険なことになっていることを誰よりも実感しています。このおばあちゃん達の根本的な考えに「7世代後を考えて行動する」があります。自分の子ども達には幸せになって欲しいと誰もが思うもの。けれど、自分の関係者だけの幸せを願うのは、愛でもエゴイスティックな愛ですね。全てにおいて7世代先を考えて行動すれば、きっと世界がいい方向に向かいます。何のために生まれ、生かされているかを考える、そんな4日間になりそうです。海は久しぶりなので楽しみで~す。

(写真:幼稚園の秋祭りで、初めてのパン。“なんだ、この歯ごたえは!”歯ないけど)

2010年9月25日

あきぃ~

待ちに待った秋ですね。ただ前日との気温差が10度とかは参りますねぇ。尖閣諸島の件はワサワサします。ダライ・ラマ法王が広島での「ノーベル平和賞世界サミット」のために来日予定ですが、招聘しないように圧力をかけてきています。平和とは程遠い国ですからね。やりたい放題を見過ごすのは絶対にダメです。大国が平和に進むよう日本政府もしっかりしないと。世界に向けても問題提議し、非常識だということを各国からも訴えていかないと、野放しのままですね。さて、私はテンちゃんと富士におばあちゃんのお話を聞きに行ってきました。すごい雨でしたが、富士山の上の方では、二重の虹が見えていたそうです。雨上がりの森をテンちゃんと気持ちよく歩いて来ました。“おばあちゃん”というのは申し訳ないようなステキな方々のお話を聞くことができました。チベットにも造詣の深い、椎名誠さんの奥様で作家である渡辺一枝さんは、満州でお生まれになり、お父さんが戦死し、遺骨のないお葬式を小さい時に経験し、その頃から平和への思いを強く抱いたそうです。「日本の戦争は終わっていない…」との言葉にドキリとしました。憲法9条についてもお話されました。このお話を聞いたことと今回の尖閣諸島のことが重なり、本当に戦争は終わっていないんだなぁと感じました。とても重要なことを見つめずに生きてしまっていると反省しました。奄美大島で行われる「グランドマザー国際会議」のホストであるクララおばあちゃんは、とっても可愛らしくもありましたが、たどたどしい日本語でズバッと、現在の闇と解決に導く光を教えてくれました。ほかにもた~くさんハッと思うことがありましたが、おばあちゃん達の智慧は根底に慈悲と利他があり、本物の“強さ”を持っていると感じました。奄美の会議には、ぜひ参加させてもらおうと思っています。

赤ちゃん連れの遠出でしたが、同じお部屋になった方々の優しさにビックリ。私とテンちゃんの含め6人が同じ部屋で、それほど大きな部屋ではありませんでしたが、真ん中で仕切れるようになっていて、早めに寝たテンちゃんと私だけで仕切りの片方を使わせくれました。朝起きて、あれ、みんな居ないと思っていたら、もう片方にぎゅうぎゅう詰めで4人のお布団がならんでいました。赤ちゃんといると食事する時など、大変ですが、皆さんが抱っこしてくれたり、お話を聞いている最中も、テンちゃんがあちこち行っても、皆さん優しくしてくれ、本当に助かりました。テンちゃんもイイ子ちゃんで、全くといっていいくらい泣かずに、電車の旅を2人で楽しむことができました。

「いのちの環」のゆかりさんが “存在の根源に出会う” と仰った時、なぜかスーッと涙が出てきました。まさしく、存在の根源に出会いつつありそうな予感です。

(写真:上・富士山が見える電車。見た目がボロイと思いきや、中に入ってビックリ。すべて木のぬくもりで、小さな本棚があったり、大正時代にスリップしたようなステキにデザインされた電車でした。下・目が似ている時があるひとみちゃんと)

2010年5月12日

文殊の知恵

今日は鍼灸の治療を受け、効いている感じがします。ツボにピタリと当たり、すごい腕前でした。腱鞘炎の部分の治療は痛かったけど、いま全く痛みがありません。次回の予約はひと月先までいっぱいだそう。でもひと月に一回くらいやっていれば調子がよくなる気がします。助産院のサロンでの治療だったので、テンちゃんは預かってもらいました。赤ちゃんがいっぱい来ていましたが、89ヶ月の子より大きいテンちゃんです。

さて、色々と気になるニュースが多いですが、高速増殖炉「もんじゅ」が再開しましたね。14年ぶりの始まったそうですが…。何で原子炉って、ふげん(普賢)だとか仏様の名前をつけるんでしょうねぇ。その辺からうさんくさいというか、ごまかそうとしているような気がします。実際に14年前の事故で亡くなっていますが、本当に大きな事故になったら、広島や長崎の原爆と同じように被爆しちゃうんですよ。チェルノブイリ事故の跡も報道されていないだけで多くの子ども達がガンになっています。もんじゅで殉職した遺族の声を聞きたいです。エネルギーは絶対の必要だし、私もこうしてパソコンでエネルギーを使っているけど、自然の恵みをいただく作り方に早くシフトしないと。今、石油が枯渇する前に自然でエネルギーを作る設備を作るなどしないとね。

(写真:テンちゃんも仏様を侮辱するなと怒ってます)

2010年4月23日

いまさら… & 「募金のお知らせ」

テンちゃんが生まれてから、ゆっくりとお風呂に入ったことがありませんでした。お風呂は一緒に入りますが、家族が協力してくれるので、用意ができたらテンちゃんを連れてきてもらい、済んだら家族に預けるという方法を取っているので、楽といえば楽です。お風呂の前におっぱいをあげるとよくないので、おっぱいの間隔があいてしまって、テンちゃんはお風呂から上がったらおっぱいが欲しくて仕方がありません。なので、私は1秒でも早くお風呂から出る状況だったので、湯船にゆったりと・・・なんて、ありえませんでした。で、今日気づいたんだけど、テンちゃんが寝入ってから、もう一回ゆっくり入ればいいだけのことでした。テンちゃんは一度寝てしまうと、ほとんど起きないので、こんなこと、なんで4ヶ月になる今まで、気づかなかったんだろう…。馬鹿すぎます。馬鹿ついでに3ヶ月の時に気づいたことがあります。テンちゃんが起きている時はなるべくお話したりしたいので、寝た時に家のことを一気に済まそうと、頭であれやって、これやってと、遊びながら考えておいて、「寝てくれている時間が勝負」という感じで洗濯やら掃除やら、やらなきゃいけないことをやっていましたが、母乳をあげるのも結構体力を使うようで、ヘトヘト×10でした。3ヶ月くらいして限界を感じテンちゃんが寝た時に、一緒にお昼寝したら、すごーっく楽になりました。昼寝なんてしてる時間はないって思ってたけど、した方が全然、体が楽だし、体が楽だと、心も楽だってことに気付きました。もっと早くに気づけばよかったと、その時もつくづく馬鹿だな~と思いました。

(写真:足が太)

さて、中国青海省の地震の件は、法王様が現地に赴きたいという意向を示され、そのために世界に支援して欲しいと仰っていましたが、やはり中国は跳ね退けました。国の威信が掛かる上海万博まであと1ヶ月という時期に、ゴタゴタしていられないという感じでしょうか。中国政府の救援者は高山病と情けない状況で、まわりのチベット僧が袈裟姿で救援をしていましたが、中国政府はチベット僧の排除命令を出しました。まったくヒドイ人達です。万博を延期するくらいの自体ですよね。パクリ万博みたいだし。万博って本当に必要なことなんでしょうかねぇ…。日本も散々やってきたけど、そんなお金あったら、世界の子どもたちのために何かした方がよっぽど良いのに。震災への義援金は中国政府に渡ったら、別のことに使われちゃうだろうから、できませんでしたが、ダラムサラで玉樹地震慈善委員会が発足され、募金活動が始まりました。どうぞご協力をお願いします。(振込先は以下)


三菱東京UFJ銀行  新宿通支店(店番 050) 普通預金 0001674

特定非営利活動法人 チベットハウスジャパン 募金活動

   代表 TSHOKO LHAKPA

2010年4月15日

苦しみのチベット

昨日は検診に行ってきました。問診の先生が「同級生にブータン人がいた」と、テンちゃんに英語で話しかけていました。母乳なのにスクスクだねぇと。歯が生えたといったら先生も「もう歯が生えたのぉ~!!」と。お注射では聞いたことないような雄叫びを上げていましたが、すぐ泣きやみました。他の赤ちゃんはフニャフニャと赤ちゃんぽかったけど、テンちゃんはパンパンって感じ…。赤ちゃんも色々で面白いです。さっきは寝ながら声を上げて笑っていました。どんな夢かなぁ?さて、今ブータンの首相が来日中だそう。明日には鳩山さんと会うそうです。少しは報道があるかな?

チベット自治州で大地震が起きてしまいました。JPF(自然災害などに対し敏速に支援を実施する国際人道支援システム)からのメールでは「入域許可等でNGOが現地に入って活動するのは極めて難しいと思われます。よって、現地点ではJPFとして出動の判断を保留し、今後の中国政府の対応、他の国際機関の動向も含めさらなる情報を収集するなかで、あらためて出動の可否を判断したいと思っております」支援するのに入域許可を待つなんて…。報道は中国側の映像なので、きっとテレビの前だけで救助してるんだろうなぁ。支援のために義援金を送ったところで国が別に使っちゃいそうだし。

(写真:アンパンマン?いや、テンちゃんです)

2010年2月1日

おうた大好き

世界中、景気が悪いですが、これって人間がやってきたことの結果ですよね。もちろんハイチのように自然災害なんかもありますが、便利さや安さなど、生活の向上を思ってやってきた結果、自分で自分の首をしめているようなものです。景気回復のために国内産を買うようにしたいですが、ブータンの場合、農作物以外の物はインドやバンコクからの輸入に頼るしかありません。国内にメーカーはほとんどなく、生活をもっと豊かにするためには外に求めるので自国は潤わず、結果、職もない訳です。国内で物を作ることができたら生活は向上し、就職も含め、いろんな問題も解決するかもしれませんが、そんな力がブータンにありません。物を作れることは良いことですが、度を超えたら日本のようになってしまいます。何でも買えるというのは良いことではありますが、必要最低限の物が買えるくらいがちょうどいいなって感じます。売れるからって色んな種類の車を作ってきたツケは大きいですよね。ブータンでは有害物質が出てしまう家電ゴミの処理が決まっておらず、これからやっと動くそうです。テンロセ君の将来、どこに拠点を置くのかを考えていたら、経済発展と人間の欲、幸せってなんなのか色々と考えが膨らんでいきます。

お友達から童謡のCDをいただきました。テンロセ君は歌が大好きで、歌ってあげると一緒になって歌ってニコニコです。さすが鼻歌大好きなブータン人の血ですね。アップテンポの歌の方が好きみたいです。最近は写真の通りポチャポチャで、母には魁皇と呼ばれています。おっぱいが大好きで、新橋のサラリーマンのごとく、吐くまで飲んでいます。先日、お隣のマンションに住む、誕生日が2日違いのタイキ君が遊びに来てくれました。面白いことに出産日が逆転して、タイキ君の予定日にテンロセ君が生まれ、テンロセ君の予定日にタイキ君が生まれました。タイキ君のママはなんと二十歳。私のほぼ半分です。初産なのに1時間で産まれたそうです。私も産むのはどうにか安産で大丈夫でしたが、やはりその後の生活で年齢を感じます。とほほ。テンちゃんはほとんど首が座っていますから、ちょっと早いようですね。

2010年1月26日

少し危惧していた中国との円卓会議は一応、穏やかに進んでいるそうです。ただ、もう一つ気になることが…。COP15で気候変動の影響に最も被害を受けやるい世界の15の都市にブータンの首都ティンプーが…。降水量が変わる結果、高度に位置するティンプーが気候変動で影響を受けやすく、急斜面にある都市が容易に被害を受けやすいとのこと。貧困、および環境悪化を問題に対処するインフラの遅れ、専門的技術や労働力の不足なども要因しています。

そんなティンプーに住もうというのですから、家族は心配しますね。お家を建てようと計画していて、タシさんはそのこともあって帰国しましたが、今日、愛車のプラドを手放したそうですよ。毎日、磨きをかけちゃうくらい好きだったので、少し寂しいでしょうね。明日の仕事はバスで移動すると言ってました。土地購入の件はやはりブータン、計画通りにいかずに、のんびりといった感じだそうですよ。いつになるやら、ふふふ。今日、父が私に、“将来、どこに住むんだ?”と。ブータンに決まっているじゃん、と答えたら、そんなこと言わずに日本に住めば良いじゃないか…、と。あれれ、結婚する時、帰って来なくていいからと言っていたのは誰?テンちゃんが可愛くって“情”が湧いちゃうので、なるべく見ないようにしているそうです。無駄な努力!笑えることに家族みんなしてブータンではなく日本に住んだ方がいいのでは…、と洗脳してきました。そりゃ、そうですよね。家族みんながテンロセ君のおかげでハッピーです。年に数回も帰って来なかった姉が、毎週末、帰って来ます。テンロセ君は姉と一緒に歌を歌っています。♪ホーホーほーたる来い!の“ホー”と“ター”を一緒に歌っています。口を見て一生懸命に真似るので面白いです。私の顔を見ると舌を出すので、パブロフの犬になっていますね。

(写真:上はタシパパそっくりな表情。下、飲み過ぎでしょ)

2010年1月17日

ぽっかり

あ~ぁ、タシさん帰っちゃった…。テンロセ君がいるので空港までは見送り出来ず、家族に行ってもらい、私はリムジンバスの乗り場でお別れ。大丈夫と思っていたけど、手を振った後、やはり寂しくって、ぽっかりと穴があきスースーしています。でも、テンロセ君をしっかり育てようと気持ちを切り替えます!楽しく子育てしたいですしね。それにしても、あっという間の1ヶ月でした。タシさんは帰国前日に長いビザが取れ、もったいない気もしましたが、一番の目的である子どもに会えてホッとしたことでしょう。ビザがあるので次回の入国はスムーズにいきそうです。タシさんは赤ちゃんを毎日、お風呂に入れてくれ、最終日は入念に洗ってくれました。テンロセ君も、だっこされながら歌ったり踊ったりがなくなってしまい寂しいかもしれませんね。タシさんの血なのか、テンロセもおっぱいを飲みながら歌う時があります。タシさんは廊下でもベランダでも、いつでも歌っていました。ちょうど大相撲がやっている時期だったので、3時くらいからテレビに夢中になり、最初の内は弱い力士でツマンナイと思うのですが、一番ごとに興奮して見ていました。大関クラスになってくると吠え出すのでご近所迷惑だったかも。この間、写真館であちこち向いちゃったのはどうしてか聞いてみたら、カメラマンが女性で恥ずかしかったそうです。異常なまでの恥ずかしがり屋さんで困ります。意識し過ぎ、中学生じゃないんだから…。でも仲良くなるとベラベラしゃべりまくるんですけどね。私が出産後だったので、タシさんとは一度もお出かけができず、姉が何度かお買いものや外食に連れて行ってくれましたが、私とは市役所と入国管理局だけ。今回はちょっとかわいそうでした。なのでテレビを見ることが多く、テレビから日本についてや言葉の勉強していたようです。加藤清史郎くんが出ると“キュート”と、女の人のように目をハートにしていました。手話ニュースにも興味を持っていて、最初は手話だと分からずに、すごいアクションのニュースだなぁと思ったそうでゲラゲラ笑ってました。1ヶ月の滞在でしたが、うちの家族もすごく寂しいようで、母はタシさんの話をすると泣いてしまいます。でも、また来ますし…。

さて、ブータンでも先日大きな地震がまたありましたが、ハイチの地震ではとんでもない被害がでていますね。路上に遺体が放置されたままで、臭いもしているそうです。食糧や水は奪い合いの状態だそうです。いま、私が出来ることは祈ることと寄付だけしかありません。様々な支援方法がありますが、私が信用しているNGOです。

(写真:写真館にて。タシさんの帰国が急だったので、お着物が間に合わずドレスを借りました。女の子のようですね。)