2009年6月17日

価値ある物と事

1Q84」が読みたいのですが、ずっと完売ですね。宇多田の「点」も読みたいけど、完売で悔しいです。昨日もブータンの織物などを見にぶらりと街を探索しました。細かいデザインは何日間もかけて織られたもので、色などが好みであれば、もう欲しくなちゃいますね。キラ(女性の民族衣装)は結婚手続きに必要だったので、1枚持っていますが、まだ追加では買っていません。じっくりと選びたいと思っています。街を歩いていたら、チベットの伝統衣装を着たお婆ちゃんに会いました。私がチベット国旗のTシャツを着ていたから、わかったようでニコッと笑っていました。ああいう昔ながらの民族衣装を着ている人を見ると、なんだかホッとします。昨日はブータンの織物で今っぽい服(といってもダサい域)のお洋服屋さんも覗いてみました。生地自体はブータンの織りでジャケットやスカートなどに仕立てられていました。ドレスっぽいものもありましたが、どれも素敵とは言いがく、何だか無理している感がヒシヒシと伝わってきて、逆にもったいないなぁと感じてしまいました。民族衣装は民族衣装であるから美しんだなと再確認しました。文化を崩すことは簡単なことだとも感じました。日本の着物も同じで、アレンジした衣装って美しいって思えませんね。価値を落としてしまい兼ねないなと感じました。ミス・ブータンが美しくないのと同じように、この国は美しさの価値を“西洋的な”と勘違いしているようです。民族衣装を売っている店に入ると、まるで美術館に来たような感覚になります。人間業とは思えない織りのデザインです。もちろんテキストなんてありません。母から娘へ伝えられる口述伝統です。変にアレンジなんかせず、ブータン人自身が自分たちの美しさに気づいてくれるといいですね。大家さんも私と同じで昔ながらの形にこそ真の美しさがあると言っていました。日本に戻る時、ブータンの織物を持って帰るので、ぜひ見に来てね。

2009年6月15日

ニョキ

昨日は彼とジュミと野菜市場へ買い出しに行きました。ブータンの野菜市場は大きく、ただ売っているものの種類は多くありません。大きな市場は小さく区画され、そのひとつづつを農家が借りて、商売をします。大概、作れるものは決まってきますので、同じようなものを1020種くらいの野菜をどこもが同じように売っています。なので、買うものによって店を変えることになります。たとえば、今日は人参が欲しいと思ったら、出店しているお店をぐるりと回って、出来具合や新鮮度などを見て買うことになります。当たり外れがあるので、目利きにならないといけませんね。市場の帰り、ブータン郊外へドライブに行きました。私の好きな北の森の方や、展望で有名なBBSタワー、南の山の方までグルリとブータンの街を見下ろす感じで周りました。首都ティンプーは東京と変わらないように住宅が密集していますね。とにかく車が多く、オートマではなくマニュアル車なために坂だらけのブータンでは曲がり角でもいちいち停止はしません。一度停まると発車が大変なので、停車せずにうまいこと車の間に入りこむ感じです。日本と同じ左側通行ですが、運転方法が全く違います。昨日だけでも3台事故車を見ました。止まらないんですから、事故が多いはずですね。今日も大家さんとジュミを学校に迎えに行きがてら、BBSの展望へ写真を撮りにいきました。写真を撮っていたら、崖って言えるくらい急斜面からオジサンがニョキッっと出てきたのでビックリしたら、カルマ・ウラさんでした。ブータンの知能と言える方で、私がブータンに興味を持って旅しようときっかけを作ってくれた方です。日本の自殺者が年間3万人を超えることに対し、「日本人はものごとをつき詰めすぎる傾向にある」と仰っていたのが印象的です。GNH研究の代表者です。ブータン人の大らかさや、いい加減(良い加減)もお手本になるでしょう。きっとエクササイズも兼ねて巡礼でもしていたのでしょう。にょっと出てきた瞬間に顔が輝いていたのですぐにわかりました。展望の帰りにはブータンの国獣であるターキンがいる動物園に寄りました。鳥たちがさえずりとても静かなところで、幸せそうに草をムシャムシャ食べていましたよ。

2009年6月14日

お薬

妹がやけどをしました。腕に10センチくらいの跡がクッキリ、水ぶくれが破裂し、皮膚の真がでています。いとこの家で調理中にやけどしたそうです。妹はジュミと同じくらいの頻度でケガをします。治療もこうした方がいいよ、といっても聞かずに自己流なので、いつもケガの治りが良くなく、ひどくなって“シスター”と寄ってきます。ジュミもおとといぐらいから風邪のような症状で、昨日は顔に発疹が出始めたので、ハシカ(麻疹)かと思って、病院に行ってもらいました。妊婦にハシカは禁物なので…。結果は違ってホッとしました。もしハシカかだったら、うちへの出入りは10日間禁止といったら、ジュミの顔つきが変わって即効病院へ行っていました。ブータンの治療方法は伝統的な治療と西洋的なもの、そしてプジャ(祈祷)があります。若い人たちは西洋的な治療が好きで、診察も無料ですし、もちろんお薬も無料なので、すぐに行きたがるようです。お年を召した方はやはりプジャや伝統治療に重きを置いています。病院の薬はインドのもので、半端でなくきつい薬だそうです。お友達のお嬢さんが中耳炎で痛くて泣いていた時、ブータンの病院で処方された薬を飲んで、それが胃に落ちるか落ちないか、3秒もしないうちにすっかり痛みはとれ走り回った遊んでたそうです。恐るべし効果です。妹も頻繁にブータン病院の頭痛薬を飲んでいるので、日本の薬は全くと要っていいほど効果がでません。きっと体がもうきつい薬でないと効かないものになってしまったんでしょうね。唐辛子も刺激物なので、薬の効きに影響がありそうな気がします。こちらに長くお住まいの日本の方で、第1子をブータンの病院で産んでいる最中に停電したそうです。妊婦の数が多いのでベッドがズラリとならんで、カーテンで仕切られていて、あちこちで陣痛の叫びが聴こえてくるそうですよ。前はカーテンもなかったとか…。ブータンの病院には掛からないよう健康でいたいと思います。

大家さんが菜園で採れたサラダ菜をくれました。ブータンのレストランなどではあまりサラダは見かけません。水を沸騰させた方がいい国なので、サラダは難しいのでしょう。せっかくいただいたのでフレッシュな内に頂きました。ドレッシングはニンニクと玉ねぎをすりおろし、オイルとお酢、塩コショウでとんでもなく美味しいサラダになりましたよ。最近、ブログがグルメ紀行になりつつあります。天ぷらはやはり唐辛子を揚げたものがタシさんは気に入ったようです。それとジャガイモも。さつまいもがないのでジャガイモで代用しました。こっちのジャガイモはメークイーンに近い感じで煮くづれせず火の通りも弱いので下茹でしました。カリフラワーも天ぷらにすると美味しいと聞いたので試してみると驚くほど美味しかったです。カリフラワーなんて日本にいても食べたことなかったのですが…。ジュミは子どもなので、お芋しか食べられませんでしたけどね。

こっちの水は茶色なので日本から備長炭を送ってもらいました。沸かしてから濾過します。妹がおもむろに備長炭を食べようと口にもって行ったので、アッ~と思わず声を上げました。妹には、かりんとにでも見えたのかな。

(写真:この国は男性が踊りたがり)

2009年6月13日

感涙

今朝は山が霧で覆われ、仏教音楽を聴きながら眺めると、山から何かすごいものが降りてきそうな雰囲気です。知らず知らず私はブログに食べ物の話ばかり書いてますね。ブータンでは食材が日本の1万分の1くらい、いやもっとかもしれません。“これが作りたい”と思っても材料の関係で断念せざるを得ません。なので、逆にこの食材があるから何を作ろうか・・・という発想の方がストレスが少なく済みます。お友達に冷凍エビや手作り豆腐を売っているお店を教えてもらったので、幅が広がりそうですよ。お肉は大きな塊で売っているので、ここの部位が欲しいとか言っても、お肉やさんは部位名までは知らなそうです。大きな塊で買って、自分でその部位を探しカットする感じです。ブータン人が日本のスーパーで、部位ごとに小さなパックで売っているのを見たらビックリたまげるでしょうね。大家さんから日本で映画を見るのはいくら、と聞かれました。ブータンではシートにより値段が細かく分かれていて、高くとも300円で見れます。日本は1800円くらいといったら、ブータンでは6回観られると言ってました。

昨日は日本からお楽しみ便が届き、ずーっと食べたかったチーズ蒸しパンとトムヤムクンを食べました。それにこれから崎陽軒のシュウマイをいただきます。やはり日本の物はオイシイです。40年近く食べてきたので、仕方がありませんね。トムヤムクンは辛くって、涙が出るほど美味しかったです。ハワイ島の友人から、子どもの高校卒業式の写真が送られたきました。小さな時から知っているカワイイ男の子が、今はすっかり大人の男に変身し、ママとハグしている写真には感無量で涙が出てきました。アレックス、卒業おめでとう!!いつか子どもも育ち、離れていくんですよね。

ブータンの旅を予定していた皆さん、どうもすみません。タシさんはしばらく日本で日本語をマスターしてからブータンへ戻るので、タシさんをガイドに希望される場合は、しばらく後になりそうです。ブータンの旅はちょっとお金がかかるので、それまでにブーチョ(ブータン貯金)をしておいてください。日本のお友達は若干働き過ぎの様子です。身体の不具合は何かのサインですよ。「有給休暇を全日消化する会」会長として、“皆さん、有給休暇は権利です。遠慮なく消化しましょう!”


●ジェツン・ペマ女史(ダライ・ラマ法王妹さん)講演会
「幸せになる」 ヒューマン・バリュー(人間の価値)と子どもの教育

家族も故郷も財産も自由も権利も失い、
それでもどこかでたくましく行きていかねばならないとしたら・・・・
あなたはどうしますか?

・7月5日(日) 18:00 開場 18:30 開演

・国立オリンピック記念青少年総合センター 国際交流棟

・1,500円(全席指定)

詳細はリンク先をご覧ください。残りわずかだそうなので、お申込はお早めに。

2009年6月11日

日本食

日本は梅雨だそうですね。ブータンの朝は車のガラスに霜がついていますが、日中に外を歩くときは日差しが強いので帽子やグラサンは必須です。雨が降るとちょっとだけ寒くなります。きっとカレーと言うと思いながら、タシさんに何が食べたいと聞いてみる昨晩はチャパティと。何だそれ?と思ってよくよく聞いてみるとインド料理で、ナンよりは固いパンに似たもとのこと。それをエマダチ(唐辛子&チーズ)につけて食べたいと言っています。であれば、前日、大家さんが教えてくれたクレでも同じでないかと、作ってみたら、感激して食べていました。彼は私を料理上手だと思っているようですが、ブータン料理は手間がかからず簡単なものばかりです。朝5時に“オチャください!!”と変なイントネーションで起こされます。もっと早く起きているようですが、一応、5時までは待っているようすです。最近、私の周りの人たちの変な英語を話します。彼も妹も、大家さんもジュミも。“サンキューね”とか、“ソーリーね”と。語尾に“ねっ”が付き始めました。どう考えても私のブロークンイングリッシュの影響でしょう。ただ単語を並べて最後に“ねっ”をつけて話してますので…。今日はこちらにお住まいの日本の方と楽しくランチしました。日本のお料理を出すお店で生姜焼き定食をいただきました。キャベツの千切りが5ミリくらいだったのを除いて、生姜焼きもお味噌汁も美味しかったです。ブータンにはJICAの関係で日本の方が多く来るので、その関係でこの店はお料理の味が上がっているガイドブックにあります。さすがJICA、そんなところまで指導をしてるなんて。今月は“肉なし月”なので、お店側はお肉をストックしてるんでしょう。コロッケや竜田揚げ、餃子など様々なメニューが並んでいました。出てくるのは少しユッタリしてますが、他にも色々試してみたいと思います。ブータン人が日本で暮らすと皆ノイローゼになってしまうそうです。タシさんも20日間の日本滞在で少し疲れていたので、12月からの滞在は1年くらいにしておいた方がよさそうですね。ブータン人は天ぷらが好きだそうなので、明日にでもタシさんで試してみたいと思います。

2009年6月10日

ブータン料理:クレ


ずっと放っておいた蕎麦粉が活躍する時が来ました。大家さんがクレを作ってくれました。クレープの語源のような気がします。作り方は簡単、蕎麦粉をよくふるい、サラサラな粉に水を混ぜてドロッとするまで混ぜるだけ。水はいっきに入れず、少し入れては浮いてきた余計なものを捨て、それを繰り返します。蕎麦粉は韃靼蕎麦だったので、苦みをとるために水を入れて捨てての繰り返しを何度もやった方が苦みが取れるそうです。写真下にある黒いお面のような塊は、天然の油で深い森の木から採れるそうです。これを熱したフライパンにこすると、油が溶けだしてきます。あとはホットケーキを焼くのと同じ要領で弱火でゆっくり温めます。これをやはりエマダチだとか唐辛子料理について食べるそうです。妹がホットケーキに唐辛子をサンドして食べていたのは、この方法だったんですね。私はやはりバターとハチミツでいただきました。バターもハチミツもブータンで作られたピュアなものです。苦みは取れきれていなかったけど、体に良さそうな味がしました。今度、ブムタンから赤ちゃんママが戻ってきたら、お蕎麦を作ってくれるそうです。ガイドブックなどにある押し出すお蕎麦か聞いたら、カットするお蕎麦と言っていたので、日本に似ていますね。昨晩もジュミがカレーを食べたいと言って、毎日のようにカレーで飽きると思うのですが、タシさんにカレーでいいかと聞けば喜んでいました。ジュミにおじゃがを剥いてもらって、作り方をレクチャーしました。今度、食べたくなったら自分で作れるね。

2009年6月9日

雑多

最近、タシさんのおかげで朝5時には起きます。山の朝はキリリとして気持ちいいので、良しとしましょう。思いっきり窓を開けます。でも鳥さんに侵入がコワイので、ドキドキもしています。さっき鏡を見てビックリ。私ってソバカスがあったかなぁ?キャンディではないので気にします。タシさんの親友の奥さんが近々、米国へ出稼ぎに行くそうです。この国もそんな時代なんですね。貨幣価値が全く違うので外貨を獲得できれば、生活は一変しそうです。私たちが日本滞在中にこの家をどうするか、昨日彼とよく話し合いました。ティンプーは首都集中で住宅難です。やはり彼もここが気に入っているし、ここを探すまで苦労したので、3部屋ある内の1部屋に家財道具をまとめ、残り2部屋を独身の友達に期限付きで貸す、というアイデアが出ました。他人に貸すと退去して欲しい時に、出て行ってもらえないそうです。それと家具を他へ運んだりすると、傷だらけになってしまうだろうと彼は言っていました。私たちが引き続きこのまま家賃を払い、独身の友人から2部屋分の家賃を私たちが貰う、というやり方になりそうです。いいアイデアだと思います。まったく人が入らないと部屋も可哀そうだし、空気が淀みそうなので…。彼は今朝も勿論練習に行き、今日は会社でアーチェリー大会の打ち合わせがあるそうで、社員が全員集合すると言っていました。会社がブータンで一番大きなアーチェリー大会をオーガナイズしていて、その大会への打ち合わせでしょう。優勝者への商品はたぶん今年も車ですね。彼の会社はアーチェリーの商品を扱ったりもしていて、みんなアーチェリー大好きのようで、昨日は朝9時頃には出勤のために着替えに戻ると言っていたのに昼になっても帰って来ず、2時くらいに電話したら、今もアーチェリーしているところ…と、仕事そっちのけなのに驚きました。でもそれが許される会社です。私はこの夏の暑い闘いは最後まで見れませんが、スポーツに夢中になれるって素敵だなと思います。

(写真:ジュミのランドセルの中・・・こんなに入っているのに0点なの!?)

みんな大好きカレー

W杯の予選、こっちでも興奮して応援しました。岡ちゃんが最後に怒って帰ろうとしちゃった所が面白かったですね。さて、ブータンは朝6時から、どこかの家のプジャ(祈祷)が聴こえてきます。太鼓とラッパのような音です。この国に近所迷惑の概念がないのは、このプジャがベースにあるからウルサイと感じないのかもしれませんね。日曜は仏教的に意味ある日だったので、どこかしこで松が焚かれていました。(写真は前の続き)チョルテンでは小坊主さんが黄色い聖水のようなものをくれました。みんなのマネをして少し口に含み、頭から掛けました。洋服が黄色に染まりました。眠い時と意識がちゃんとある時とハッキリしてきました。寝起きで周りを見渡すと天国かを思うほどキレイです。緑が濃くなり、青空がクッキリしています。大家さんはたまに我が家を訪問しますが、ちょうど眠いモードで寝ている時にいつもあたります。あんまり寝すぎるのはよくない、歩かないと赤ちゃんが大きくなり過ぎて大変だから、歩いて自分も赤ちゃんも健康にするように、とアドバイスをくれました。まさにその通り。でも眠いんです。日本への帰国日がだいたい決まったので、タシさんも遅れて日本に来るため、アパートはどうするかという話になりました。アパートを探すには首都ティンプーでは苦労します。ブータンの田舎に住む若い人達がみな、ティンプーへやってきています。カントリーサイドにはお年寄りばかり住んでいると、大家さんはこれからのブータンを危惧していました。ここはチョルテンにも近く場所もいいし、静かだし、大家さん一家は大好きなので、戻って来てもこのアパートに住みたい気もします。ただ、そうすると家賃を払い続ける必要があります。1年半分をまとめて払うとすると日本の1ヶ月のサラリーくらいのお金です(人にもよるけど)。家具もいくつかあるので、それらをどうするかも問題です。家賃は払って妹に住まわせるという方法もありかと思って話してみたら、大家さん一家が結構マジな顔で、妹に対する不満を爆発させていました。ジュミも一緒になってプンプンしています。大家さんは彼女をサイコと表現していました。トホホといった感じです。他人にまで迷惑を掛けてはいけませんね。話がそこからジュミの勉強に飛び、磯野カツオ状態らしく、0点のオンパレードだと大家さんは嘆いていました。昨晩は大家さんへカレー作りをレクチャーしました。ブータンの人は日本のカレーが大好きみたいです。みんな感激して食べてくれるので作り甲斐があります。カレー屋さんをやったら儲かるかも…。

2009年6月7日

プジャの裏方

●これ全部が唐辛子。その上にトマトとチーズとお塩、油と玉ねぎを入れて煮込むとエマダチができる。ハエは煮込まれる前にどこかへ飛んでゆく。
意識がハッキリとしてきました。眠りつづけたあの間の感覚は、人間が死ぬ前にはあんな風に意識が遠のいて、寝てるのか起きてるのか、よくわからなくなるのかな、と思ったりしました。昨晩は9時に寝て、今朝は4:30には起きて、まるで老夫婦のような生活を送っています。
今日は仏教の特別な日なようで、すぐ横の寺院で大きなプジャをやっています。昨日から大家さんはそのお手伝いで大変です。私もお手伝いと思っていきましたが、少しお腹が出てきたので、お茶を出されて接待されてしまいました。役立たずです。祈りは今朝8時に始まり、夕方まで続きます。今日は仏教青年協会が街のパレードもありました。通り掛かると皆さんお布施をしています。ジュミはそのパレードについて行こうといいますが、あまりの天気の良さで頭から湯気が出たので、すぐそこのチョルテンまでで戻ってきてしました。ビデオはジュミに任せたけど、ちゃんと撮れてるかなぁ…。記録係としてDVDにして寺院に渡します。今日は150人は超えると思われるので、昼食の準備が大変です。ここで生活する尼さんたちが一生懸命に働きます。大家さんも朝からずっと野菜をカットしています。ブータンで一番代表的な料理、エマダチを作っています。そのほかにご飯とスープがあります。キッチンは猛烈な暑さでした。みんな何を祈っているのか、興味があります。

2009年6月6日

オフシーズン

この異様な眠さは、とにかく“寝ろ”という意味だと解釈して寝ています。目が開きません。以前に盲腸の手術をした時の麻酔が効いている時の感覚に似ています。ブータンは今、観光のオフシーズンに入り、彼もほぼ毎日帰ってくるので安心です。雨の季節なのでオフシーズンですが外をみれば、今のブータンはすごくキレイです。寝起きで周りを見渡せば天国に着いちゃったのかと勘違いしちゃうほど美しいです。ここの所、虹も良く見えます。ただ天候は変わりやすく、青空から一変して雷がゴロゴロしたりします。最近は彼のアーチェリーのため朝5時起きですが、朝の空気はすごく気持ちいいです。朝もやが山に掛かり、鳥が歌い、空気はきりっとしています。窓辺にはいつも双眼鏡を置いています。まるでヒッチコックの裏窓です。家はのぞきませんけど、色んな鳥を見て楽しんでいます。向こうは覗かれているとは思ってもないでしょうね。今の季節、仲良くつがいで飛んできます。こっちがオスで、こっちがメスだな、とか色や大きさで見分けます。そこでひと啼きしてくれれば最高です。彼は昨晩、ナイトゲームで200ドル稼いできました。この国では逮捕されませんよ。賭けスポーツってすごく楽しいだろうなぁと思います。オフシーズンって笑えるくらいオフな感じで、会社には行っていますが朝もアーチェリー、会社は4時で終わるようで、その後もアーチェリーです。ブータンのアーチェリーは的が見えないくらい遠いので、ものすごい力が必要です。なのでタシさんは胸板と腕と背中はエラク筋肉がついています。彼の友人の事故はバンコクに行っても90%危なく、助かる確率は10%だと医者が言っていたそうです。ホント辛い出来事です。昨年は彼の友人がやはり頭に矢を受け亡くなりました。彼は構えから弓の引きまで、絶対に的との延長線上から横に弓をずらしてはいけないと言っています。ブータンのアーチェリーは距離があるため、自分のありったけの力で弓を引く必要があり、そんな時に体や手を傾けてしまうと、間違って矢が放たれた時に横へ飛んでしますそうです。ゴルフのように“ファー”と言っている時間なんてないほど、矢のスピードはあります。私は彼に、あなたはチャンピオンとして、初心者や下手な人に安全な矢の打ち方を教えてあげる必要があるよ、と言ったら、うなずいていました。今日は国が主催のアーチェリー大会のセミファイナルで、お姫様が来賓で来るそうです。ブータンのお姫さまはすごく可愛いですよ。今朝は魂が戻って来たような感じで意識が少しクリアです。また眠気が襲ってくる前に片づけやお洗濯などしようと思います。

2009年6月5日

しばしお別れ

ほとんど寝ていて、わずかに起きている時間にご飯を食べ、トイレに行き、寝る…その繰り返しです。お風呂には入れないほどの睡魔です。頭のはじっこがちょっとだけ辛い感じもします。まぁ妊婦って大変ですね。彼は昨日、早朝アーチェリーで100ドルも稼いで来ました。この国の男たちはかなりゲーム好きなようですよ。日中はアーチェリーで事故を起こしてしまったお友達に付添い、病院に行ったりきたりしていました。頭に矢を受けてしまった2歳の子はかなり状態が悪いそうです。彼は献血のお願いをみんなにしたり、事故を起こしてしまった友人を連れ、祈りに行くと行っていました。友人は食事が一切できないそうです。それはそうでしょう。夜にはバンコクへの搬送が決まり、彼はどこまでお手伝いするのか分かりませんが、昨晩はお友達と一緒に病院で一夜を過ごしていました。椅子で寝たので腰が痛いと言っています。こういう面で彼は本当に優しいなぁと感じます。この国で重傷な外科治療は無理に決まっているので早くバンコクへと思っていましたが、少しでも早く適切な処理を受け、回復して欲しいです。
昨日の朝は赤ちゃんとママと付添として大家さんのお嬢さんがブムタンへ向かいました。出発前にこのアパートに住む人達としばしの別れを惜しみ、挨拶回りにきてくれました。先日の大雨でなくなった赤ちゃんママの妹さんのプジャです。朝9時に出発して、きっと着くのは夜になるでしょう。赤ちゃん連れで大変です。ただ、悲しみにくれる中、赤ちゃんがいることで癒されることでしょうね。2週間後に戻ってきます。赤ちゃんはみんなから、ブチューっとキスされていました。大家さんがベビーに2週間会えないなんて寂しい…って言ったら、娘さんが私は?と突っ込んでいました。(写真:これが制服)

2009年6月4日

ひたすら寝る

毎朝5時起きで彼はアーチェリーです。練習場は社交の場にもなっているようで、ダショーと呼ばれるエライ方々から電話が来て、一緒に朝のトレーニングをしたりします。そういえば結婚手続きの際、高等裁判所でも地方裁判所でも、スタッフはみなアーチェリー仲間だったので手続きはあっという間に終わって、雑談ばかりしてましたね。
ここでは空がすぐ近くにあります。はしごを使えば雲に手が届きそうです。ここのところ睡眠薬を絶対にもられてるな、と疑いたくなるほど寝ています。目の開け方を忘れてしまったようです。頭は以前に増してまとまりません。記憶は3秒で消えていきます。色んな経験を初めてしています。食欲と胃の状態が不釣り合いで、この場合は胃に合わせなければいけないのに、食欲に合わせるもんだから、いつも後悔しています。妹を見て“バカは死ななきゃ治らない”なんて浮かんじゃっていましたが、まさにこれは自分のことです。今日から30分のウォーキングを始めようと思います。4ヶ月目に入ったので、ほどほどに体調を見ながら無理なく歩こうと思います。実家から出産場に決めた助産院の本や水天宮の腹帯などが送られてきて、なんだか実感が湧いてきました。妹は腹帯を出して“ぞうきんだね”と拭くしぐさをしていました。年がいもなく自然分娩がの夢だったので、家からも近くに興味ある助産院が見つかってよかったです。16週くらいになると安定してくるようなので、あと1ヵ月は本をたっぷり読めるなぁと思います。でもすぐ寝ちゃうけど。その後はもっと歩けるようになるでしょう。ブータンは高地なので高橋尚子のボルダーの並の高地トレーニングになりますね。日本に戻ったら検査を一通り終えて、明日香医院の大野先生が仰るように3時間歩くように自然分娩に向けて体力をつけたいと思います。オリンピック選手になった気分です。前の上司が迎えに来てくれるというので成田までかと思って喜んでいたら、なんとブータンまでとのこと。タシさんにインドまでついて来てもらって、そこで1人で日本便に乗りかえて…など、頭を悩ませていたところだったので、すごく嬉しくって心強いです。
ブータンでは鳥や蝶、虫がいっぱい飛んでいます。朝は鳥の合唱で大変なくらいです。昨日は部屋に鳩がやってきて、タシさんが出社しようと車に向かっていたので、“ヘルプ~!!バードカミング”と叫び、布団をかぶってバタバタ音におののいていました。ジュミが飛んできてくれ、お茶を出す間もなく、鳩は出て行ってくれました。実家でも鳥やコウモリが部屋にノックもなしに入ってきて、大騒ぎしたのを思い出しました。さすがの鳥好も、近距離は怖いです。ここは網戸がないのでハエもたくさんやってきます。うまく外に追い出せると“ヤッター”と思い、ゲーム感覚で楽しいです。
(写真:左がジャガイモ、右がエマ)

2009年6月3日

Meditation

妊婦ライフも3ヶ月を経過しました。食べすぎや水の関係でお腹がちょっと痛くなることもたまにありますが順調そうです。昨日はお楽しみ便が届き、おせんべいやチョコを妹とジュミと競うように食べてしまいました。自分の分をキープしておかないと、食べ尽くされそうです。最近はジュミが我が家でご飯を食べることが多くなってきました。まだ子供なので、それほど辛いものが好きではないようなので、我が家の味がちょうどいいのかもしれませんね。“おいしい”と言って食べるので、こっちも気持ち良くなります。タシさんと妹と、妹の頭痛について話をした時、“エマのせいだよ”と私が言ったら、エマでお腹は痛くなるけど、頭痛は関係ないでしょ…と、言っていました。刺激物は取り過ぎると頭痛もするよ、と言ったら2人して目を真ん丸くしていました。そんなこと日本では常識ですけどね。その後2人はよく話て唐辛子をコントロールした方がいいという結果になったようです。妹はインド映画が大好きでよく見ています。しかも、激しいのが大好きなようです。一緒にみていると彼女よくやっているケンカもあるし、喜怒哀楽が日本の10倍くらいある感じの映画です。これを見て育っているから、彼女は似ちゃったのかなぁとも思います。
発売されて間もないダライ・ラマ法王の読経CDを聴いています。法王様の読経CDは世界初だそうです。ブータンでは朝にお経のテープなどを流している家があります。我が家も法王様のマントラを聴いて起きます。今日は5時に起き(起こされ)、彼はアーチェリーの練習に行きました。早い時間だと人が少ないので、たくさん矢を放てるそうです。朝が早いので夜は9時代に寝ちゃっています。
法王様のCDは商業ベースとして大々的に宣伝していませんが、収益からかなりチベット亡命政府へ寄付されます。平和のメッセージ(チベットハウス)が素敵だったのでご紹介します。

「今の時代」 ダライ・ラマ法王14世

今 時代が抱く最大のジレンマの原因は
物質的進歩の歩みを
余りに強調し過ぎたことにあると思います。
私たちは知らず知らずのうちに
愛や思いやり協力いたわりといった
人間にはなくてはならない
最も基本的なものを育むことを忘れるほどに
物質的進歩に夢中になってしまったのです。

2009年6月2日

癒しの民

大家さんがデチェンプ・ラカンというお寺に連れて行ってくれました。お天気もよく、素晴らしい環境にある建物で圧巻でした。ガイドブックによれば、王室の公式祈祷の場らしく、訪問許可を取るのも難しいらしいです。彼と家をどこに持つか、よく話していますが、2人とも静かな環境が好きなので、昨日行った寺院の方、ティンプーの北の森がいいなと思っています。
さて、この国に居ると、ほのぼのすることが多いです。旅人もブータンに魅了され、とても良い思い出を作るようですよ。緑の量が圧倒的に日本と違います。自然がいっぱいな所にいると自然の一部である人間は理由なく、心が喜ぶと思います。ティンプーは首都といってもそんなに大きくなく、首都以外は近代化されていません。ブータン国内を旅すれば、昔の日本はこんなだったんだろう…と想像でき、DNAの記憶でしょうか、懐かしい感覚に陥ります。そしてなんといっても最大の魅力はブータン人です。先日、パーティで多くの日本人に久々に会い気付きました。明らかにブータン人と日本人は違います。一概には決して言えることではありませんが、ブータン人には邪気がありません。人はどうしても自分の都合よく生きたい生き物です。計算高くなり、自分にとってのメリットや評価も気になり、それは顔や振る舞いに出ます。日本人はどうも我が先に出ますが、ブータン人は邪気が少なく、人との接っし方が無邪気なのです。色眼鏡なしに初対面を接する人は日本では案外少ないもんですね。どうしても値踏みとかが入ってきます。話は飛びますが作家のよしもとばななさんはブータン人と同じ気を発していました。心から人間を愛そうとしている人だと、ほんの少しのお話でも感じとれました。ブータン人はその場を楽しむことに重きを置き、人をコントロールしようとは考えていません。だから彼らといると癒されます。彼らの何がそうさせるのでしょう。こういった人間性の要因が仏教の教えなのか、教育なのか、それとも近代化しきれていないことにあるのか、まだそこまでは探れていません。彼らが癒しの民であることは間違えないと思います。あんな風に無邪気に人に接することができる人間になれるといいなぁと思います。
妹は別扱いです。現在ブータンが抱える情報化社会の闇を妹から垣間見れます。ある意味、自分の思いのままという点では無邪気なんでしょうが、都合よくいかないと怒りを爆発させます。昨日も電話で15分くらい、怒鳴りつけていました。あそこまで怒りが持続するのがある意味凄すぎます。いつもお手洗いのドアを閉めずに用を足すので、お願いだから閉めてくれと言うけど…。知らぬ間にカシミアセーターを着て、洗濯機でミニミニセーターにしたり、今度は壊してもらうと困るのよ…って物を壊してくれました。私が困りはてていると、首をすくめて“sorry”反省の色ゼロです。タシさんは今月には学校が終わるので実家に帰すとて言っています。農家を手伝って体を動かすことが一番いいのかもしれませんね。(写真:赤ちゃんは後ろ向いちゃった)

2009年6月1日

6月

もう5月も終わってしまいましたね。ホント時の流れは早いです。昨年の今頃はダライ・ラマ法王お誕生パーティのプロデュースみたいなお手伝いさせて頂きました。北京オリンピックがあって注目度の高い年だったので、普段は200名くらいのところに500名の参加があり、会場内はマイクの音が聞こえない程に盛況でした。ダラム・サラから外務大臣が来賓としていらっしゃいました。今年は姉がお手伝いをさせていただくそうで、昨年の記憶を思い出し託しました。今年は法王様の妹さんが来賓でいらっしゃいます。日本に居る方はぜひ参加されるといいですね。お誕生パーティは申込みすればどなたも参加できます。
彼はツアーだと思ったら、昨日は国連の方を空港から事務所まで送り届けるという仕事だったようで、すぐティンプーに戻ってきました。けど家には戻らず、ほぼ一日中アーチェリーの練習です。やっと観光のオフシーズンに入り、これから一ヵ月間に集中して練習するそうです。ぜひ、優勝して私の分の車をゲットして欲しいですね。結構、アーチェリーでの事故も多く、昨日も矢が子供に刺さってしまったとニュースでやっていました。どうやら矢を打ったのは彼の友人らしく、その関係で彼は今日も忙しくなりそうです。お天気もよかったので昨日はジュミと街の探索に出かけました。というより、食べ歩きだったかも。アーチェリーを見ながら、チーズモモ(餃子)を食べ、街でアイスクリームを食べている人を見かけ真似して食べ、のどが渇いたとジュースを飲み、最後はケーキ&パン屋さんで美味しいパンを食べ、2人してお腹いっぱいで動けなくなり、タクシーに乗って帰りました。食べすぎでちょっと気持ち悪くなったけど、夜にはイタリアンを食べに行ってしまいました。ピザやパスタなど充実したお店で、日本の方も含め、外国人が多くいました。パスタはかなり茹で過ぎちゃった感もありました、味は美味しく、彼も満足していました。
彼は朝早く起きます。今日は5時代でした。朝からパンツ一丁歌いながら踊っています。しかもヘンテコな踊りです。ブータンのダンスはフォークダンスに似ていて、男の人でも腰をクネクネさせ、手もユラユラと女性のダンスのようです。なので、女の人が踊る分には可愛いのですが、どうも男性の踊りは笑っちゃいます。今日は四股まで踏み、土俵入りを披露していました。いったい何のため?6時代に“ゴ”を着しまい、会社に行くには早過ぎる、と早起きを後悔していました。
(写真:目立つ色の車なので、あちこちで目撃され指摘するとドキッとしている・・・。手にしてるのは禁止のお煙草では)

2009年5月31日

やめられない とまらない

時より雨が降るようになりました。雨上がりの空は、たまらない美しさに変化します。たまに我が家に置き去りにされるベビーママの妹さんが、先日のサイクロンによる土砂崩れ(ブムタン)で亡くなったそうです。6人が死亡し、2人は逃げて助かったとか。ご夫婦で犠牲になり、3人のお子さんが残されたそうです。せつなくて涙が出てきます。ブータンは山と谷の国なので、家や道は山を削ったところに多く、日本のように崩れそうなところに予防柵がある訳ではないので、雨期は何かと危険がありそうです。
タシさんのツアー客がやっと英国に戻れ、彼も家に戻ってきました。久しぶりなのでホテルに食事に行きました。そこに彼のお友達も加わって、2人のハチャメチャな日本語を理解するのに必死で大笑いしました。こうやって話すことで少しづつ上手になるのかなぁと思って、私もハチャメチャ英語で懲りずに頑張ろうと思います。彼のお友達は食事しないでウィスキーばかり飲んでいて、これが毎日だそうです。日本よりもブータンの方がアルコールに関しての問題が大きいように感じます。食事が終わる頃に電話が入り、ティンプーの隣町に住む、いとこの子供が病気になったと、タシさんにヘルプコールです。彼は私を家に送り届け、医者に電話を入れ、隣町まで車に迎えに行きました。ブータンでは車を持っている人はまだ少ないです。結局、帰って来たのは翌朝で、そのまま次のツアー客の迎えにパロへ行きました。タフな方ですが3月からずっと働きづめなので可哀そうなくらいです。45歳までは一生懸命に働くそうです。前は50歳って言ってたけど、いつの間にか5歳早まったようですよ。でも仕事大好き人間なので、きっともっと長く仕事するでしょう。
彼が食事の前にブータンの紀ノ国屋にも連れていってくれました。山の上の方にあって、ちょっとハイソな人がお買い物にくるお店だそうです。ここでは日本でも見たことある缶詰やお菓子もあって、久々に興奮してしまいました。やっぱり食べたことがある味は安心して買えますね。“やめられない とまらない”の「かっぱえびせん」はなかったけど、リッツがやめられなくなってしまいました。
タシさんも妹に負けずドジ男で、水と間違えペットボトルに入っているアラ(お酒)を一気飲みしていました。あらららら…(ギャグよ)。タシさんはいつも面白いことをして、私を笑わせようとしています。うちの姉もかなり面白いのですが、その姉曰く、“妹リンジンを日本に上陸させてはならない!”と。実家は全面改築中ですが、きれいになった家をテロリストに破壊されては困りますね。破壊魔は新たに炊飯器のふたを割っていました。使えるから大丈夫ですが、どうしたらそこを割ることができるのか…そっちの方が不思議でたまりません。
(写真:国王は車で行けない場所を徒歩で。おみ足が…。)

2009年5月30日

変化した思い

こっちに来て変わったことがあります。なんとなく何かが違うと感じながら、それが何だか分からずにいて、最近ようやく整理ができました。それは“仕事”に対する考え方です。明らかにブータン人と日本人は仕事に対する姿勢が違いです。ブータン人のお仕事のほとんどが農家ですので、これについては彼の実家しか知りませんので、よく分かりません。ただ、大変であることはだけは誰にだって想像がつきますね。彼の実家には電気が来ていませんので、私は冷蔵庫を開けるたびに、どんな生活なんだろう…と考えます。たくさんの工夫が生活にあるのだと思います。変化した“仕事”に関する思いは、農家や織物の仕事以外の、主に首都で働く人々についてです。彼らの仕事ぶりは笑えるくらい“仕方なくやっている”という感じがストレートに伝わってきます。仕事はつまんないけど、同僚とのおしゃべりはかなり楽しそうです。仕事には懸命さはあんまり感じてきません。懸命さを求められるほどの仕事がないのかもしれません。タシさんのように楽しみながらできる仕事は除き、事務や販売の仕事をする人は“こなす”だけで、見方によっては嫌々やっているようにも見えます。もちろんその人が何を考えているわかりませんが、仕事に対する考え方がだいぶ日本とは違うのだな、と気が付きました。ブータンではイキイキと仕事をするのは、政治家や大臣とごく一部の人だと思っているのかもしれません。仕事に対し夢を持つ環境がまだ整っていないのかもしれません。国を作るのは我々ではなく、そういった人たちだと思って頼りきっているように感じます。日本では政治家だろうと一応は同じ身分ですが、ブータンは身分差をとても感じます。お偉方にヘイコラする必要がブータンにはまだあります。私はこういうのをクソくらえって思う方なので、こういった面でブータンに適しませんが、外国人なので救われます。ブータン人が権威に頼るのは仕方がないことです。ついこの間まで絶対君主制だったので…。ただ、この国のリーダーたちは日本とは逆でヘイコラすることを全く要求していません。本当に国や民を思っているのが伝わってきます。そこが日本と違うところでしょう。国民の方がまだ自分たちが主役だとはわかっていません。礼儀は必要なことですが、必要以上に崇めてはいけないと思います。そういうことが勘違いを生み出します。人間は平等な存在である、と成熟し主体性のある国づくりはまだまだブータンには遠いことのようです。曽野綾子さんが面白いことを言っていました。この世は“バカと利口”のどちらかで、だからこそ利口がバカをフォローする必要があるのだと。ちょっと過激ですが、この国のリーダーたちはそれをよく理解していると思います。日本人でも仕事を仕方なくしている人も多いけど、仕事にやりがいを感じてイキイキ仕事をしている人はたくさんいます。生きてく以上仕事は絶対に必要です。人は人生の多くの時間を仕事に費やします。同じ時間を過ごすのであれば、そのことに一生懸命になるというのは、とても良いことだと思います。彼が来日した時、ビックリしていた理由がわかりました。日本ではみんな忙しくしているけど、お店の人がとても良い人だと言っていました。私はそんなこと考えたこともなかったけど、彼とオートバックスにタイヤを見に行った時、店員さんのサービスぶりに、えらく感動していました。店員さんは“車が大好き”って感じで商品に詳しく、こちらの難しい要望に一生懸命に応えようと調べてくれたり、最終的には他の店の案内をしてくれました。ブータンの人が農業以外の仕事を持つようになり歴史は深くありません。仕事をする意味や哲学が生まれていないのかもしれません。仕事に誇りをもって、一生懸命に働く日本人って素晴らしいな、と日本を離れてみて、我が国の美しさに気づきました。日本人は働き過ぎっていうけど、自分のこころと身体を犠牲にしない程度に仕事に打ち込むことって、すごく素敵な生き方だな、と昔考えていたこととは全く逆のことを思うようになりました。それがわかっただけでも、外国に住んでよかったな、と思います。(写真:夜明け)

2009年5月29日

ロングラン決定!!

渋谷アップリンクでの『雪の下の炎』がロングランに決まりました。まだ、ご覧いただいていない方、すでに見た方はぜひ、ご家族やお友達に紹介してくださいね。映画を見ることは、チベット支援の一歩です。こういう人がいると思うだけど、生きる勇気が湧いてきます。ぜひ、パルデンさんを知ってください。お申込みはこちらよりお願いします。渋谷アップリンクへの地図

★5月23日(土)~5月29日(金)
<10:45/14:50/18:30>

★5月30日(土)~6月5日(金)
<10:45/14:50/18:30>

★6月6日(土)~6月12日(金) 1日1回上映
<平日 11:15 / 土日 11:40>

★6月13日(土)~6月19日(金) 1日1回上映
<平日 11:15 / 土日 11:40>

★6月20日(土)~6月26日(金) 1日1回上映
<平日 11:15 / 土日 11:40>

お天気とからだ

昨日も少しどんよりしたお天気で、雲が低い位置にありました。そうなると頭が重くなったりします。ひどい天気の時には眠気や頭痛もあります。海抜ゼロメーター近くでずっと生きてきたので標高が高いことが体に影響するようです。妊娠の状態も普通とちょっと違うようなので、これも標高が関係していると思います。パーティの場で安定期に入ったら早めに日本に帰った方がいい、とアドバイスをもらいました。ツワリの話になったら、“私はツワリは2時間だった”という方がいて、爆笑してしまいました。それはツワリ出なかったのでは…と心の中で叫んでいました。ツワリがない人もいるんですね。
雨がひどかった時、寝たきり状態だったので髪を洗えずにいました。パーティの前にきれいにしようと思ったら、今度は雨の影響でアパートの水が一滴も出なくなり、あらら…と思って、日頃から水を貯めておいた方がいいと、どこかで聞いた事を思い出しました。でも後の祭りで、こんなゴキブリのような輝きヘアで行く訳にはいかず、どうしようかと考え、近くにあるホテルの美容院に行ってきました。いくらかなぁとちょっとドキドキしましたが、日本円で300円弱でした。とても丁寧にシャンプー&ブローをしてくれました。癖になりそうです。水は出るようになりましたが、やや色つきです。まったくクリアだな、と感じる日はなかったのですが、あの大雨以降、色が濃い気がします。水なのにすでに薄い番茶?です。沸かせば平気さと思いましたが、やっぱりお腹が痛くなっちゃいました。きっとブータン人は大丈夫なのでしょう。しばらくはミネラルウォーターを頼ることにします。
妹も頭が痛いといっていたので天気の影響でしょうか。最近、妹は自分でホットケーキを作るようになりました。黒こげになっちゃったこともありましたが、もう一人で大丈夫なようです。先日、二つ折りにしたホットケーキに赤い物を挟んで食べているので、イチゴなんてあるのかなぁと思ったら、トウガラシがいっぱい、はみ出していました。さすがエマ命です。お友達が来た時、妹が料理して出したりしますが、お友達は妹の皿に多すぎる唐辛子を移しています。友人たちも“彼女はエマを食べすぎ”と言っていました。妹の頭痛は偏食から来ているような気がしてきました。

2009年5月28日

パーティ

昨日はお天気になり、飛行機は到着しましたが、2日間キャンセルが出ていたので、初日にキャンセルになった人が優先され、彼のお客さんは帰れませんでした。明日の便に予約が取れたそうで、結局3日間の足止めとなりました。その間、飛行場で彼も一緒に待ったり、ホテルの手配をしたりと予定外のことばかりで大変だったようです。長くブータンにいる日本人の方曰く、一昨日の異常な天気は初めてだとか。かわいそうに子供が何人も流されてしまいました。たくましいインド人はこの悪条件を逆手に、魚を網で救っています。生活が貧しいので命がけの魚捕りです。妹は夜に氾濫する川を見に行ったと翌朝に白状し、お兄ちゃんには内緒だよと。まったくブータンの人は危険を知らないのか、テレビで見ていると濁流のすぐ側まで見に行ったりしていて、ハラハラしました。ブータンの方は物ごとの先を読む、ということはあまりしないようですよ。
さて、昨晩はJICA所長交代のパーティにお招きいただき、行ってきました。迎賓館のような意味合いの建物は、ブータン風建築にゴージャスなシャンデリアが妙にマッチしていました。彼はお客さんと一緒にいなくてはいけなかったので行けなくなりましたが、来れなくて良かったかも・・・。ゴージャスな顔ぶれに恥ずかしがり屋の彼には、しんどかったかもしれないと思いました。JICAの新所長も飛行機が飛ばず、インドで2日間足止めをくらい、パーティ当日に到着されたそうで、お疲れだったでしょう。JICA職員の方と、在ブータンの邦人、そして大臣の方々などが集まりました。残念だったのはJICAで実際にプロジェクトを実施されているボランティアのJOCVの方々は招待されていませんでした。民族衣装を着てしまうと、ブータン人だか日本人だか、さっぱり区別がつきませんね。私がここに居ていいの?と感じながらもテレビによく出ている大臣だったので、ミーハーな心境で見ていると、たぶんJICAスタッフと間違えられているのか、それとも丁寧な国なのか分かりませんが、握手してご挨拶をして下さいました。フォークなしの手づかみスタイルだったので、手は揚げ物でベタベタしていましたが、たくさんの方と握手しました。首相はテレビで見るよりも身長が高くすらっとしていて素敵でした。人間を愛する人のお顔をされていました。お料理はお肉類や揚げ物が多かったのですが、久し振りのお肉に興奮して頂きました。大臣たちに気を使いお料理に手を出せない方も多かったのですが、身分なしの私は自由を満喫させていただきました。ブータンで働く日本の方々にお会いでき、とても楽しいひと時でした。

2009年5月27日

大変ですよ

強い雨が続き川が氾濫してしまいました。警報が出されていて、テレビでは特集を組み報道しています。彼は昨日、お客さんの飛行機が天候不順でキャンセルとなり、忙しいお客さんなのでどうにか帰らないといけないらしく、車でインドまで送ることも検討していますが、道路もヒドイことになってしまっています。2日間飛行機がキャンセルされていますが、今日は飛行機が来るでしょうか…。乾燥が続いて水不足が心配されていたので解消でしょうが、豪雨で家を流されそうな人たちが大勢非難しています。家財道具一式を運び出すのに大変そうです。大切な仏具もですし、川の側にある商店はお店の商品も運び出す必要があります。冷蔵庫やガス台やプロパンのタンクや布団一式まで、とにかく家ごと流される可能性が大なので、大変です。大家さんの話ではこういう時に、空いた店に泥棒が入ることもあるそうです。ブータンでは川沿いに家を建てているところが多く、この国に事情を考える限り、すぐにでも引っ越した方がいいでしょうが、そんなお金もないのでしょうね。温暖化によるヒマラヤ氷河の決壊は時間の問題です。インドでもサイクロンが起き、中国も水浸しです。大陸がつながっていると感じます。NHK海外の天気予報でもブータンがひどい雨だと言っていました。天気予報を見るとずっと雨なのでちょっと早めの雨期に突入したのかもしれませんね。9月くらいまで雨期があるそうです。日本は雨期とは言わずに梅雨ですね。これってとても風流な言い方だと、日本を離れて気づきました。梅の実がなる頃ですね。
農家にとって水ほど大切なものはありませんね。国民の多くの生活は自然に依存しているので、お天気はとても重要です。大家さんも水やりからしばらく解放されそうです。新たに耕したところにジュミがストロベリーを植えると言うのでニコニコしながら見ていると、唐辛子を移し変えているので、大家さんに“イチゴを植えるんじゃないの?”と聞いてみると、皆して大笑いしていました。ジュミはからかわれたようです。同じ赤い実でも大違いですね。家族が総出でみんな楽しみながらもそれぞれが主体的に畑を作っていて、見ていると気持ちよくなってきます。
予報では少し雨が弱まるようです。雨の影響で停電地域もあります。プジャ(祈り)が各地で行われることでしょう。スー・チー女史の自宅軟禁が解かれたようで、ひと先ずは良かったです。今晩のJICAパーティはこんな状況であるのでしょうか。

2009年5月26日

鍬の音

北はやりたい放題ですね。総書記の死が近い気がします。人の死を望むのはよくないけど、望んでしまいます。でもそんなのダメです。そうではなくって日本人を返して、そして国民を大切にして欲しい、それだけのこと。5月病の皆さん、もうすぐ5月も終わるので病も終わりますよ、きっと。最近、モンゴルでの壮絶な支援活動から帰国した友人に、縁あってブータンに居るとメールしたら、どんな活動をしているかと。笑えましたが、そう思っても無理はないかも・・・。
昨日は雨による気圧のせいか、ほぼ寝たきりの状況でした。睡眠薬でももられたのでしょうか(何の為?)、目を開けていられないのです。雲がすぐそこで手に取れそうな位置にあります。赤ちゃんを置き去りにされても面倒が見れない状況だったのですが、置いていかれず良かったです。ベビーは7ヶ月ですが、すごく大きく、力も強くって、何でもつかみ上げます。さすがブータン男です。パソコンを上げようとしたのにはビックリしました。軽く支えると歩くことができます。座っていても自分で一生懸命に立とうとします。その前にハイハイを忘れていませんか。大家さん一家もですが、ドア隣のお家も菜園作りは必死な感じです。家族が代わる代わる鍬を持ち、畑を耕します。今はジャガイモが花を咲かせ、エマ(唐辛子)が15㎝くらいに育っています。趣味の範囲とかではありません。食べるために絶対失敗出来ない…そんな意気込みを感じます。水やりは朝夕の2回です。実がなれば家計費はかなり浮きますね。大家さんはできた野菜を惜しみなくくれます。うちは2人だから少しでいいですよ…と遠慮すると、ドサッと盛られてしまいます。お隣のお姉さん、といっても私より年下だと思うけど、いま妊娠5か月です。大きなお腹でも鍬を持つ手は止まりません。最近、高騰していた肉の価格が政府のコントロールもあって安定してきたので、多くの家では牛肉を干して干し肉を作っています。ブータン人がパックで売られている日本のスーパーのお肉を見たら、ビックリするでしょうね。
全く関係ないけど、ブータンの新聞で宇多田ヒカルが紹介されていました。日本の音楽番組にもちょうどヒッキーが登場。イメチェンし大人の色気にあるPVで宮沢りえちゃんみたいにスリムで綺麗でした。でも、あんまり痩せると病気になっちゃうのではとオバサンとしては心配しちゃいます。今週は椎名林檎や中島美嘉も出ていて、満足な番組でした。
(写真:まるで狛犬)

2009年5月25日

New CAR

今日は朝からシトシト雨が降っています。緑が多いところの雨は全然嫌な感じがしません。樹木や大地が吸収してくれるからでしょう。でも、雨期に入ると街を歩くには長靴が必要ななるそうです。雨なのにお隣の家のドライバーさんは車を磨いています。この方がV6の岡田君に似ているので、いつもキッチンに立ちながら目の保養をしています。ほんとイイ男率が高い国です。たぶん、日本人にそっくりな和系な顔と、クッキリお顔のインド系な顔の境目なので、ベースは和なんだけど目鼻立ちはややクッキリという感じなので、ジャニーズ率が高くなるのでしょうね。彼には内緒で、いつかイイ男図鑑みたいな写真集でも作ってみたいです。
さて、タシさんはお友達が腎臓の病気のため、お金が必要とのことで寄付を求められました。金額の検討がつかないので、いくらか聞いたところ、気持ちだからいくらでもイイと言われ、益々分からなくなりました。いろんな人に電話してドネーションを募っていました。この国は結構、寄付行為が普通でむしろ日本より盛んなんだと思います。世銀調査から行くと、平均月収は14,000円弱のようです。まだまだ物々交換をしている地域もあると聞きます。こうして金額でみると、ブータンは思いっきり貧困国なんですね。ホームレスの人も結構いてお金を求められますが、賢いな!と思ったホームレスは銀行の入口に座っていて、あの場所はかなりな稼ぎになるなぁと思います。
彼は昨日新しいプラドに乗ってきました。私は友人の車と思ってベランダから見ていたら、“この車、買っていい?”と叫んでいます。“ヒー”と叫びたいのはこっちです。新しい車にチェンジしたいとは前々から言っていましたが、朝、出ていく時はそんな話なにもしていなかったのに…。2人で貯めている家のお金に手を出したのかと思ってちょっと焦りましたが、ローンを組んでいいかと。彼のサラリーと貯金や家賃など考慮して無理はなさそうです。彼も12月には日本にやってきて、しばらく日本に居るのでその間はどうするかを聞いたら、売ってしまうと言っています。彼が以前、車の整備の仕事をしていて、車大好き人間であることは知っています。日本に来た時もどこに行きたいかと聞けば、自動車工場と・・・。近くにあった自動車整備の会社の前で、いつも足を止め、ずーっと見ている変な人でした。いきなり駐車場の中へ入っていき、車の下を覗き込んで、私に“見て見て”と。何か楽しげですが、私にはちっとも分かりません。友人が外国人が気に入るだろうと表参道を案内してくれた時も見ていたのは通りすぎる車でした。そんなに好きなら、来世は車に生まれ変われるといいね。先に相談がなかったので、ちょっと怒っている妻。
(写真:新車じゃありませんよ)

2009年5月24日

たまご

朝青龍の負けっぷりを見て、千代の富士が貴ちゃんに負けた時“体力の限界”と引退を語っることになった一番を思い出しました。まだまだ行けるよ、朝青龍。タシさんは彼と友達になりたいそうです。相撲を見るたびに“遅すぎた”とお相撲さんになれなかったことを悔んでいます。さて、新インフルは拡大する一方ですね。日本はいつの間にかメキシコ・米国・カナダについで4番目に感染者数が多くなってビックリです。インドでも罹患者がいるようなので、行き来が自由なブータンにも拡大の可能性はありますね。感染に対する意識が低い国なので入ってこないことを祈るしかありませんね。彼が来週、アーチェリーの道具を買いにインドに行くと言うので、しばらく止めた方がいいよ、と説明しました。ツアーシーズンが終わったら、今度はアーチェリーのシーズンとなり、これまた彼は忙しくなるでしょう。
ブータンでは鳥インフルエンザの影響で、インドからの鶏や卵がしばらく禁止されていました。最近、危険性の低い地域のものは解禁となりました。禁止の間もブータン国内の鶏や卵は手に入りました。日本の卵は大きくて、形が揃い、見た目もとてもきれいですよね。ブータンの卵はご想像通り、小さくって形や色にばらつきがあって、今、産みました!みたいな感じで土や藁みたいなものが付いています。卵は金~日曜日にオープンしているサブジ・バザールで手に入ります。プラスティックの入れ物ではなく、米国のように紙でできた容器です。日本も早く紙の容器に変わるといいですね。日本は見た目重視の消費者なので、難しいかもしれませんが・・・。
それにしても新インフルといい、鳥インフルといい、変テコな病気が蔓延していますね。新しい病気が流行るたびに何とも言えない恐ろしさを感じます。病気が恐ろしいというのもありますが、発生すること自体が怖いのです。たぶん、手塚治虫さんはこういう事態を分かっていて『火の鳥』を書いたのではないかと思います。地球の悲鳴は警告のようにも思えます。
(写真:国獣のターキン)

2009年5月23日

先駆的な環境対策

この国は旗がとても似合います。風が強いのでよくなびいています。たぶん、鯉のぼりを掲げたらバタフライするぐらいビュンビュンに泳ぐと思います。私が子どもをテンジンと呼んでいたので、どうやら男の子を思った方も多いようですね。男女共通の名前なんですよ。タシさんも男っぽい名前の印象がありますが、女性でもいます。こちらでは男女共通の名前と、共通でない名前があるようです。妹のリンジンは女性の名前だそうです。日本でも薫とか忍とか、男女に通じる名前はありますね。
さて先日、ニュースでプラスチックバッグ(レジ袋)禁止令が出ていました。最初、10年以上前に禁止されていましたが、、守られずにお店ではプラ袋に入れてくれていました。環境と健康面に有害ということでお達しが強化され、罰金制になるそうです。3回違反が見つかったお店は販売許可を取り消されるというので、かなり厳しいものですね。お店は紙袋類を使うことになるでしょうが、インドから入ってくる商品のほとんどがプラ製品で、むしろ、こっちの方の対策を強化した方がいいんじゃないかなぁと思います。
先日、妹と友人たちとアイスクリームを買いに行きました。カップアイスでは蓋が微妙にずれていて、アイスクリームが噴き出していました。でも皆な平気そうに食べていたので、私も構わず食べましたが、これが思いの外おいしくって驚きましたよ。
(写真:チャンリミタン競技場)

2009年5月22日

洞察力

ここは山なので朝はキリリとしていて気持ちいいです。朝日に照らされ緑がキラキラ光を放っています。車のフロントガラスには軽く霜がはっています。太陽が近いので日中はかなり暑くなります。妊婦生活も10週目に入り、どうやらツワリは卒業のようです。それともこの波はまたやってくるのでしょうかねぇ。妊娠期間は40週なので、あと3倍の待機期間がありますね。新たな妊娠線が発見されました。元々、お腹が長州小小小力みたいな状況だったので、今は見事な三段に生まれ変わり、横に一本くっきりライン増えました。みんなが口を揃えて言うように生まれてからが大変そうなので、いまはぐ~たらライフをエンジョイしようと思います。胎教ということも意識した方がいいのかもしれませんが、私のウクレレは相当悪影響を与えてるでしょう。でも練習しないとうまくなんないので、許してちょうだいね。鼻歌国家なので騒音による近所迷惑はあまり気にしません。先日、ジュミと近くにあるJICAへ行ってきました。所長が交代されるとのことで歓送迎のパーティがJICA主催であり、ティンプー在住の日本人を招待してくれるそうで招待状を頂きました。私はブータンに住む日本人を一人しか知らず、良い機会なので彼のツアーがなければ、ぜひ参加したいと思っています。でも、カクテルパーティって何?って感じです。ジュミはすぐそばにあるのにJICAを知りませんでした。ですので社会科見学とボディガードも兼ね一緒に行ってきました。支援活動の写真など貼ってあり、ブータンでどれだけのサポートを日本がしているのかよくわかったようです。ブータンにとって日本はなくてはならない存在なんですよ。オフィス内もちょっと見学させていただきました。ジュミに日本語を勉強してJICAに勤める方法もあるよ、と言ってみたら、本気で五十音を覚えようとしていました。子供なので遊び感覚で覚えられるのかもしれませんね。大家さん一家はお嫁さんにフィリピン人がいるので国際感覚があります。一家は日本のことにはホント興味を示すので、いつか日本を見せてあげたいです。昨日は家族総出でガーデンの作業をすることになり、赤ちゃんが我が家に置き去りにされました。ほとんど泣かずに良い子ちゃんで待っていました。皆に愛されている赤ちゃんです。ジュミを見ていると、彼もそうやって育ったんだなぁと実感します。彼は我が家で遊んで色々といじったりしますが、必ず元あった場所に、元あった通りに片づけて帰ります。モノがない国なのでモノに対する洞察力が違います。そして、触れ方もそっとです。所作がお母さんに似て子供なのにきれいです。とても良くしつけられていると感じますます。タシさんも力はとてもありますが、モノに触れる時がとても丁寧です。モノにあふれないとモノを大切にできるみたいですよ。妹のリンちゃんみたいに荒々しい人もいますけど。この破壊王は新たに水道の蛇口を壊してくれました。タシさんのスケジュールが変更で、急きょ帰って来ると連絡が入りました。車で10時間以上掛るので戻ってくるのも大変です。なので彼の大好きなオニオンスープをじっくりと作ることにしましょう。

2009年5月21日

定まるということ

いま、ブータン人との恋の悩みなど相談されたりしています。人はそれぞれなので、これといった決まりはありませんね。ただ物事に迷える段階というのは、本人は苦しいかもしれないけど、羨ましいことのようにも思えます。必死の状況であれば迷う余地なんてありません。迷うということは、そうじゃない可能性も秘めている訳ですね。ブータン人は迷う余地があまりない方だと思います。生活が苦しいので迷うことなく受け入れるしかないからです。世界は同じように迷うことなく、ただ生きるしかない人達が大半を占めています。日本だって幸せそうな国だけど、刑務所の中と同じ扱いや思いをしている老人は大勢います。そういった世界を考えると私自身は迷えなくなります。迷う時間がもったいないと思うからです。もし世界の苦しみや叫びを知らなかったのなら、私も迷ったかもしれません。いま、これだけ幸せで生きられていることを考えると、何かに感謝して、事象を受け入れながら、今できることを精一杯やるしかありません。潔い人間だと言われますが、不安や迷いがなかった訳ではありません。何でも器用にこなしていく方なので、環境が恵まれていると思われます。もちろん恵まれているのは事実ですが、二十歳になるまではかなり苦しい思いをしたと思います。これを他の誰か経験したら絶対に生きてはいけないと思える程、苦しみ抜きました。たぶん、人は苦しい思いをすればするほど、幸せの意味を実感するのだと思います。何か大きなものに私自身のことは託しています。私は自身も含め、多くが幸せであって欲しいと思います。心が定まると拓けてきます。
(写真:お供え物…衛生面からプラに包まれた物に変化したそう)

2009年5月20日

苦手なもの

彼は朝5時起きでブムタンに向かい、12時間後に着いたと連絡がありました。今回はガイド兼ドライバーで大変そうです。この間の日曜日は朝早くから遅くまで1日遊んでいたので、仕事の疲れも重なり家に居る時はひたすら寝てました。休みの日は午前中はボーリング午後はピンポンと、ゲーム大好きな様子です。私の存在を忘れて遊んでいたので帰って来てから“妻を忘れた人とは離婚だな”って言ったら、目を真ん丸くしていてました。彼は妹をなんだかんだ言って、すごく大切にしているのがわかります。毎日の電話は欠かしません。小うるさい親みたいなもんですね。彼は日本食が好でいつも日本の料理は美味しいと言って食べています。僕はそんなにエマ(唐辛子)が好きではない、と言いながら昨日も唐辛子を火に炙り、軽く2本食べていました。あまり健康に良くないと思って、食べないように努力しているのかもしれません。妹は相変わらず“唐辛子命”って感じではありますが、私の食べているものにも若干興味を示しています。基本的にブータン人は食に関しては保守的なようです。ホットケーキが美味しかったので、もしかしたら他も美味しいのかも・・・と思ったのでしょうか。前はお鍋に日本の味の物があっても目向きもしなかったのに、今は味見して美味しいと食べたりしています。ラーメンもただ唐辛子だけだったので野菜炒めやゆで卵などを急いで作ってあげると、それを入れ美味しいといって食べるようになりました。食わず嫌いだったようです。大家さんのところのジュミは若いので好奇心いっぱいに何でもトライし、育ち盛りは美味しいといってよく台所で味見をしています。カレーは大好物のようで、私が作っているのがわかると、あとで食べに来るね、とか、学校から帰ったら食べるね、と予約していったりします。ジュミが唯一ダメだったのは海苔です。ウェっと吐き出していました。海苔で思い出すエピソードがあります。大学の時、教授のお父さんは戦犯たちの最後の声を聞く僧侶をしていました。捕虜だった人たちに海苔を食べさせたことで戦後、米国人は“日本は自分たちに黒い紙を食べさせた”と虐待の罪となりました。戦時中に海苔があるというのはむしろ贅沢なことだったと思いますが、食文化の違いからそんな摩擦があったのでしょう。戦犯として死んでゆく人がその事を悔んでいたそうです。悲しい出来事ですね。
さて、タシさんが苦手とするものが分かってきました。これはブータン人全般に言えるのかもしれません。甘みのあるものは嫌いです。グラタンを作った時、手間が掛ったのに一口食べて終わりだったのが悲しかったのですが、昨日クリームシチューを作った時も、甘い…と言ってスープを残して具だけすくって食べていました。以前、何かにスィートコーンを入れた時も、うまく避けていました。甘めのものは全部ダメんだと分かりました。食文化の違いはありますが、基本的に日本食が好きな彼で助かりました。ハワイのお友達とスカイプしたところ、彼が“日本には2年くらい居る”と言っていたので、驚きました。1年じゃなかったのぉ…?1年目はしっかり勉強して、2年目くらいにはバイトでもして、しっかり日本円を稼いでもらいたいもんですな。

2009年5月19日

恩返し

GWに素敵な方がブータンへやってきました。4年3か月の有給休暇を貰い、自転車で世界を旅した坂本達さんです。トンデモナイ長さの有給をくれる、こんな会社があると思うだけで日本も捨てたもんじゃないぞ、と思います。子どもが生まれたらお世話になるミキハウスです。実現させてくれた社長さんも素晴らしいですね。そんな途方もない夢を描き、叶えようと信じる力が素敵です。坂本さんは自転車でブータンを旅し、その時出会ったったソナムさんに恩返しをしようと考えました。ソナムさんはブムタンで不足している学校を設立しており、坂本さんはご自身が学校などの講演会でもらう謝礼を貯め、その小学校へ寄付しています。併設の図書館や学ぶお金がない子どもたちの奨学金制度などに充てられているそうです。
これを知って私はすごくワクワクしました。しかも坂本さんは私が勤めたいた会社のボスと仲良しさんで、これまでに何度も坂本さんのお話を聞いていました。このGWに学校の開校式に坂本さんはブータンにいらっしゃいました。彼はブータン以外でも旅のご恩返し活動をされていて、西アフリカのギニアに井戸を作っています。ギニアを旅した際にマラリアと赤痢を併発し、瀕死の状態をギニアの方々が救ってくれたのでした。坂本さん自身に体力がなければ、死に至ったかもしれませんね。そのお返しとして彼は著書『やった。』の印税でギニアの方々が必要としている“井戸”を作ったのでした。
水は生命にとって一番大切なものです。人間の70%は水分ですね。アフリカなどの地域ではこの水を得ることが非常に困難で、泥だらけの汚ない水を濾して飲み、結果として体力のない子供たちは病気に苦しみ、最悪死んでしまいます。ブータンの貧しさなんて比べ物にならない状況です。私は前の会社で社会貢献の仕事をしていた時、アフリカの現状を知りNGOの協力でブルキナファソに井戸を作りました。資金を会社から捻出してもらうのには苦労しました。社長に絶対にYesと言って欲しかったのでどう説明すれば納得してもらえるのか悩んだりしました。でも社長はアッサリと“いいんじゃない”と。話がずれますが当時の上司は社会貢献の費用捻出させるに、女性が役員に説明した方が事がスムーズに運ぶと考えていました。なので、私はいつも駆り出され一般事務なのに何でこんなプレッシャーを与えられるんだろうと、思ったりしたものです。VIPや皇族に対する対応などもさせられ御所に伺う時、誰も上司が付いて来てくれず、考えてみれば上司だってそんな緊張することしたくない訳ですよね。今でこそパワハラも認知されてきましたが上司にいつも怒なられてトイレで泣いたものです。こうして人は強くなっていくんですよね。怖い上司だったけどアフリカに井戸を掘りたいと言って“やってみたら…”なんて言う人は、保守的な会社に彼だけだったでしょう。私にとって生涯忘れられない恩師です。
ブータンに関わり、支援の方法が全く違って坂本さんは崇高だけど同じように井戸を作り、私の尊敬する人の友人でもあります。そして次の「地球交響曲第七番」は自転車が大きなカギを握っています。一方的ですが、坂本さんに不思議なご縁を感じています。私もいつか坂本さんのようにご恩返しができる人間になりたい。ご恩返ししたい人は数えきれません。

2009年5月18日

色々と

妊娠するとお腹の筋肉が緩むようで、赤ちゃんは急に大きくはなりませんが、お腹回りが今までの服だとキツク感じます。ただ単にデブになったのかもしれませんが、寝ながらユニクロのトレパンを下げたりしています。そうするとお腹が冷えてくるので、実家に緩めの服を送って貰おうと思います。冷え性なので腹巻を持参していたのが大活躍です。母が先日、水天宮へ腹帯を買いに行ってくれました。東京ドームのイ・ビョンホンさんのコンサートぐらい混んでいたと言っています。45年前はこんなではなかったと…。そんなに妊婦が居るはずありませんが、母にとっては大変だったのでしょう。母の友人たちも一緒になって、私のことを楽しんでくれているようです。私は楽天家の方で、先をあれこれ思い悩んだりしないので、今を結構楽しんでいます。将来への過度な不安や心配は間違った選択をしたり、適切な判断が鈍ったりするので気を引き締めています。家族や友達が喜んでくれていることを私も心から嬉しく思って、エンジョイしています。
またまた妹が楽しいことをしてくれています。私はうどんが大好きで日に1回は食べたいくらいで、冷蔵庫の中にうどんや煮物にも使えるつゆの素が入っています。妹は朝、それをジュースと間違えて飲んでしまったそうです。こっちの人はミネラルウォーターなど、コップに移さずに直接飲んだりします。ただ口をつけずに上手く飲みます。なので、いつもの感じで妹は口に流し込んだのでしょうね。昔、私も会社の人たちと飲みに行った時、ウーロン茶を頼んだら、醤油が出てきたことがありました。口にした一瞬は分からないものです。コップに移さずに飲んだりと、日本ではマナー違反とされるようなことがブータンでは普通だったりすることが多くあります。それは文化の違いなので仕方がないことですね。
妹が最近、日本の男性を紹介してくれ、とよく言っています。お金持ちになれると思ってのことでしょう。妹もその友達もとってもカワイイので日本に着たら、モテるでしょうね。まずは日本語を勉強したらいいよ、といって教えるのですが、全然やる気がないので、まず無理ですね。お友達の方は日本語にとても興味を持ったようで、一生懸命ノートしたり、五十音や数を暗記したりしています。妹はその場さえ楽しければイイ主義のようです。日本では無口な女性の方が好かれるよ、っと言ったら、日本ではずっと大人しくしている、と言いますが、これもまず無理でしょうね。妹は私をカラカウのが大好きで、よくやられます。先日、妹の友人である男友達と会ったので、その場で色々とお話しました。その人からは色々と質問され、ほんとブータン人はお話好きなんだなぁと思っていました。後の方に“仕事はしないんですか?”と聞かれたので、子供ができたのでしばらくは専業主婦と応えたら、妹は“シー”と言って大笑いしています。どうやら男友達に兄のお嫁さんというのは内緒に会話していたらしく、その人は私とお友達になりたくって、いろいろと聞かれたり優しくしてくれていたようなのです。まったく、妹ったら…って感じです。ブータンの男性は日本人にすごく興味があるので、すぐに仲良くなろうとしてきます。日本とは恋愛の形がだいぶ違うようで、かなり積極的でこっちが恥ずかしくなるような言葉をたくさん言ってきたりします。言葉は悪いけど、“数うちゃ当たる”みたいに感じます。正直な国民なんでしょうね。妹についての面白エピソードはキリがありませんよ。
(写真:チョルテンはお年寄りの憩いの場)

2009年5月17日

私の自慢

昨日は久しぶりに彼とお外へご飯を食べに行きました。ブータンに来て早々、アパートに入れる前に外食をしましたが、それ以来です。家でなるべく良いものを作って食べたいと思うのですが、ブータン料理なら材料は手に入りますが、和食となるとやはり難しいことが多く、単調になりがちです。ブータンの料理は栄養面が偏ってしますので注意が必要ですね。昨日の私の食べっぷりに彼も驚いていました。なので“私でなくって、赤ちゃんが食べたいって”と、ごまかしておきました。夜遅く、彼は先日亡くなった友人のプジャへ出かけて行きました。
知っている友人も多いのですが、私はものすごく涙もろいです。テレビとかでくだらない2時間ドラマでも、人が泣いているシーンでは連鎖して必ず泣いてしまいます。そんな時に家族を見ると、母もたいがい泣いているので、これは遺伝なんだと思います。子供の歌で『だんご3兄弟』が流行った時、これを聴いて泣いてしまいました。その話を友達にしたら、“こんなバカ見たことない”と爆笑されましたが、その話を説明しながらも泣いていました。だんご達は兄弟げんかをしたって、生まれ変わっても同じ3兄弟で生まれたい…みたいな詞にホロリです。私も3人姉妹なので…。私は作詞家の思うツボですね。
さて、私が唯一できる自慢は“友達”です。本当に素晴らしい友人がたくさんいます。友達の数は多い方だと思います。中には自然と離れていった友人もいますが、特に後は追いません。離れていく友人はやはり何か違う気がします。考えてみるとベースがしっかりしていない人は自然と離れていくようです。私はきちんと自分を持ち、人の痛みを共有できる人が好きです。ものごとに感謝できる人達です。私の友人は皆、そういう人ばかりです。たまに足元が揺らいで壁だらけの状態で、夢を声高に話す人もいますが、聞いていて空しくなります。一方的なのでちっとも心に響きません。ただ、それを聞きながら私は無駄だとは思いません。自省する機会を与えてくれるからです。そういう人とは友達になりません。やはり人間としてのベースがあるかどうかが重要です。私の友達は特に大きな仕事をしている訳ではなく、皆、淡々と会社に勤めていたり、子育てをしています。日本は誰もが忙しくて、そうそう簡単に会えないけど、たまに会うと、一生懸命に働いてストレスを抱えながら、体を壊しちゃったりもしてるけど、ベースが揺らいでなくって“あぁ変わらない”と思って安心します。(友へ…日本では夜中、赤ちゃんの面倒は夫がみると言ってありますので)

2009年5月16日

はじっこ

タシさんはツアーが終わりましたが、会議で帰れないこともあります。会社が新しい事業を起こすそうで、その準備に追われています。昨日はガイドの友人が交通事故で亡くなり、忙しくしていました。彼はこういう非常事態に活躍しているように見えます。日本で言うところのお香典を集めに回ったり、ご遺族に対するケアなどの指示を仲間に電話したりしています。私が来てから亡くなった友人は2人目。2人とも原因はアルコールなので日本と同じような闇がこの国にもあるようです。
さて、昨日は虹の始点か終点が見えました。今までみた虹と断然に太さが違います。2000メーター級の山だから太いのでしょうかねぇ。ジュミも喜んでいました。写真だとよく写らなくって残念です。ジュミと私はテレビのMr.ビーンが好きで、2人していつもゲラゲラ見ています。なつかしや“風雲たけし城”がやっていました。当時、私はこの番組を見て、大人ってバカだなぁ…と冷めた目で見ていました。セットの豪快さからバブルの賜物といえますね。でも、今の歳になってこの番組を見てみると、ここまではじけられるって素敵だな!って思えるようになりました。もし、今もこの番組がやっているなら出てみたいと思いました。そして思いっきり失敗して、ドボンと水の中に突っ込んでいる自分が想像できます。社会の波に揉まれ、悔しい思いを何度もして、それでもあきらめずに上司と戦い、会社に嫌気がさしたりなんかしながらも、一生懸命に働いたなぁと丸の内OL時代をおもいだしました。たけし城に出ていた大人たちも、きっと会社では私と同じような思いをした人達だから、あそこまで弾けられたんじゃないかなぁと、思いました。
昨日、私がお出掛けてから戻ってくると、妹はホットケーキを作っていました。あまり美味しくないと言っています。卵と牛乳を加えるだけで、誰にでも簡単に作れるはずですが、見た目も味も違います。クレープの厚みを20倍にしたような感じで、甘さはなく、何だか粉っぽいのです。“何でだろうね~”と2人で不思議に思っていると、妹が出してきたのは単なる小麦粉でした。材料自体が違っていました。2人で大笑いして納得すると、妹はもう1回チャレンジし、今度は簡単に作れました。2枚作って1枚はお友達にあげると言ってます。妹は1枚をたいらげ、お腹がパンパンで苦しいので少し寝ると言って横になっていました。小麦粉でお腹が膨れちゃったんでしょうね。1時間くらいしたら妹が飛び起き、学校に遅刻だ~と、ノートとお友達のホットケーキをわしづかみに走っていきました。

2009年5月15日

こだわり

基本的に私はあまり物事にこだわりません。どちらかといえばこだわりが強いのは苦手な方です。日本人はこだわりがあることはどこか美徳のような感じがありますね。そんな私もこだわりがあることをブータンで発見しました。それは“食器”です。ブータンでは基本的にプラスティックの食器を使うようです。たぶん値段安いし、割れたり欠けたりしないので、実用的な意味で使われるのでしょう。欠けた食器は縁起が悪いので、絶対に使ってはいけないそうです。それは日本も同じですね。うちは両親の田舎が佐賀ということもあって、両親とも陶磁器にはウルサイのです。佐賀は有田や伊万里で有名ですね。母は香蘭社や深川などの磁器を昔から集めていたので、小さな頃から私もきれいだなぁと思っていました。そんな影響もあって私は陶器よりは磁器の方が好きです。ブータンに来る時も最低限の食器は持ってきました。気に入ったお皿でないと嫌なのです。スプーンとフォームなどはヘンケルが好きで、友達にプレゼントしてもらって持参しました。でも、カレーを食べる時は100円で買えるような平べったいスプーンが美味しいです。食事をする時はやはりプラスティックだと何だか美味しくなく感じるのは、私の思い込みなのかもしれませんが、断然違うような気がするのです。こっちでも陶器は売っていますが、やはりお気に入りを探すのは至難の業です。先日、家具屋さんでbone chinaを発見し、嬉しくなりました。妹もブータンの食器とは違うと思っているのでしょう。食器を洗う時はとても丁寧にしてくれます。ブータンに来て、自分もこだわりがあるんだと新発見しました。
(写真:大臣宅のおまわりさん、ベランダに出るといつも目が合う)

2009年5月14日

びっくりたまげたこと

今日は先月赤ちゃんの生まれたお友達の家に遊びに行きました。奥さんが日本人で旦那さんがブータン人という、我が家同様のお宅です。赤ちゃんは小ちゃくって、ミルク飲んで、おしっこして、寝ての繰り返しで、赤ちゃん業も結構、忙しいなぁと思いました。最近、雨がチラホラ降りますが、今日は大量のヒョウが降りました。例年より遅く、今年のブータンは少し寒いのだそうです。まるで雪が降ったかのごとき、外が真っ白になりました。農業に影響がないといいのですが・・・。普通この時期には山の雪が溶けているそうですが、まだあります。ヒョウに驚きましたが、もっと驚く色んな話を聞きました。ゴミの話になり、川の水が季節で減ってくると、大量のゴミが干上がってくるそうです。オムツとかナプキンとか。もちろん使用済みだそうです。先日、妹がラーメンの残りを大胆にも3階の窓から投げ捨てていました。まっ、これは自然に還っていくとは思いますが、さすがポイ捨て文化の国です。ブータンは離婚も多く再婚も多いそうです。最近ではいわゆる売春だけでなく、若い男の子もそういった商売をしてお金を稼いでいるとか。とても優しく穏やかな人が多く、良い国だと思いますが、決して良い面だけではないな、と当たり前だけど、思いました。お金はもちろん色んなことを満たしてくれるし、有るに越したことはないけど、お金第一主義になっちゃうと、人生空しいよ、ってブータンの中心で叫びたい気分になりました。(写真:小さくたって“ゴ”を着ています)

人生は読めないな

彼が戻って、これからのことなど話し合いました。ツアーはないのですが、結局、夜遅くまで仕事だったり、ミーティングで帰れないこともあり、家に居ないことがほとんどです。大家さん一家が優しくしてくれるので大丈夫ですが、もし居なかったらきっと寂しい思いをしてただろうなぁと思います。妹も楽しいのですが、ちょっと刺激がありすぎですしね。大家さん曰く、お兄さんが妹を厳しくすることは、とても良いそうです。そうしないとブータンの場合は、すぐ女の子は妊娠しちゃうそうです。まぁ、それにしてもこの国の人の鼻歌率の高さには驚きます。タシさんも早朝からで、しかも、声が出ないような範囲の歌で、朝から何を雄叫び上げているのかと思いました。妹もしょっちゅう歌ってますし、アパートの人も小さくない鼻歌を歌います。鼻歌率は幸せ率に比例するような気もしますね。さて、人生めまぐるしく変化しますが、私は回転寿司が食べたいので夏に帰国しようと思います。大家さん一家としばらく会えないと思うと、ちょっぴり涙がでます。妹は一緒に連れてけと言っています。彼はオフシーズンに入る12月くらいに日本に来て、予定日は12月13日なので出産に立ち会い、それから1年くらい日本語をばっちりマスターしたいそうです。観光業なので日本語ができるといろんな面で良いそうです。学校に入るのが手っとり早い気もしますし、英語を介さずに母国語ゾンカと日本語を直接教えた方が文法的には近いので、そっちの方がいい気もします。まだ時間があるので考えますが、皆さん遊びに来て彼に日本語を教えてあげてくださいね。
(写真:なにか御用ですか?)

2009年5月12日

時間は止まる

今日は珍しく朝から雨です。彼は昨日の7時頃に帰宅し、ちょっと疲れたから寝るといって、翌朝までぐっすり。相当疲れていたのでしょう。次のツアーまで間があるといいのですが・・・。土日でさえ、ボスに呼び出されてミーティングがあったりするので、彼と1日中一緒にいた日はまだありません。お外にご飯を食べに行ったりしたこともないくらい、彼は忙しく、日本人以上?とまで思ってしまいます。彼の会社みんながそうという訳ではなく、彼はちょっと特別のようで、ガイドとしてもベテランの域に入るので、便利屋みたいな存在なのかもしれません。皆にはない特別ボーナスをもらっているそうなので、彼も頑張れるのでしょう。私のお腹をさすりながら“僕はキミに早く会いたい”と言っていました。妹の取っ組み合いのケンカの話をしたら、さほど驚かず、ブータンでは女性でもファイティングがあるそうです。最近は頭がまとまらないのでブログが長くなっているとやや反省(でもなっちゃうけど)。
先日のこと。チョルテンから帰り、家の方へ坂道を上がっていると、聴いたこともないような鈍い変な“ドン”という音が。振り返ると小さな男の子が車の前から這い上がり、泣きながらお母さんの元へ。タクシーに跳ねられた瞬間でした。時間が止まりました。チョルテンを囲むすべての人が固唾をのんで動けずにいました。怖くって私も動けずに動向を見守っていました。タクシーの運転手が車を道脇にも寄せず、真ん中に置いたまま出てきて、その後、お母さんが子供を抱き、そのタクシーで去っていきました。病院へ向かったのでしょう…。見ているとこの国には“徐行”がありません。車と人では断然、車が避けるべき危険を、人が注意しない方が悪い、みたいな感覚がします。交通ルールやマナーが追い付いていないようです。
姉の協力もあって、ようやく出産する場のめどが立ってきました。具合の方は日によって眠かったり、気持ち悪かったり、元気だったりと不安定ですが、着々と進んで、楽しくなってきました。
(写真:新婚旅行!?の土肥温泉。ばななさんの「海のふた」の舞台。こういうくだらないのメチャ好き)

2009年5月11日

体張ってます

今日、彼が11日ぶりに帰ってきます。今回のツアーではお客さんの移動がヘリだったので、ティンプー上空から携帯で“今、上を飛んでるよ~”と、お客さん以上に満喫したのではないでしょうか。パロからブムタンまで、車だと何時間も掛るところを1時間で到着します。風が強い国なので、ヘリは心配です。なので上空からの電話がいいから、着いたら電話ちょうだいというのに、あっちこっちの空から掛けてきました。無事終わってホッとしています。ここのところ私はツワリのピークは終わったものの、自分が赤ちゃんなくらい寝てばかりいます。朝はクリーミーなスパゲティとか、こってりしたものでないと食べたくなく、ちょっと偏食気味です。その合間に仕事の延長みたいなことをしたりして、ちょっと忙しくしています。さっき妹から“まだお兄ちゃんは帰っていない?”と電話で確かめた上、部屋にやってきました。腕を見せられ、両腕に傷が3本くらい入っています。猫にでもやられたかなと思いきや、女の人と取っ組み合いのケンカをしたそうで、髪の毛も引っ張られ、今は首が痛くて回らないと。私をだます冗談かと思って、一緒にいたお友達に聞いたら、自分は怖くて止められなかったと…。原因は何かと聞いたら、友達のアパートの水の出が悪いのでアパートの人に文句を言ったら、向こうから手を出してきたそう。それに応戦したと…。もう本当にビックリです。妹には限界がありません。この間は窓ガラスを割るし、植木鉢も。何でお水をあげるだけで鉢が割れるのか・・・。いつも想像以上のことをやってくれます。でも最近、ありがとうとかtake careとか言ってくれるのでカワイイです。

2009年5月9日

家族であることの意味

ツワリが和らいできた後、今度は食欲の秋(春だけど)で私の場合は体重増加に気をつけないといけないようです。朝からガツンとツナマヨ醤油味のスパゲティーとか1.5人分とか食べちゃってます。アァやばっ。さて、ブログに妹のことを書くと結構、反響があって皆さん面白いようですね。私もかなり楽しませて頂いています。よく“出来の悪い子ほどカワイイ”っていいませんか(いわないかな)?そんな感じで可愛くって仕方がありません。問題起こすとあぁ~あ、と思いますが次は何をしでかすか、楽しみにしているのも確かです。ブータンは日本よりも親戚づきあいが濃いと思いますが、そういうのは面倒と思う人もいるでしょうが、私はそうは思いませんね。何といっても彼の家族ですから・・・。妹ができ、私も妹という立場だったので、姉の気持ちが少しわかったような気がします。私がブータンに来る時に2人の姉はお祝いをかなりくれました。一番上の姉は久我山で一人で住み、7歳も離れているので私をとても可愛がってくれます。何でも叶えてくれるような姉で、性格は私と正反対です。以前、一緒にハワイ島へ旅した時、姉がTシャツ1枚買うのに3日間悩んでいたのに驚きました。私の場合、迷ったら買いません。迷うという段階では必要ではないと感じるからです。でも姉が違います。なのでケンカもしましたが、私の心配をいつもしてくれる優しい姉です。もう一人の姉は同居していたので、いつも身近でした。私はお姉ちゃん大好きっ子で、いつもひっついていましたが、姉はそれが疎ましく、よく逃げていました。私の部屋は姉の部屋の前の廊下を通りますが、通るたびにドアを開け“何してるの”とビックリ屋の姉をいつも驚かせ怒らせていました。いつも怒られてばかりでしたが、それでも妹の私は金魚のフンのようにひっついていました。私がブータンへ旅立つ時に“あんたがブータンに行ってくれて、本当にうれしい。これから迷惑かけられないで済むと思うと天国だ”みたいなことを言って祝ってくれました。私は姉たちが大好きです。
妹のリンジンは少し癖っ毛で、自分の毛を触って“angry”といつも言っています。そんなことで怒ったって仕方がないと思うのですが、私の毛に良く触れ“シスターの髪がいいな”と。髪型が決まらないと嫌なもんなので、毎日がそんな気分なのでしょう。そんなこともあって、友人に頼んでストレートパーマ液を送ってもらいました。妊婦なため、臭い予防で鼻にティッシュを突っ込み、さらにマスクしタオルを被るというもの凄い様でチャレンジしました。パーマ液は危険だから、書いてあるとおりにやらないとダメだよと。すっかりまっすぐにはなりませんでしたが、かなり良い感じになりました。私はそれで疲れて寝ていましたが、妹は納得いっていなかったのでしょう。次の日、私が寝ている間に自分でもう一度やっていました。危険な薬だから、次回やるのに一ヵ月は開けないとダメだよ、と言ったにも関わらず。しかも自己流にしちゃったようで、最初の液は地肌には付けてはいけないと説明したのに、たぶん付けてしまったのでしょう。しかも15分以上はおいてはいけないと言ったのに2時間くらいたっぷりおいてしまい…。部屋のドアを閉め切ってやっていたので、私が臭いで気づいたのは、もう終わりの頃でした。怖くなって、とにかく頭をよく洗いなさいと洗わせ、そうしたら殆どストレートになったの喜んでいたのも束の間、頭が痛いすごく痛いと言い出し、私は心配でしたがとにかく寝させて、頭痛薬を飲ませ、吐いちゃったりと妹の方がツワリな感じになってしまい、とにかく心配して夜を明かしました。翌日病院に行き2日目にしてようやく頭痛は消えました。子どもと同じ、危険物は隠すに限ると思いました。でも、見つけちゃうだろうけど…。妹のエピソードは山ほどあります。(写真:織物は出来ないけどフリだけ)

2009年5月7日

おむすびは心のふるさと

書きたいことがいっぱいあって、全部忘れました。妊婦の影響か頭が少しトロトロしてしまい、キッチンに立っても要領よく料理できずに、やたら時間が掛かります。これも危険がないように妊婦の神秘的な変化なのでしょうか。面白いです。病院のエコーでテンジンは現在35㎜だそうです。思ったより大きいので驚きました。よく出産は鼻からスイカを出すようだ、と表現しますが、私は今の35㎜でも鼻からは無理と思ってしまいました。次回の診察は6ヶ月になる9月でいいそうです。その間に気になることがあれば、来て下さいと。ブータンの病院はホント混み合っているので、日本の診療時間の短さより短いかも。産科の先生は活気がありましたが、内科の先生は疲れきって憔悴しているようにも見えました。ブータンもきっと医者不足なんですね。日本では出産ができる産科が減り続け、国会でも問題になっていますが、姉がいろいろと近所の産婦人科などに電話をしてくれていますが、どこも満員気味で、その時になってみて断る場合もある…などなど。姉の知り合いはあと2ヵ月で生まれる状況なのに病院が決まっていないとか。少子化になる訳ですね。自然分娩が夢ですが、年齢が年齢だけに、これからどこで産むかが大変そうです(でも、面白そう)。
さて、まだ安定期にはなっていないので読書の日々でこれはこれで楽しいです。おススメの本をご紹介します。佐藤初女さんの初めてのレシピ本「初女さんのお料理」です。「食はいのち」であるとお考えの初女さんが、手間をとても掛けた素朴なお料理を紹介しています。レシピ本なのに涙が何度も込み上げてきました。この本は哲学書でもあり、私にとってのバイブルになりそうです。おいしいものは赤ちゃんでもわかるそうで、おいしいとうなずくように食べ、そうでないと下で押し出してしまうとあります。かわいいですね。「おむすびは日本人の心のふるさと」まさにその通り。実に美味しそうでよだれを垂らしながらよみました。ちょっとお高いですが、素晴らしい一冊ですので、ぜひ読んでみてくださいね。
前にタシさんがガイドをしたマイケルJフォックスの番組がabcであります。アメリカ圏の方、ぜひ見てくださいね。ちなみにタシさんは彼が番組撮影の合間の3日間、家族旅行のガイドをしたので番組には出ません。とても丁寧なお手紙をいただき、彼の人柄がとても伝わってきますね。
skypeでの通話がかなり鮮明に聞こえるようになりました。skypeはタダなのでぜひお試しあれ。国をブータンでdolphinで検索するといくつが出てきますが、きっとわかるでしょう。
(写真:白川郷のカタクリ)

2009年5月6日

天国な気分

今日はすっかりツワリが和らぎ、匂いで辛いということがほとんどなくなりました。復活はやや恐ろしい気もしますが、今は天国って感じでこれからどうなっていくのか、ワクワクしています。明日で3カ月目に入ります。なんだか早く感じます。ブータンの病院で驚いたことがいくつかあります。まずは妊婦と新生児のママの多さです。朝9時頃には長蛇の列でした。診察室ではプライバシーはあまりなく、平気で人が入ってきたります。尿検査で容器が使いまわしで、必要量を検査の人がスポイトで採ったら、自分で捨てて次の人のために容器を洗うようにと言われ、へーと声を上げてしまいました。面白いですね。体重や身長を図ったり、血液検査もしました。採血は今までの採血経験の中で、一番痛くありませんでした。医療コーディネーターという方がHIV検査の説明を受け、HIVだった場合の対処などを受けた後、検査しますか?と聞かれ、血を抜かれると死んだ気分になるので、ノーといったら、一滴だから大丈夫と。ついでに妹も体重計にのり49キロと身長はそう変わらないのに私より5キロも軽くて風に飛ばされそうに薄い訳ですね。問診と触診があって、破傷風の注射をしました。日本ではこれはしないそうですね。危険があるので予防ということでしょう。そして最後にエコーです。ちゃんとエコーもありました。今日は水分が少なくクリアではないということで、明日もう一度、水分をたっぷりとっておしっこをためてくるようにと。これらは全部無料でした。妹は病院ではいつも大活躍してくれ、ほんと良い子だなぁと思っていると、またやってくれました。彼に毎月の授業料を貰って預かっておいて、というので、自分でお兄さんに頼みなさいと言って、彼から授業料を預かり渡しました。するとその日に内にまたオニューの靴が…。授業料におこずかいを上乗せしてるんですね。常習犯だと思われるので、次回から領収書が必須というのは言うまでもありません。昨日、友人からお楽しみ便が届き、ちょうど食欲が出てきたので、鮭のおにぎりを頬張っています。妹は日本のインスタントラーメンにはまっています。ジュミも日本のお菓子はオイシイと喜んでいます。ワカメのお酢の物にタコが恋しいところですが、足るを知る、ですね。
(写真:近所のお寺の守り犬)

2009年5月5日

落とし所

タッシー(今日はそう呼びたい気分)は、またまたツアーに出かけてしまいました。5月末までが観光シーズンなので、仕方がありませんね。今度のお客さんは車で移動ではなく、ヘリコプターだそうです。車で地方までいくのにとても時間が掛かり、その間見える景色は素晴らしいので、もったいない気もしますが、棚田を低空飛行で飛んでみるのも楽しそうですね。米国のお金持ちだそうですよ。ツワリはだいぶ良くなりキッチンで料理ができるようになりました。ツワリは赤ちゃんとのバイブレーションの調整のようなものだと聞き、気持ち悪くなると“な~に?”と聞いてみているうちに楽になりました。7週間で良くなるのは早い方だそうで、またやってくるのかと若干の不安もありますが、今はホッとしています。ツワリ中に嫌と思う食べ物や匂いは、きっと赤ちゃんにとっては不要だったり、危険だったりするんでしょうね。そのセンサーなのだなぁと途中から感じました。なので食べたいって感じるものしか食べないようにしていました。こっちのNHKで栗原はるみさんのお料理番組が好きで見ていますが、超おいしそうで…。アジは手に入らないからなぁ。青じそは日本から送ってもらってベランダ栽培にチャレンジしたいですね。素麺には欠かせませんものね。彼が居なくなり妹がやってきます。彼から逃げまわっていますが、悪いことしていないなら逃げる必要はないので、ヤマシイ自覚があるのかもしれません。彼だって理由がなければ怒ったりしませんし。ブータンでは家族関係が大人になっても親密なようです。大家族の理由は多分、そうそう家を持てる人がいないので、家がある人のところに家族が集まるといったイメージでしょうか。国民の90%が農家で、それ以外は公務員や観光業、飲食店などですが、首都ティンプーで仕事に就けること自体、とても困難なことなので、家族が助け合って住むことが必須のようです。普通は大人になると自立しますが、大人になっても家族がとても関わり、彼も毎日、両親への電話は欠かしません。いとこも家族関係に似て親密で、シスターとかブラザーとか言っているので兄弟の話と思っていたら、カズンだったりします。妹はタシさんが家に帰ってくるとカズンシスターのところへ退避します。さあこれから一週間、妹のおかげで刺激的な生活が始まります。妹は今、夢も持てずにいるんでしょうね。最近思うのは夢が叶わなくとも力を尽くしたと本人が満足していれば、心は満たされると思うので、結局は落とし所なんですよね。この国の人は物は手に入りませんが、無理なものは無理を割り切って満足しているから欲が小さく、だから幸せなんでしょうね。社会問題を訴えることは大切だけど、そこにヒガミ的なものや被害者意識が生じると、いつも満足いかなくって幸せとは逆の道を辿ることになるんだろうなぁと。自分の中でどう決着をつけるかがその人の幸せ感に影響するのだろうなぁと、ウトウトしながら思っていました。(写真:関係ないけどハワイ島、いつも思うので多分、縁ある土地)

2009年5月3日

あまり夢を見ない私ですが、最近はウトウトすることが多いせいか夢をみます。ジュミがベッドの横に立ってて驚いて起きた時、キムタクの夢を見ていました。ジュミに言ってもわからないのが残念です。途中で切れたので内容までは覚えていません。その前の夢はオダジョーのプレミア試写会で、これはハッキリ覚えていて“良い作品だったよ”と本人に伝えていました。ずうずうしいですね。彼は夢の中でもスゴイ頭していました。なんでこんなミーハーな夢ばかり見るのでしょう。夢の啓示の意味を考えてもサッパリわかりません。清志郎よ、ありがとう。歌も良かったけど演技は最高でした。
苦しかったツワリはあれって感じで今日もあまりひどくありません。もう時期を過ぎたのでしょうかねぇ。タシパパはスッカリその気で、お腹に向かっていろいろと話しかけています。ちょっと早い気もしますが、わかるでしょうかねぇ。タシさんは妊娠6~7ヵ月というところでしょうか。もっとかなぁ。かなりのメタボです。民族衣装の“ゴ”を着るには恰幅がいい方が似合います。さて、ブータンに旅行される時、バンコク経由の方が多いと思いますが、空港で充分タイ料理は楽しめますので、ホテルに泊まらなくて空港で時間を過ごすこと安く済むし、いいかもしれませんよ。あぁ生春巻き食べたい…。ここティンプーはとても街が汚く、前は我慢して歩けていた道の臭いが、やはり妊婦になって耐えられなくなりました。なのでお外を歩く時は豚フル予防ではありませんが、マスクが必須となっています。テレビなどで啓蒙がしていますが、効果ゼロなので法律でどうにかするしかないのかもしれませんね。家を買う時は少し郊外がいいかなぁと思っています。子供の学校まではまだ考えていませんが、タシさんが母国語のゾンカと英語、私の日本語で自然と3ヶ国語はできるようになるでしょうか。そうは問屋が卸さないかなぁ…。いずれにせよ、物心ついてからはある程度の分別がつく年齢になるまでは日本の生活は最低限にしたいなぁと思っています。教育は親の人間性が影響もすると思うので、律しないといけませんね。子供はのびのびとブータンで育てて、彼みたいな人間になってくれればいいなぁと思います。物事を冷静に捉え、愛でもって応える人間になってくれるといいなぁと望みばかり高まります。もうこうなったら将来は首相になってもらうしかないですね。名前を考えるとツワリも忘れられるかもよ、とアドバイスをもらいましたが、ブータンでは高僧の方などに付けてもらうことが多いようです。彼ももちろんそうですし、実は私もお坊さんに付けていただきました。なので、ぜひ子供もそうしたいと思っています。日本の場合は戸籍の問題で期限があるので、先にお話を付けておいて、実際に生まれた日時を伝えて決めてもらうことになりますね。占いみたいな感じなんですかねぇ…。先のことを考えられるようになったので臭い地獄から少し脱出できたかもしれませんね。
(写真:雨上がりの今朝)

2009年5月2日

妊娠線

タシさんが久々に帰ってきました。私のことをママと呼びます。あなたのママじゃありませんよ!久々に鏡をみたら、眉間のしわがコクなっていました。力が入ってしまっているのでしょう。これも妊娠線と言うのでしょうか。でも不思議と彼が帰ってきたら、調子がよくなってきました。ツワリも気の持ちようも関係あるのでしょうかねぇ…。それにしても妊婦でありながら働いている人って大勢いますが、皆さんスゴイですね。私は絶対無理です。食べ物には無頓着な方でしたが、今は食べ物のことばかり考えるようになり、これで日本に帰りたくなるなんて思ってもみませんでした。ひどい人の場合は食べても食べてもリバースしちゃうそうで、それはもったいないとケチ根性が潜在意識にあって、私はそこまではひどくはありません。皆さん、必要なものを送って下さるとの連絡をありがとうございます。では、お言葉に甘えて回転寿司をぜひお願いします!今はいろいろと準備する期間と思って、気晴らしもしながら、穏やかに過ごすことが一番ですね。といきたいところですが、穏やかに行かない一件が。妹のことを彼に報告しないといけません。私が気持ち悪くて買い物に行けず、妹が行ってくれるというので喜んでいましたが、お釣りが少ないのです。全部?と聞くと全部といいます。少し変だなぁと感じながらも気持ち悪さのあまり深く考えないでいました。以前、学校帰りに電話で牛乳を買ってきてと頼んでもお金がないから買えない、と応えていましたが、気づけば新しいサンダルや洋服、ネックレスにマニュキアがあります。テストがあるのでシスターを病院に連れていくのは来週でいい?と聞くのでもちろんと。勉強すると思いきや、寝食忘れてチャットをやっています。それはそれで自分がテストに落ちたら苦しいだけなので放っておきますが、パソコンの扱いがとても乱暴で、時計マークが出ている時は待つんだよ、といってもあらゆる所を触るので、とんでもない状態になります。おかげて彼と私のパソコンのソフトを入れ替えたりと大変でした。チャットは出会い系サイトのようなイメージで電話が掛ってきたりもして、喜んでいます。ブータン人ならまだ程度がわかるのでいいのですが、どうみても米国のおっさんの写真で向こうは何を考えているかわかりません。世間知らずで欲望のために何でもしちゃう妹にタシさんと頭を抱えました。タシさんとしては学校を卒業したら就職はできないだろうから、実家で親の手伝いをさせるのが一番だろうと。上の大家さんの息子さんもプー太郎で、皮ジャンを着て、ロングヘアでいつも携帯で話しながらウロウロしています。就職するのは非常に困難な状態で情報化社会で育った若者がここティンプーにはあふれています。幸せの国と言われるブータンも日本と同じような問題を抱えているんですね。
(写真:あぁ食べたい)