2009年7月16日

依存症と幸せの法則

タシさんは昨日の朝、5時半にお弁当を持って家を発ち、2時にトンサへ着いたそうです。お母さんはタシさんに会ったら、症状がよくなったようですよ。気持ちの問題もありそうですね。妹も行っているので、今日は2回も“大丈夫?”と日本語で電話をくれました。妹は1週間後、彼は今日中には帰ってくる予定です。日馬富士に土がついていたんですね。NHKさん、ダイジェストではなく、全中継をお願いします!昨日はインターネットはつながっていても、ネットが開けないという摩訶不思議な症状でパソコンに向かって格闘しました。なんだか原因がわからないし、必要なメールは送れないしで、変な心境になり、私もかなりのネット依存症だなぁと思いました。ネットの保護を一度解いて、再び保護にしたら繋がりましたが、他の方もネットが繋がらなかったそうで、ブータンの環境が原因だったようです。スカイプはその間もできたんですけどねぇ。たかがこんなことで、大げさだけど、人生見直す機会になりました。こんなことで憂鬱になる自分の弱さと、結局、海外に住んだって、日本との繋がりがないと生きていけないし、むしろ、海外に来たから、家族や友達との繋がりの重要さに気付いた感じがしています。ブータンは電気さえ通ってないところもあるくらいだけど、私は電気がないと生きていけないし、日本との繋がりがなければ、ブータンでは生きていけないんだなぁと、自分の弱さを認めざる得ないけど、弱いのは別に悪いことでもないな、とも感じています。

昨日もチョルテンで1時間近くウォーキングをしながら、幸せについて考えました。幸せになるには、幸せな人の側にいるのが一番の近道だなぁと感じました。あそこを歩いている人々の姿をみていると、何とも言えない幸せ感に包まれます。クルクルまわって、一生懸命に祈る姿や、社交場にもなっているので、お友達や家族同士で、ニコニコ笑い、年配の方々も子供も若者も、混在して、目的は“幸せ”のために、祈りながらクルクルします。そうしているうちに何も考えずにただ足が進んでいる“無”にも近い状況になります。一種の瞑想状態なのでしょう。そんな状況こふと色々な人間模様が垣間見れ、自分が何の目的で歩いていたのか、そんなことはスッカリ忘れ、ただただ微笑ましい心境になります。いま、幸せじゃないなぁとお感じの方がいましたら、ぜひ、幸せそうな人の側にいってみてください。伝染してきますよ、きっと。

(写真:尼僧が牛乳を差し入れに持ってきてくれました。立場が逆ですね)

2 件のコメント:

masako さんのコメント...

お母さん心配ですね。
そしてWind of Bhutanさんのネットが繋がらないと憂鬱になる気持ちわかります。私もブータン大好きだし、ブータンの家族も大好きだけど、今まで自分で作り上げた大切な人間関係でリラックスできることは必要です。日本語でリラックスもできるし。
そうそう、私は東京に滞在していないんですよね。でも9月は1ヶ月東京に居る予定なので会えたら良いですね。

T&M さんのコメント...

お母さんは彼の顔を見て、元気になったそうです。ただ、この繰り返しなのが悩みどころですね。私の場合、ブータンに来ても日本語なので、少しは語学をやらねば!と思いつつ、周りが日本語が上手くなってきているので、これも面白いです。ぜひ、会いましょうね!