2009年6月30日

現実を観る目

近くのラカンに住む尼さん達が家に寄ってくれました。ブータンのテレビがついていたので、2人して色々話しながら見入っていました。どうぞ座ってみて下さい、といっても遠慮しています。私はその間にお茶を用意しましたが、これも強く遠慮されてしまいました。結局、10分くらいでしょうか、立ちながらテレビを夢中になって見ていました。テレビのない生活をしているので珍しいのでしょうね。そういえば、タシさんのお母さんもテレビを知らない生活なので、クスクス笑いながらずっと見ていました。テレビの影響は大きいだろうなぁと感じます。ブータンの田舎で、まだ電気が通っていないところもありますが、電気がある家庭ではまずはテレビを買っていることでしょう。そうなると、そこには都会で暮らす人たちの様子が映し出されます。ブータンだけではなく、インドや他の国で暮らす人々、きれいな家やたくさんのCMには見たこともないような商品が山ほど出てきます。それらを小さな頃から見て、かつ自分の親たちは農業で苦労しているのを見ています。人は欲望で生きる動物なので、こういった背景から都会に出て暮らしたい、と思うのは必然でしょう。でも都会には仕事はありません。田舎でどんなに成績が良くっても、ブータンの都会で仕事をするには大卒出のエリートしかきちんと就職はできません。海外の大学に行ける家は、学費が必要になるので元々家柄がよく、余裕のある家でなければ行くこともできないのです。成績優秀で国が押してくれる人もいますが、数は限られます。情報化社会で、知ってしまったからには都会での暮らしを夢見てしまいます。なので、数が益々増えるので悪循環です。普通、仕事がなくて収入がなければ、住む家がないので実家に帰るなどするしかありませんが、ブータンの場合は、親戚がいればそこに居候するのが当たり前なので、職がなくとも生きていけてしまうことろも、ある意味問題なのでしょう。妹も今が学校が終わってプラプラしています。就職難からアルコールやドラッグに走ったりする人もいるようです。ブータンはいま世界中から注目されています。それは先進国が失ってしまった“先祖の叡智”や“心の豊かさ”といった文化を国全体で守ろうと法律化し、国の指針にしているからです。GNHという言葉と発想は先進国はとても新鮮に感じているのだと思います。ただ叡智を大切にしつつも、現実に生きる目も持たなければ、前述のようにただ都会に出て仕事もなくプラプラ生活になってしまいます。学歴社会は益々もってひどくなり、弊害が子供に出てくることでしょう。ブータンはいま大きく変わりつつあり、変わる必要がありそうです。生きていくためにはもっと仕事に対しての価値を変えていかなければ、いつまでたっても国王が助けてくれると思っていて精神的にも現実的にも自立はできないのです。これらを解決させるために国はサービスの量を増やし就職マスを増やしたり、個々が手に職をつけるための職業訓練的なことを広くしていく必要があるでしょう。ブータンを外から見た時には分からなかった現実が見えてきました。国をリードする大臣たちはやはり元々エリートな家柄の出身が多いことでしょう。こんな面は日本に似ているような気もします。リーダーたちがブータンの現実問題を解決する能力と意識があるかが、いま注目すべきところのように感じます。

(写真:これが唐辛子です)

2009年6月29日

支援の形

インドのテレビはすべてが大袈裟な感じがするのでコントを見ているようで楽しいです。顔が派手だと表現も派手になるのでしょうか…。インドは行ったことありませんが、テレビに出てくるのは綺麗な衣装をまとい宮殿のようなお家に住んでいる人が多いのですが、実際のインドはもっと混沌としているのでしょうね。貧富の差が激しいような気がします。ブータンのチャンネルに切り替えると、なんだかほのぼのとしています。演技は学芸会のようで、国民は歌と踊りが大好きでクネクネと踊っています。テレビなのですが、知り合いが出ている学文化祭を付き合いで見ている感じです。

さて、以前のことですが、長年支援活動をされている方とお話をして、アレレ…と考えてしまうことがありました。タンカ(仏教画)の絵師を支援されていて、日本に紹介し、購入希望者を募って絵を制作してもらう、販売を通じての支援をされています。売上が生活費になり、一家はこれで生計が成り立っています。このことは素晴らしい支援の方法だと思います。その絵師が“米国へ移住したい”と言い出したそうで、米国に行かせるために支援をしてきた訳ではないから“ダメ”と言ったそうです。私はそれを聞いた時、アレっと思ったけどに何が変なのか、すぐにはわかりませんでした。絵師のお金が貯まり自由の国へ旅立ちたいという夢を持ったのでしょう。タンカを描くというのは普通の画家とは違います。仏教画ですので僧侶と同じような勉強をする必要があります。米国には今、チベット仏教が求められているととても感じます。腑に落ちないと感じたことは支援をして来たからといって、人の自由を奪ってはいけないな、と感じたことでした。他人の夢を奪ったり、人生をコントロールすることはレベルは全く違うけど、自由を奪うという意味では某国がやっていること同じなのです。支援をすることの難しさをとても感じました。私は前に仕事で社員にボランティアに参加してもらう企画などしていました。多くの方がボランティアするきっかけを作っていました。皆さん最初は“して上げている”という意識が強く、不満ばかり訴えます。相手に有難いと思って欲しい訳です。最初の段階で感謝してくれないなら“ツマラナイ”、と止める人もいますが、文句を言いながらも続けていく内に変化があります。不満だったことなどをただ訴えるのではなく、自分で工夫したりして、心も自分がどうかではなく相手側に移っていきます。感謝を求めていたのに、続けていく内に感謝の気持ちが自らに湧いてきて、両者が幸せな状態に変化していきます。支援の方法も色々あるし、継続することはとても重要で、尊敬すべきことではあるけど、見返りを求める行為より無償であることに真の崇高さを感じます。

(写真:大家さんの息子の顔が分からんとクレーム?があったので。ジュミカメラマンはまだイイショットが難しい。お誕生会はあゆTを着ている子が主役)

2009年6月28日

多忙!?

お隣のお家のお嬢さんのお誕生パーティに行ってきました。ブータンではイベントというイベントがないので、お誕生会は盛大だそうです。ちびっ子が大集合していました。お誕生日を迎えた女の子が、あゆの写真入りTシャツを着ていたのが、面白かったですね。
すごく揺れる吊り橋を渡って、1000年前に建てられたお寺に大家さん一家が連れて行ってくれました。そこには龍のタマゴがあるという言い伝えがあり、確かにタマゴ型の美しい石でした。車を降りてから少し歩くので、地元の人しか訪れていませんでした。休日ということもあって、ディズニーランドのように拝観するのに並びました。お婆ちゃんと私は要介護状態でゆっくり進みました。妊婦は橋を渡ると安産になるという言い伝えがあるそうで、何度も渡った方がイイと言われました。
私の大好きな大家さん一家。右は大家さんの息子でこれまたジャニーズ系。インドの大学に通っていて、ただいま夏休みだそう。ブータンにはユニバーシティがないので、インドに行く人が多いそうです。黄色系のキラを着ているのが大家さん。すごく知的で、優しくって、かわいい性格で、大好きです。デカイ帽子の私の横がお婆ちゃんで、すべてお婆ちゃんの意思で物事が動いていきます。迫力がありますが、私にはとても優しくしてくれます。
田んぼの水がキラキラして、雨期ですが夏のブータンはとても素敵ですよ。牛があちこちにいるので、臭いです。
大家さん一家は、新たにお菓子の販売を考えているようで、昨日も夜中の1時まで掛かり、ブータンのお菓子を作っていたそうです。家族総出で作っていました。
大家さん一家は、タシさんが長期出張でいないので、私が寂しくないように色々と連れて行ってくれたり、家族の一員のように扱ってくれます。なので、妊婦のくせに、結構、多忙です。

2009年6月26日

A型の血が騒ぐ

大家さん一族の赤ちゃんは体を常に動かしていたいようで、相手をするのが大変です。ただ面倒を見れる人が、私を含めて8人いるので、代わる代わる相手をしています。マッシュポテトを作ってあげたら、全部平らげていました。赤ちゃんも好みの味とか、やっぱりあるんですね。家の中よりも外が大好きで、座っているよりもつかまり立ちをしているのが好きで、いかにも男の子という感じです。

彼がロングツアー中で、不在だと妹が喜んで泊まりにくるのですが、これまでの経緯もあって、タシさんから禁止令が出たようで、日中にご飯を食べに来て、ゴロ寝でインド映画を見て、飽きると何処かへ消えていくので、やや平穏な日々です。彼女には悪気はないので許せますが、多分、人生の今まで“申し訳ないな”という感情を持たずにきたのだと思います。これって意外や意外、ブータン人には多いようですよ。昨日はジュミと街には行かずに部屋の掃除をしていました。私が日課の朝掃除をしていたら手伝いだして、そのうち没頭して、普段は掃除していないような所まで拭いてくれたり、棚の中の物を全部一度出して、拭いた上で整理整頓してくれたりと大活躍でした。ジュミは掃除しながら、リンジンはいつも働かない…と驚くような発言をし、結局、朝から3時までお掃除してくれていました。その間私も他の部屋の片づけをしたり、ジュミのご飯を作ったりと、楽しい夏休みを過ごしています。子供が休みに入ると親は大変だなぁとも感じました。

私は掃除をしている時間が人生で一番楽しく感じます。大げさですが無の境地に達します。多分、これはA型のせいでしょう。ジュミの普段からの態度や掃除する姿を見て、きっと彼もA型だろうなと感じます。聞いてみたら、知らないと言っていました。タシさんも同じA型なので、いつも整理整頓されていないと嫌な方で、洗車は毎日です。なので似た性格でいいのですが、きっとこういう掃除魔が嫌いな人もいるでしょうね。似た者同士が集まって良かったです。掃除が苦手な方、お手伝いしますので遠慮なく言ってください。血が騒ぎます。

街に日比野克彦がいました。これほどアーティスティックな国はないな、と思えるほどの国なので、きっと彼の作品に反映されるのではないかと思います。ブータンでは昨年の戴冠式に合わせ、屋根の色を緑色にするようにというお達しが出たそうで、それで塗り替えていた家もあるそうですが、お金もかかりますので、緑でないところもあります。ただ建築物のデザインは統一されていて、楳図かずお邸のような突飛な建物はありません。なので国全体が仏教的にデザインされ、それが緑にマッチし国が丸ごと美しく感じるのだと思います。

2009年6月25日

いろいろ

彼からガンテについたと連絡がありました。空港のあるパロからはかなり距離があります。よくよく話を聞くと当然と言えば当然ですが、第4代国王の伯父さんのツアーなので警備の軍隊などを入れ、車20台での移動だそうです。雨がひどい時期でなくて良かったです。このままのお天気だといいのですが・・・。

大家さんのお婆ちゃんが先日、母にお買いものバックと札入れをくれました。ほぼ母と同じ年で、バック好きの母を知っているように用途も大きさも母好みです。民族衣装のキラの余り布で作ったとか。昨日は赤く実ったスモモをくれました。妊婦にはイイのでとポケットから3つ出てきました。こういうのってとても嬉しいですね。タシさんが長いこといないと知って、いつでも上にいらっしゃいと、何度も言っています。孫が毎日来て、迷惑ではないかと気にしていますが、良い子でカワイイので何の問題もありません。お婆ちゃんは妹のことをキングと表現していました。思わず笑っちゃいましたが、誰よりもエライと思っているような態度は、まさにそんな感じです。ブータンのキングは腰が低いので違いますが、お婆ちゃんは目上に対して指図したりする彼女をちゃんと叱ってくれています。我が家にはカギが一個しかないので、階上の大家さんの家にいた時、妹が帰ってきて、鍵が閉まっていたので電話があり、私がカギを届けに行こうとした時、お婆ちゃんがカギを持って降りて行き、思いっきり叱っていました。たぶん、お婆ちゃんとしては妹がカギを取りに来るのが順序だと思ってのことでしょう。ゾンカなのでわかりませんが、迫力がある叱り方です。タシさんからも強く言われているので、最近は挨拶はできるようになってきましたが、敬意を払うという意味を知らないので、就職した時にちょっと心配ですね。

ブータン人好みの味を作るのにはやはり苦労します。個々の好き嫌いもあるので、喜ぶだろうなと思っていたものが食べられなかったりすると、ガクッときます。ジュミのオムライスにコーンを入れたら、その一つのせいで苦手と言われてしまいました。コーンだけで食べるのは大好きだそうです。さきいかは皆好きなようで美味しいと言っています。私が常備食としてヒジキと切干大根と高野豆腐の煮ものを頻繁に食べますが、みんな黒い物体を恐ろしげな顔して見ています。大家さん一族の赤ちゃんは8カ月になりますが、モモ(チベット餃子)以外は何も口にしてくれないそうです。しかもビーフ味のモモ。好みの味に合わせるって、特に子供は難しいなぁと思います。離乳食の時期にモモを食べちゃって、美味しさを知っちゃったので難しいですね。ジュミと街に出てモモとフレンチフライの両方が美味しい店ってないな、と別々の店で食べようということにしました。お店にも道にも物乞いというかお金を求めてくる人がいます。ブータン人は清潔とは言い難い人が多いので、どの人が物乞いなのか分かりづらいのですが、みんなお金をあげているので、私もあげることにしています。ブータンの犬は日本のカラスのようにゴミをあさりますが、人もたまに見かけます。

(写真:尼さんとたまに預けられている反抗期の子)

2009年6月24日

テスト地獄終了






このアパートはどこの窓からも山が見えます。外に遮る建物がないので眺めがよいです。チョルテンのすぐ近くですが、少し中に入っているのでうるさくありません。建物前後の道の先が行き止まりなので車通りも少なく、大臣の家がすぐ横なので、警察が常時いて安心して暮らせます。大臣と反対側の大きなお家は3代目の国王姉妹の娘さんのお家だそうです。どおりで王族関係の出入りがある訳です。すぐ横にはドイツ人の医者夫婦が、ちょっと先には国連関連者が住んでいて、どこも大きなお家なので見ていて気持ちイイです。眺めもいいし、環境はイイし、キレイな方だし、文句ないアパートです。大家さんは親切で私を色んな所へ連れて行ってくれます。本来ならタシさんの役目でしょうが、彼は仕事をしているか、他の時間はアーチェリーに夢中なので、その代わりをしてくれているようです。先日は和紙工場に連れて行ってくれました。工場オーナーは島根で和紙の修行をしたそうで、日本語が上手に話せました。大家さんのお友達だそうです。この国は狭いので、大家さんと歩いていると、10歩ごとにお友達に会うような勢いで知り合いや親戚にす会います。みんなに紹介してくれますが、ブータン人に見えると言われます。日本人とブータン人はホントよく似ていますよ。

さて、ジュミの試験が終わり、夏休みに入りました。試験が相当嫌だったようで、テストが終わったらホットケーキを作ってね、とか、マーケットに一緒に行こうね、などと、テスト後のお楽しみをエサに頑張っていたようです。この間の日曜は携帯メールで、家に遊びに来てとSOSメールもありましたが、行きませんでした。勉強しないといけないので家から出られず、私が遊びに来る分には許されたのでしょう。2回もメールが来て、最後には電話もありましたが、勉強に集中するように断りました。テストがやっと終わって今は天国のようで、昨日は街でモモランチを食べ、ウィンドウショッピングをしたり、ジュミの叔母さんが経営するお店で休憩したり、充実した一日でした。家の側にあるラカン(尼寺)に寄ったら、いつものようにお茶をいただきました。尼僧たちはやはり楽しみが少ないのだと思いますが、私が行くとすごく喜んでくれます。みんなシャイですが色々と質問されます。自分たちの住まいが汚いことをすごく気にしますが、そんなことどうだってよくって、私はみんなの生活の方に興味があります。晩ごはんを食べて行ってと言われますが、さすがに調理中のエマ量をみて、赤ちゃんがいるのでエマが食べられないとお断りせざるを得ません。私の肌が白いので月のようだ、と詩人のようなことを言いながら、私の髪を何度も撫でていました。やはり乙女心があるのでしょうね。本当にカワイイ尼さん達です。ジュミがお休みに入ったのでしばらくは2人であっちこっちに行き、ラカンにも通うことになるでしょう。妹のリンジンもテストが終わり、あとは成績を貰うだけで専門学校は終了です。就職活動に入りますが、きっと兄に頼ることになるでしょうね。お金を稼ぐ大変さを分かってもらえれば嬉しいです。妹は意外や意外、ちゃんとクラス12(日本でいう高卒)まで出ていて、ブータンでは成績が良い方だとわかりました。成績の良さと人間の賢さはまったく別物ですね。彼女はホットケーキを毎日お友達と作っていますが、何度焦がせば気が済むのか…。卵だって貴重なのよ。妹の友達がよく食べるので、お買いものに行ってもすぐに食材がなくなるので、ちょっと大変です。買いに行かせるとお金が使い道が別になるので、それも避けたい気がします。

(写真:和紙工場。編集できずに順番がバラバラだけど、なんとなくわかるでしょ。木を茹でてやわらかくするのが最初です)

2009年6月23日

王家のお役目

お腹がすくので勢いに任せると日に5食になっちゃいます。4ヶ月目なのにやたらお腹が出ているような…。体重計の電池が切れをそのまま放っておいてはいけませんね。タシさんは久々にツアーです。710日までと18日間とロングです。4代目国王の伯父さんの今回はドライバーだそう。なので、ガイドが2人いることになり、会社も今回は気合をいれたツアーにしていることでしょう。詳しくはわかりませんが、たぶん3代目国王の奥様は亡国シッキム出身なので、今はインドのシッキムの住む伯父さまがブータンにいらっしゃるのでしょうね。王族の話は面白いエピソードが結構ありますが、書けないこともあるので、日本に帰った折に聞いてね。小さな国なので、王族も身近に感じます。ジュミの学校に昨日、王族の方がいらしたとか。学校の数も限られるので、手分けして回れば、小さな頃から王族の価値を感じられることでしょう。車のナンバープレートがBHUTANとあるのは国王と一番偉いお坊さんだそうで、BHUTANのあとに数が書いてあるのが王族だそう。昨日、変な場所ですれ違いました。タシさんも第5代が国王になる前には一緒にアーチェリーをしていたそうです。第5代国王はテレビで見ていると、やたらとキスしています。キス魔なのかも…。ジュミもキスされたそうです。民族衣装の“ゴ”が短いのが気になっていましたが、短くすることは偉ぶっていない、庶民に近いということを示しているそうです。この国の王族が国民に一生懸命に近づき、交流を惜しまない姿勢って素敵だなぁと感じます。

ブータン人のナイスなメイドさんを探すのって苦労するそうですよ。人間的には良くとも国が違うので常識的なことが違ってきます。勝手にマニュキュアをしちゃったり、香水をつけられちゃったり…。こんなことすぐにバレそうなのにしちゃうのって、本人は悪いという意識がないんでしょうね。洗濯をする時に自分の下着も入れちゃってたとか。さすがに他人の下着とタオルなんか一緒に洗うのは抵抗ありますよね。彼らには悪気はありません。彼が車を出せないように2台に駐車されて、とめた人に移動をお願いしても、彼らは日本人のように、悪気がないので、別に急ぐわけでもないし、当然謝ったりはしません。日本人は必要以上に悪いと思ってしまうところもあるので、中間がいいな、と感じました。

日本によるブータン支援がきまったようです。約25億の無償資金協力6つの橋の架け替えを行うそうです。ありがたや、ありがたや。でもこうやって自分たちの税金がブータンで使われているとかって、考えてもみなかったけど。ODAは視野が狭い日本にはいい形だとも思います。

(写真:ガチモ「これ何?」ガール。家に来て100回は言います)

2009年6月22日

こま犬

最近、また虫刺されに悩むようになりました。暖かくなってきたこともあると思いますが、どうやら彼がアーチェリーをしに行き、そこで虫を連れて帰ってくるようです。昨日は彼もかゆくて寝れなかったと言っていました。ブータンはハエも、面白いのはハエ叩きで殺すのは殺生になって駄目だそうですが、ラケットのようなもので感電させるハエ取りがあって、それは自分が直接手を下さないのでOKなんだそうです。思いっきりこじ付けのような気もしますが、飲食の店では必須なのでしょう。

母が水天宮の腹帯を送ってくれました。水天宮の解説などを読んでいて面白かったのは、その神社に祀られるいるのは、日本の神々の祖先神と、源頼朝に負けた平清盛の孫である安徳天皇と清盛の一家だと知りました。この安徳天皇は平清盛没後、源氏に追われ各地に逃げ、最後は清盛の妻で天皇の祖母と一緒に海へ身を投げ、8歳で亡くなったそうです。事実だとすれば、気の毒な運命ですね。なぜ、平清盛の家系の神社が安産の神様なんだぁと不思議な感じもしましたが、きっと昔、ここにお祈りをした不妊の方が子どもを授かって、そんな噂が拡がって、安産・子授けの神様となっていったんだろうなぁと想像します。神社では狛犬はもちろん、あちこちに安産の象徴である犬が水天宮には居るようなので帰国したら、ぜひお参りに行きたいです。さて、ブータンのコマ犬(略:困った犬)について、スゴイ話を聞きました。犬には近づいてはいけないとこれまでに何度か聞いていましたが、暴走族のような感じで、たくさんの犬に囲まれるそうです。逃げ切るか、噛まれるかのどちらかで、噛まれると狂犬病の注射を打つとのことになります。犬の祖先がオオカミだっただことは忘れていますが、ガブリとお肉を持っていき、ジーンズをはいていても、噛み口はスゴイらしいです。我が家の近所の犬は、さほど人に吠えたりはせず、ご老体といった感じですが、山に近い地域では絶対に歩いてはいけない道があるそうで、うっかり忘れて歩いてしまって、暴走族(犬)に囲まれた…ということもあったそう。昨年はブータンは国王が正式に交代する大切な儀式、戴冠式があって、それに向け犬狩りをしたそうです。その時に、自分の家で可愛がっていたワンちゃんも連れていかれてしまった人もあるとか。一旦、犬が減ったことにより、逆に今、縄張り争いが続いていて、犬たちが興奮状態にあるので、そこに人が通ってしまうとガブリとやられてしまうのだとか…。犬狩り前は縄張りが決まっていたので平和が保たれていたけど、後の方が大変なんて想像もしなかったでしょうね。噛む犬というのは決まっているそうなので、すべての犬という訳ではありません。決まった噛む犬だけはつないで欲しい気もしますが、そこがブータン、そういう訳にはいきません。犬は神聖なものとして捉えている側面もあります。日本の神社にも狛犬がいますね。チョルテンも四方が狛犬のようなものに囲まれています。でもこれは犬でなく獅子なのかな?ちなみに私は戌年なので、きっと安産でしょう…と言い聞かせています。

2009年6月21日

あべこべ

タシさんと街に出たついでにモモのお店に入りました。チベットの餃子です。包むかわが厚めなので、もう少し薄くしたら材料も減るし、美味しいと思うよ・・・っていうのは余計なお世話でしょうか。こちらでは亡命チベット人がお店を多くやっています。商売上手なのかもしれませんね。仏具などはブータン人よりもチベタンの方が手に入れやすいそう。タシさんと法王のお写真を見て出来るのを待ちながら、次はいつラマは日本に来るの?と。11月にいらっしゃいますね、キャー!今度は11月だよ、と教えたら、赤ちゃんの名前を付けてもらうように、と。プーっと笑ってしまいました。ブータンでは大概、高僧に名前を付けてもらいます。高僧過ぎますね。今年、法王は沖縄を訪問される予定があるとか。戦争で亡くなった多くの御霊にとってこんなに素晴らしことってないな、と思います。実現するといいですね。

NHK国際を見てて、なんだかスゴイなぁ~と思ったこと。まずは冤罪で長いこと捉えられていた菅谷さん。許そうと思う…ってすごい人ですね。実年齢よりも老けてますね。苦労されたのでしょう。釈放後の会見から見ていますが人柄がお顔に出ていますね。もうひとりは聖路加の日野原先生。患者さんよりもお腰が曲がっています。3年後までスケジュールが決まっているそう。歩くことってホント大切なんですね。お2人ともお顔が美しいですね。今朝のHNKでは東京の未来都市の特集で丸の内のビルや前の会社の人たちが出ていて懐かしかったです。社長(ケイちゃん)はちょっとお太りですかねぇ・・・。あと20年もすればビルの中で植物を育てるのでしょうか・・・。手塚治虫さんの「火の鳥」はぜひ大人も読んで欲しい漫画ですね。東京にいると人間も自然の一部だということを忘れてしまいそうです。

私はなるべく歩くようにしています。ブータンは犬がいっぱいで怖いのと車が乱暴運転なので、安全をみてチョルテンを回っています。きっと子どもは右回りが得意な子になるでしょう。先日、JICA関係の方とランチをしました。ブータンのことをよく知っている方なので、面白いお話をたくさん伺えました。ランチした店にタイのお偉方が大勢いたのですが、みんなマフィアっぽく見えると言っていたのが可笑しかったです。ブータン人も色黒ですが、やはり顔つきがブータン人は日本人に似ているので怖くありませんが、タイの方は色黒でしかも目の上に厚みがあるので、怖そうにみえちゃいます。スーツなんてきていると尚更ですね。タイはブータンくらい権力国家なんだそうですよ。妹の話をしたらブータン人の典型だそうで、タシさんが珍しいブータン人なんだとわかりました。彼は仕事が好きで一生懸命働き、問題があればすぐに解決するために動いてくれます。彼はブータン人というより、日本人に似ているのかも。そんな話を姉にしたら、あんたがブータン人みたいだから、あべこべ夫婦だ、と言われました。そういえばそんな気がします。タシさんはお金にしっかりしていて私のお財布にこの間はいくら入っていた、とお財布の中身まで覚えていていて、使い方にもかなりウルサイ方です。サボリたがり屋で楽しさを追求する私は、よく彼にレイジーと言われます。姉はタシさんの妹で子育ての勉強をしるんじゃないっていうけど、まさにプレ子育てです。811日に帰国すると姉に伝えたら、とうとうサタンが帰ってくると言われてしまいました。家族にとって脅威である私はタシさんの妹となんら変わらないようですよ。
(写真:日本の祭り、ブータンの仮面に似てる)

2009年6月20日

諦めとはあきらかに観ること

この国に長くいる方や仕事としてブータンに関わっている方など、日本人の方のお話を伺うと面白い共通点があります。“仕方がない、ブータン人なので・・・”という諦めと落胆が入り混じった感情です。私のように夫にブータン人を持てば、旦那の母国なので…という思いでブータンを観ますが、お仕事やご主人の赴任によるブータン滞在であえば、ハッキリ言ってブータンでの生活は過酷なものでしょう。日本人が大丈夫と思う範囲とブータン人の範囲は大幅に違います。そもそもの価値観が大きく違っているので無理もありません。でも日本人に共通する価値観もあります。仏教の教えからと思われる慈しみの心です。日本人が忘れかけているものをブータン人は持っています。それを懐かしく恋しくなって、ブータンを旅すると皆な虜になってしまいます。人をもてなす心はとても感じます。これが仕事となるとブータンでは全くなくなってしまいます。日本人は仕事では、もてなしの心を持とうとしますが逆にプライベートではなくなりつつありますね。仕事はお金に直結する面もあるでしょう。けど、それだけではなく仕事の中に自分の生きがいを見出しているからだと思います。気づいていないかもしれないけど、日本人は仕事を愛する民族だと思います。ブータン人は子どものことを大勢で世話します。みんな子どもが大好きで、若い男の子だって子どもをみれば近づいたり、微笑んだりしています。全然知らない人でさえ、この国は子どもにキスしちゃったりします。かわいさゆえです。子どもが国の宝だと思えるくらい、みんなで大切にしています。日本はどうでしょう。子どもが少しうるさかったりすると、あからさまに嫌な顔する人とかっていますよね。もちろん公共でのマナーは大切だけど、よっぽどその大人の方が人間としてのマナーが良くないと感じます。日本も子どもをみんなで育てて、誰それの子とか制限なく愛しめるといいですね。きっと日本もかつてはそうだったんだろうなぁ…。ブータンに長く暮らすであろう私にとって、分かりあえるなんて最初から思わないという意識が大切かなぁ…だって、現実に元々違う国だし、国民性が同じであるはずないんだから。ありのままを受け入れる。この現実を頭に置きながら、今後も素敵なことはどんどんと発見できればいいなぁと感じています。

(写真:建築中の赤い家は大臣用、みな引越してくるそうです)

2009年6月19日

何のため

いま、ブータンの学校は試験の真っ只中です。日本でいう小学校でさえ、テストがあります。もちろん日本の小学生だってテストはありますが、この国はレベルが違います。テストの点数が悪いと進級ができないそうで、何度かそれを繰り返すと退学もありうるそうです。日本と同じく小・中学校のレベルは国がお金を出してくれるので教育は無料です。高校も無料だとか。小学校の1年生がクラス1で、6年生がクラス6、中学1年生がクラス7となって、加算されるシステムです。日本の場合は1年生が同じ年ですが、こちらは何歳からでも可能なので同学年でも年の差があって、落第もあるので年齢はバラバラだそうです。最終学歴は、クラスいくつまでいった、ということになります。体育や音楽などの情操的な授業はなく、国語(ゾンカ)以外は英語で授業をします。ブータンの人は母国語と英語が話せる人が多く、インドとの出入りが自由でテレビ番組の90%くらいがインド放送なので、ヒンディーも出来、ネパール系の人も多く国に入っているためネパーリーもわかります。なので普通の人でも4ヶ国語が理解できたりします。あんまり頭がイイ!?とは言い難い妹も4カ国できます。ジュミを見ていると勉強大嫌いでまったく集中せず、点数は磯野カツオです。でもこれって仕方がないなとも感じました。テストに合格しないといけないプレッシャーもあるし、教科書を見せてもらいましたが、分厚いだけで面白みも何もありません。もう彼の中に勉強は面白くない、大嫌いという感じになっていると思います。追い打ちをかけるように、お婆ちゃんや大家さん、周りの大人たちがみな一様に「勉強しないさ」と口ぐせのように言っています。でもこれもまあ仕方がないことで、ブータンは日本以上の学歴国家で、ちゃんと学校を出ていないと仕事はありません。ただでさえ仕事が少ない国なので普通の収入を得て生活するためには学歴は必須です。ブータンの人はあまり先を読みません。これは今を生きることになるので、イイ面もありますが、見方によっては悪い面もあると思います。日本では小さい頃に1日の過ごし方や夏休みなどは短期・中期計画などを自らたてるような教えがありますが、この国はそういった時間管理や将来設定などの授業はありません。先を読まない、計算高くないので、付き合う分には、とてもイイのですが、「こうしたら、結果、こうなる」という観念自体がブータン人には少ないように感じます。今を生きるのが精一杯で、そこまでの感覚になれないのかもしれません。日本でも最近は私立中学に入れるのは当たり前になっているので、小学校の頃から熱心に勉強をしている子も多いでしょう。「どんぐり倶楽部」というイイ学習法があると知ったのでちょっと調べてみたら、なんだか楽しく勉強できそうで、例えば算数も数字の大きさよりも、絵でのわかりやすい計算の方が大きかったり、国語の書き順などは色をつけていくようです。楽しそうなので子どもも自ら考え、学習が進みそうな方法です。想像力をつけることは、とても大切なことです。教育とはまさにこの行為、どれだけ想像力をつけられるか、にあると私は感じます。ブータンではここの部分に価値は置かれていないようです。私自身、勉強は嫌いな方で、勉強って面白いかも…と気付いたのが社会人になってからの遅咲きで、それから会社に行きながら夜学に7年間通いました。勉強は面白くない、嫌なもの…と思わせない教育がいいですね。友達がシュタイナーやモンテッソーリの研究などしていましたが、子どもができるなんで想像もしたことがなかったので難しそうな感じね…とただ思っていましたが、今頃になって調べたりしています。図々しいけど子どもへのプレゼントはオモチャよりもぜひ絵本を下さいね!オモチャであふれる子供部屋をこれまでたくさん見てきました。物を与え過ぎると物の価値にマヒしそうな気もします。それとご不要になりました、お古の乳母車と布おむつ、あったら連絡ちょうだいな。

2009年6月17日

価値ある物と事

1Q84」が読みたいのですが、ずっと完売ですね。宇多田の「点」も読みたいけど、完売で悔しいです。昨日もブータンの織物などを見にぶらりと街を探索しました。細かいデザインは何日間もかけて織られたもので、色などが好みであれば、もう欲しくなちゃいますね。キラ(女性の民族衣装)は結婚手続きに必要だったので、1枚持っていますが、まだ追加では買っていません。じっくりと選びたいと思っています。街を歩いていたら、チベットの伝統衣装を着たお婆ちゃんに会いました。私がチベット国旗のTシャツを着ていたから、わかったようでニコッと笑っていました。ああいう昔ながらの民族衣装を着ている人を見ると、なんだかホッとします。昨日はブータンの織物で今っぽい服(といってもダサい域)のお洋服屋さんも覗いてみました。生地自体はブータンの織りでジャケットやスカートなどに仕立てられていました。ドレスっぽいものもありましたが、どれも素敵とは言いがく、何だか無理している感がヒシヒシと伝わってきて、逆にもったいないなぁと感じてしまいました。民族衣装は民族衣装であるから美しんだなと再確認しました。文化を崩すことは簡単なことだとも感じました。日本の着物も同じで、アレンジした衣装って美しいって思えませんね。価値を落としてしまい兼ねないなと感じました。ミス・ブータンが美しくないのと同じように、この国は美しさの価値を“西洋的な”と勘違いしているようです。民族衣装を売っている店に入ると、まるで美術館に来たような感覚になります。人間業とは思えない織りのデザインです。もちろんテキストなんてありません。母から娘へ伝えられる口述伝統です。変にアレンジなんかせず、ブータン人自身が自分たちの美しさに気づいてくれるといいですね。大家さんも私と同じで昔ながらの形にこそ真の美しさがあると言っていました。日本に戻る時、ブータンの織物を持って帰るので、ぜひ見に来てね。

2009年6月15日

ニョキ

昨日は彼とジュミと野菜市場へ買い出しに行きました。ブータンの野菜市場は大きく、ただ売っているものの種類は多くありません。大きな市場は小さく区画され、そのひとつづつを農家が借りて、商売をします。大概、作れるものは決まってきますので、同じようなものを1020種くらいの野菜をどこもが同じように売っています。なので、買うものによって店を変えることになります。たとえば、今日は人参が欲しいと思ったら、出店しているお店をぐるりと回って、出来具合や新鮮度などを見て買うことになります。当たり外れがあるので、目利きにならないといけませんね。市場の帰り、ブータン郊外へドライブに行きました。私の好きな北の森の方や、展望で有名なBBSタワー、南の山の方までグルリとブータンの街を見下ろす感じで周りました。首都ティンプーは東京と変わらないように住宅が密集していますね。とにかく車が多く、オートマではなくマニュアル車なために坂だらけのブータンでは曲がり角でもいちいち停止はしません。一度停まると発車が大変なので、停車せずにうまいこと車の間に入りこむ感じです。日本と同じ左側通行ですが、運転方法が全く違います。昨日だけでも3台事故車を見ました。止まらないんですから、事故が多いはずですね。今日も大家さんとジュミを学校に迎えに行きがてら、BBSの展望へ写真を撮りにいきました。写真を撮っていたら、崖って言えるくらい急斜面からオジサンがニョキッっと出てきたのでビックリしたら、カルマ・ウラさんでした。ブータンの知能と言える方で、私がブータンに興味を持って旅しようときっかけを作ってくれた方です。日本の自殺者が年間3万人を超えることに対し、「日本人はものごとをつき詰めすぎる傾向にある」と仰っていたのが印象的です。GNH研究の代表者です。ブータン人の大らかさや、いい加減(良い加減)もお手本になるでしょう。きっとエクササイズも兼ねて巡礼でもしていたのでしょう。にょっと出てきた瞬間に顔が輝いていたのですぐにわかりました。展望の帰りにはブータンの国獣であるターキンがいる動物園に寄りました。鳥たちがさえずりとても静かなところで、幸せそうに草をムシャムシャ食べていましたよ。

2009年6月14日

お薬

妹がやけどをしました。腕に10センチくらいの跡がクッキリ、水ぶくれが破裂し、皮膚の真がでています。いとこの家で調理中にやけどしたそうです。妹はジュミと同じくらいの頻度でケガをします。治療もこうした方がいいよ、といっても聞かずに自己流なので、いつもケガの治りが良くなく、ひどくなって“シスター”と寄ってきます。ジュミもおとといぐらいから風邪のような症状で、昨日は顔に発疹が出始めたので、ハシカ(麻疹)かと思って、病院に行ってもらいました。妊婦にハシカは禁物なので…。結果は違ってホッとしました。もしハシカかだったら、うちへの出入りは10日間禁止といったら、ジュミの顔つきが変わって即効病院へ行っていました。ブータンの治療方法は伝統的な治療と西洋的なもの、そしてプジャ(祈祷)があります。若い人たちは西洋的な治療が好きで、診察も無料ですし、もちろんお薬も無料なので、すぐに行きたがるようです。お年を召した方はやはりプジャや伝統治療に重きを置いています。病院の薬はインドのもので、半端でなくきつい薬だそうです。お友達のお嬢さんが中耳炎で痛くて泣いていた時、ブータンの病院で処方された薬を飲んで、それが胃に落ちるか落ちないか、3秒もしないうちにすっかり痛みはとれ走り回った遊んでたそうです。恐るべし効果です。妹も頻繁にブータン病院の頭痛薬を飲んでいるので、日本の薬は全くと要っていいほど効果がでません。きっと体がもうきつい薬でないと効かないものになってしまったんでしょうね。唐辛子も刺激物なので、薬の効きに影響がありそうな気がします。こちらに長くお住まいの日本の方で、第1子をブータンの病院で産んでいる最中に停電したそうです。妊婦の数が多いのでベッドがズラリとならんで、カーテンで仕切られていて、あちこちで陣痛の叫びが聴こえてくるそうですよ。前はカーテンもなかったとか…。ブータンの病院には掛からないよう健康でいたいと思います。

大家さんが菜園で採れたサラダ菜をくれました。ブータンのレストランなどではあまりサラダは見かけません。水を沸騰させた方がいい国なので、サラダは難しいのでしょう。せっかくいただいたのでフレッシュな内に頂きました。ドレッシングはニンニクと玉ねぎをすりおろし、オイルとお酢、塩コショウでとんでもなく美味しいサラダになりましたよ。最近、ブログがグルメ紀行になりつつあります。天ぷらはやはり唐辛子を揚げたものがタシさんは気に入ったようです。それとジャガイモも。さつまいもがないのでジャガイモで代用しました。こっちのジャガイモはメークイーンに近い感じで煮くづれせず火の通りも弱いので下茹でしました。カリフラワーも天ぷらにすると美味しいと聞いたので試してみると驚くほど美味しかったです。カリフラワーなんて日本にいても食べたことなかったのですが…。ジュミは子どもなので、お芋しか食べられませんでしたけどね。

こっちの水は茶色なので日本から備長炭を送ってもらいました。沸かしてから濾過します。妹がおもむろに備長炭を食べようと口にもって行ったので、アッ~と思わず声を上げました。妹には、かりんとにでも見えたのかな。

(写真:この国は男性が踊りたがり)

2009年6月13日

感涙

今朝は山が霧で覆われ、仏教音楽を聴きながら眺めると、山から何かすごいものが降りてきそうな雰囲気です。知らず知らず私はブログに食べ物の話ばかり書いてますね。ブータンでは食材が日本の1万分の1くらい、いやもっとかもしれません。“これが作りたい”と思っても材料の関係で断念せざるを得ません。なので、逆にこの食材があるから何を作ろうか・・・という発想の方がストレスが少なく済みます。お友達に冷凍エビや手作り豆腐を売っているお店を教えてもらったので、幅が広がりそうですよ。お肉は大きな塊で売っているので、ここの部位が欲しいとか言っても、お肉やさんは部位名までは知らなそうです。大きな塊で買って、自分でその部位を探しカットする感じです。ブータン人が日本のスーパーで、部位ごとに小さなパックで売っているのを見たらビックリたまげるでしょうね。大家さんから日本で映画を見るのはいくら、と聞かれました。ブータンではシートにより値段が細かく分かれていて、高くとも300円で見れます。日本は1800円くらいといったら、ブータンでは6回観られると言ってました。

昨日は日本からお楽しみ便が届き、ずーっと食べたかったチーズ蒸しパンとトムヤムクンを食べました。それにこれから崎陽軒のシュウマイをいただきます。やはり日本の物はオイシイです。40年近く食べてきたので、仕方がありませんね。トムヤムクンは辛くって、涙が出るほど美味しかったです。ハワイ島の友人から、子どもの高校卒業式の写真が送られたきました。小さな時から知っているカワイイ男の子が、今はすっかり大人の男に変身し、ママとハグしている写真には感無量で涙が出てきました。アレックス、卒業おめでとう!!いつか子どもも育ち、離れていくんですよね。

ブータンの旅を予定していた皆さん、どうもすみません。タシさんはしばらく日本で日本語をマスターしてからブータンへ戻るので、タシさんをガイドに希望される場合は、しばらく後になりそうです。ブータンの旅はちょっとお金がかかるので、それまでにブーチョ(ブータン貯金)をしておいてください。日本のお友達は若干働き過ぎの様子です。身体の不具合は何かのサインですよ。「有給休暇を全日消化する会」会長として、“皆さん、有給休暇は権利です。遠慮なく消化しましょう!”


●ジェツン・ペマ女史(ダライ・ラマ法王妹さん)講演会
「幸せになる」 ヒューマン・バリュー(人間の価値)と子どもの教育

家族も故郷も財産も自由も権利も失い、
それでもどこかでたくましく行きていかねばならないとしたら・・・・
あなたはどうしますか?

・7月5日(日) 18:00 開場 18:30 開演

・国立オリンピック記念青少年総合センター 国際交流棟

・1,500円(全席指定)

詳細はリンク先をご覧ください。残りわずかだそうなので、お申込はお早めに。

2009年6月11日

日本食

日本は梅雨だそうですね。ブータンの朝は車のガラスに霜がついていますが、日中に外を歩くときは日差しが強いので帽子やグラサンは必須です。雨が降るとちょっとだけ寒くなります。きっとカレーと言うと思いながら、タシさんに何が食べたいと聞いてみる昨晩はチャパティと。何だそれ?と思ってよくよく聞いてみるとインド料理で、ナンよりは固いパンに似たもとのこと。それをエマダチ(唐辛子&チーズ)につけて食べたいと言っています。であれば、前日、大家さんが教えてくれたクレでも同じでないかと、作ってみたら、感激して食べていました。彼は私を料理上手だと思っているようですが、ブータン料理は手間がかからず簡単なものばかりです。朝5時に“オチャください!!”と変なイントネーションで起こされます。もっと早く起きているようですが、一応、5時までは待っているようすです。最近、私の周りの人たちの変な英語を話します。彼も妹も、大家さんもジュミも。“サンキューね”とか、“ソーリーね”と。語尾に“ねっ”が付き始めました。どう考えても私のブロークンイングリッシュの影響でしょう。ただ単語を並べて最後に“ねっ”をつけて話してますので…。今日はこちらにお住まいの日本の方と楽しくランチしました。日本のお料理を出すお店で生姜焼き定食をいただきました。キャベツの千切りが5ミリくらいだったのを除いて、生姜焼きもお味噌汁も美味しかったです。ブータンにはJICAの関係で日本の方が多く来るので、その関係でこの店はお料理の味が上がっているガイドブックにあります。さすがJICA、そんなところまで指導をしてるなんて。今月は“肉なし月”なので、お店側はお肉をストックしてるんでしょう。コロッケや竜田揚げ、餃子など様々なメニューが並んでいました。出てくるのは少しユッタリしてますが、他にも色々試してみたいと思います。ブータン人が日本で暮らすと皆ノイローゼになってしまうそうです。タシさんも20日間の日本滞在で少し疲れていたので、12月からの滞在は1年くらいにしておいた方がよさそうですね。ブータン人は天ぷらが好きだそうなので、明日にでもタシさんで試してみたいと思います。

2009年6月10日

ブータン料理:クレ


ずっと放っておいた蕎麦粉が活躍する時が来ました。大家さんがクレを作ってくれました。クレープの語源のような気がします。作り方は簡単、蕎麦粉をよくふるい、サラサラな粉に水を混ぜてドロッとするまで混ぜるだけ。水はいっきに入れず、少し入れては浮いてきた余計なものを捨て、それを繰り返します。蕎麦粉は韃靼蕎麦だったので、苦みをとるために水を入れて捨てての繰り返しを何度もやった方が苦みが取れるそうです。写真下にある黒いお面のような塊は、天然の油で深い森の木から採れるそうです。これを熱したフライパンにこすると、油が溶けだしてきます。あとはホットケーキを焼くのと同じ要領で弱火でゆっくり温めます。これをやはりエマダチだとか唐辛子料理について食べるそうです。妹がホットケーキに唐辛子をサンドして食べていたのは、この方法だったんですね。私はやはりバターとハチミツでいただきました。バターもハチミツもブータンで作られたピュアなものです。苦みは取れきれていなかったけど、体に良さそうな味がしました。今度、ブムタンから赤ちゃんママが戻ってきたら、お蕎麦を作ってくれるそうです。ガイドブックなどにある押し出すお蕎麦か聞いたら、カットするお蕎麦と言っていたので、日本に似ていますね。昨晩もジュミがカレーを食べたいと言って、毎日のようにカレーで飽きると思うのですが、タシさんにカレーでいいかと聞けば喜んでいました。ジュミにおじゃがを剥いてもらって、作り方をレクチャーしました。今度、食べたくなったら自分で作れるね。

2009年6月9日

雑多

最近、タシさんのおかげで朝5時には起きます。山の朝はキリリとして気持ちいいので、良しとしましょう。思いっきり窓を開けます。でも鳥さんに侵入がコワイので、ドキドキもしています。さっき鏡を見てビックリ。私ってソバカスがあったかなぁ?キャンディではないので気にします。タシさんの親友の奥さんが近々、米国へ出稼ぎに行くそうです。この国もそんな時代なんですね。貨幣価値が全く違うので外貨を獲得できれば、生活は一変しそうです。私たちが日本滞在中にこの家をどうするか、昨日彼とよく話し合いました。ティンプーは首都集中で住宅難です。やはり彼もここが気に入っているし、ここを探すまで苦労したので、3部屋ある内の1部屋に家財道具をまとめ、残り2部屋を独身の友達に期限付きで貸す、というアイデアが出ました。他人に貸すと退去して欲しい時に、出て行ってもらえないそうです。それと家具を他へ運んだりすると、傷だらけになってしまうだろうと彼は言っていました。私たちが引き続きこのまま家賃を払い、独身の友人から2部屋分の家賃を私たちが貰う、というやり方になりそうです。いいアイデアだと思います。まったく人が入らないと部屋も可哀そうだし、空気が淀みそうなので…。彼は今朝も勿論練習に行き、今日は会社でアーチェリー大会の打ち合わせがあるそうで、社員が全員集合すると言っていました。会社がブータンで一番大きなアーチェリー大会をオーガナイズしていて、その大会への打ち合わせでしょう。優勝者への商品はたぶん今年も車ですね。彼の会社はアーチェリーの商品を扱ったりもしていて、みんなアーチェリー大好きのようで、昨日は朝9時頃には出勤のために着替えに戻ると言っていたのに昼になっても帰って来ず、2時くらいに電話したら、今もアーチェリーしているところ…と、仕事そっちのけなのに驚きました。でもそれが許される会社です。私はこの夏の暑い闘いは最後まで見れませんが、スポーツに夢中になれるって素敵だなと思います。

(写真:ジュミのランドセルの中・・・こんなに入っているのに0点なの!?)

みんな大好きカレー

W杯の予選、こっちでも興奮して応援しました。岡ちゃんが最後に怒って帰ろうとしちゃった所が面白かったですね。さて、ブータンは朝6時から、どこかの家のプジャ(祈祷)が聴こえてきます。太鼓とラッパのような音です。この国に近所迷惑の概念がないのは、このプジャがベースにあるからウルサイと感じないのかもしれませんね。日曜は仏教的に意味ある日だったので、どこかしこで松が焚かれていました。(写真は前の続き)チョルテンでは小坊主さんが黄色い聖水のようなものをくれました。みんなのマネをして少し口に含み、頭から掛けました。洋服が黄色に染まりました。眠い時と意識がちゃんとある時とハッキリしてきました。寝起きで周りを見渡すと天国かを思うほどキレイです。緑が濃くなり、青空がクッキリしています。大家さんはたまに我が家を訪問しますが、ちょうど眠いモードで寝ている時にいつもあたります。あんまり寝すぎるのはよくない、歩かないと赤ちゃんが大きくなり過ぎて大変だから、歩いて自分も赤ちゃんも健康にするように、とアドバイスをくれました。まさにその通り。でも眠いんです。日本への帰国日がだいたい決まったので、タシさんも遅れて日本に来るため、アパートはどうするかという話になりました。アパートを探すには首都ティンプーでは苦労します。ブータンの田舎に住む若い人達がみな、ティンプーへやってきています。カントリーサイドにはお年寄りばかり住んでいると、大家さんはこれからのブータンを危惧していました。ここはチョルテンにも近く場所もいいし、静かだし、大家さん一家は大好きなので、戻って来てもこのアパートに住みたい気もします。ただ、そうすると家賃を払い続ける必要があります。1年半分をまとめて払うとすると日本の1ヶ月のサラリーくらいのお金です(人にもよるけど)。家具もいくつかあるので、それらをどうするかも問題です。家賃は払って妹に住まわせるという方法もありかと思って話してみたら、大家さん一家が結構マジな顔で、妹に対する不満を爆発させていました。ジュミも一緒になってプンプンしています。大家さんは彼女をサイコと表現していました。トホホといった感じです。他人にまで迷惑を掛けてはいけませんね。話がそこからジュミの勉強に飛び、磯野カツオ状態らしく、0点のオンパレードだと大家さんは嘆いていました。昨晩は大家さんへカレー作りをレクチャーしました。ブータンの人は日本のカレーが大好きみたいです。みんな感激して食べてくれるので作り甲斐があります。カレー屋さんをやったら儲かるかも…。

2009年6月7日

プジャの裏方

●これ全部が唐辛子。その上にトマトとチーズとお塩、油と玉ねぎを入れて煮込むとエマダチができる。ハエは煮込まれる前にどこかへ飛んでゆく。
意識がハッキリとしてきました。眠りつづけたあの間の感覚は、人間が死ぬ前にはあんな風に意識が遠のいて、寝てるのか起きてるのか、よくわからなくなるのかな、と思ったりしました。昨晩は9時に寝て、今朝は4:30には起きて、まるで老夫婦のような生活を送っています。
今日は仏教の特別な日なようで、すぐ横の寺院で大きなプジャをやっています。昨日から大家さんはそのお手伝いで大変です。私もお手伝いと思っていきましたが、少しお腹が出てきたので、お茶を出されて接待されてしまいました。役立たずです。祈りは今朝8時に始まり、夕方まで続きます。今日は仏教青年協会が街のパレードもありました。通り掛かると皆さんお布施をしています。ジュミはそのパレードについて行こうといいますが、あまりの天気の良さで頭から湯気が出たので、すぐそこのチョルテンまでで戻ってきてしました。ビデオはジュミに任せたけど、ちゃんと撮れてるかなぁ…。記録係としてDVDにして寺院に渡します。今日は150人は超えると思われるので、昼食の準備が大変です。ここで生活する尼さんたちが一生懸命に働きます。大家さんも朝からずっと野菜をカットしています。ブータンで一番代表的な料理、エマダチを作っています。そのほかにご飯とスープがあります。キッチンは猛烈な暑さでした。みんな何を祈っているのか、興味があります。

2009年6月6日

オフシーズン

この異様な眠さは、とにかく“寝ろ”という意味だと解釈して寝ています。目が開きません。以前に盲腸の手術をした時の麻酔が効いている時の感覚に似ています。ブータンは今、観光のオフシーズンに入り、彼もほぼ毎日帰ってくるので安心です。雨の季節なのでオフシーズンですが外をみれば、今のブータンはすごくキレイです。寝起きで周りを見渡せば天国に着いちゃったのかと勘違いしちゃうほど美しいです。ここの所、虹も良く見えます。ただ天候は変わりやすく、青空から一変して雷がゴロゴロしたりします。最近は彼のアーチェリーのため朝5時起きですが、朝の空気はすごく気持ちいいです。朝もやが山に掛かり、鳥が歌い、空気はきりっとしています。窓辺にはいつも双眼鏡を置いています。まるでヒッチコックの裏窓です。家はのぞきませんけど、色んな鳥を見て楽しんでいます。向こうは覗かれているとは思ってもないでしょうね。今の季節、仲良くつがいで飛んできます。こっちがオスで、こっちがメスだな、とか色や大きさで見分けます。そこでひと啼きしてくれれば最高です。彼は昨晩、ナイトゲームで200ドル稼いできました。この国では逮捕されませんよ。賭けスポーツってすごく楽しいだろうなぁと思います。オフシーズンって笑えるくらいオフな感じで、会社には行っていますが朝もアーチェリー、会社は4時で終わるようで、その後もアーチェリーです。ブータンのアーチェリーは的が見えないくらい遠いので、ものすごい力が必要です。なのでタシさんは胸板と腕と背中はエラク筋肉がついています。彼の友人の事故はバンコクに行っても90%危なく、助かる確率は10%だと医者が言っていたそうです。ホント辛い出来事です。昨年は彼の友人がやはり頭に矢を受け亡くなりました。彼は構えから弓の引きまで、絶対に的との延長線上から横に弓をずらしてはいけないと言っています。ブータンのアーチェリーは距離があるため、自分のありったけの力で弓を引く必要があり、そんな時に体や手を傾けてしまうと、間違って矢が放たれた時に横へ飛んでしますそうです。ゴルフのように“ファー”と言っている時間なんてないほど、矢のスピードはあります。私は彼に、あなたはチャンピオンとして、初心者や下手な人に安全な矢の打ち方を教えてあげる必要があるよ、と言ったら、うなずいていました。今日は国が主催のアーチェリー大会のセミファイナルで、お姫様が来賓で来るそうです。ブータンのお姫さまはすごく可愛いですよ。今朝は魂が戻って来たような感じで意識が少しクリアです。また眠気が襲ってくる前に片づけやお洗濯などしようと思います。

2009年6月5日

しばしお別れ

ほとんど寝ていて、わずかに起きている時間にご飯を食べ、トイレに行き、寝る…その繰り返しです。お風呂には入れないほどの睡魔です。頭のはじっこがちょっとだけ辛い感じもします。まぁ妊婦って大変ですね。彼は昨日、早朝アーチェリーで100ドルも稼いで来ました。この国の男たちはかなりゲーム好きなようですよ。日中はアーチェリーで事故を起こしてしまったお友達に付添い、病院に行ったりきたりしていました。頭に矢を受けてしまった2歳の子はかなり状態が悪いそうです。彼は献血のお願いをみんなにしたり、事故を起こしてしまった友人を連れ、祈りに行くと行っていました。友人は食事が一切できないそうです。それはそうでしょう。夜にはバンコクへの搬送が決まり、彼はどこまでお手伝いするのか分かりませんが、昨晩はお友達と一緒に病院で一夜を過ごしていました。椅子で寝たので腰が痛いと言っています。こういう面で彼は本当に優しいなぁと感じます。この国で重傷な外科治療は無理に決まっているので早くバンコクへと思っていましたが、少しでも早く適切な処理を受け、回復して欲しいです。
昨日の朝は赤ちゃんとママと付添として大家さんのお嬢さんがブムタンへ向かいました。出発前にこのアパートに住む人達としばしの別れを惜しみ、挨拶回りにきてくれました。先日の大雨でなくなった赤ちゃんママの妹さんのプジャです。朝9時に出発して、きっと着くのは夜になるでしょう。赤ちゃん連れで大変です。ただ、悲しみにくれる中、赤ちゃんがいることで癒されることでしょうね。2週間後に戻ってきます。赤ちゃんはみんなから、ブチューっとキスされていました。大家さんがベビーに2週間会えないなんて寂しい…って言ったら、娘さんが私は?と突っ込んでいました。(写真:これが制服)

2009年6月4日

ひたすら寝る

毎朝5時起きで彼はアーチェリーです。練習場は社交の場にもなっているようで、ダショーと呼ばれるエライ方々から電話が来て、一緒に朝のトレーニングをしたりします。そういえば結婚手続きの際、高等裁判所でも地方裁判所でも、スタッフはみなアーチェリー仲間だったので手続きはあっという間に終わって、雑談ばかりしてましたね。
ここでは空がすぐ近くにあります。はしごを使えば雲に手が届きそうです。ここのところ睡眠薬を絶対にもられてるな、と疑いたくなるほど寝ています。目の開け方を忘れてしまったようです。頭は以前に増してまとまりません。記憶は3秒で消えていきます。色んな経験を初めてしています。食欲と胃の状態が不釣り合いで、この場合は胃に合わせなければいけないのに、食欲に合わせるもんだから、いつも後悔しています。妹を見て“バカは死ななきゃ治らない”なんて浮かんじゃっていましたが、まさにこれは自分のことです。今日から30分のウォーキングを始めようと思います。4ヶ月目に入ったので、ほどほどに体調を見ながら無理なく歩こうと思います。実家から出産場に決めた助産院の本や水天宮の腹帯などが送られてきて、なんだか実感が湧いてきました。妹は腹帯を出して“ぞうきんだね”と拭くしぐさをしていました。年がいもなく自然分娩がの夢だったので、家からも近くに興味ある助産院が見つかってよかったです。16週くらいになると安定してくるようなので、あと1ヵ月は本をたっぷり読めるなぁと思います。でもすぐ寝ちゃうけど。その後はもっと歩けるようになるでしょう。ブータンは高地なので高橋尚子のボルダーの並の高地トレーニングになりますね。日本に戻ったら検査を一通り終えて、明日香医院の大野先生が仰るように3時間歩くように自然分娩に向けて体力をつけたいと思います。オリンピック選手になった気分です。前の上司が迎えに来てくれるというので成田までかと思って喜んでいたら、なんとブータンまでとのこと。タシさんにインドまでついて来てもらって、そこで1人で日本便に乗りかえて…など、頭を悩ませていたところだったので、すごく嬉しくって心強いです。
ブータンでは鳥や蝶、虫がいっぱい飛んでいます。朝は鳥の合唱で大変なくらいです。昨日は部屋に鳩がやってきて、タシさんが出社しようと車に向かっていたので、“ヘルプ~!!バードカミング”と叫び、布団をかぶってバタバタ音におののいていました。ジュミが飛んできてくれ、お茶を出す間もなく、鳩は出て行ってくれました。実家でも鳥やコウモリが部屋にノックもなしに入ってきて、大騒ぎしたのを思い出しました。さすがの鳥好も、近距離は怖いです。ここは網戸がないのでハエもたくさんやってきます。うまく外に追い出せると“ヤッター”と思い、ゲーム感覚で楽しいです。
(写真:左がジャガイモ、右がエマ)

2009年6月3日

Meditation

妊婦ライフも3ヶ月を経過しました。食べすぎや水の関係でお腹がちょっと痛くなることもたまにありますが順調そうです。昨日はお楽しみ便が届き、おせんべいやチョコを妹とジュミと競うように食べてしまいました。自分の分をキープしておかないと、食べ尽くされそうです。最近はジュミが我が家でご飯を食べることが多くなってきました。まだ子供なので、それほど辛いものが好きではないようなので、我が家の味がちょうどいいのかもしれませんね。“おいしい”と言って食べるので、こっちも気持ち良くなります。タシさんと妹と、妹の頭痛について話をした時、“エマのせいだよ”と私が言ったら、エマでお腹は痛くなるけど、頭痛は関係ないでしょ…と、言っていました。刺激物は取り過ぎると頭痛もするよ、と言ったら2人して目を真ん丸くしていました。そんなこと日本では常識ですけどね。その後2人はよく話て唐辛子をコントロールした方がいいという結果になったようです。妹はインド映画が大好きでよく見ています。しかも、激しいのが大好きなようです。一緒にみていると彼女よくやっているケンカもあるし、喜怒哀楽が日本の10倍くらいある感じの映画です。これを見て育っているから、彼女は似ちゃったのかなぁとも思います。
発売されて間もないダライ・ラマ法王の読経CDを聴いています。法王様の読経CDは世界初だそうです。ブータンでは朝にお経のテープなどを流している家があります。我が家も法王様のマントラを聴いて起きます。今日は5時に起き(起こされ)、彼はアーチェリーの練習に行きました。早い時間だと人が少ないので、たくさん矢を放てるそうです。朝が早いので夜は9時代に寝ちゃっています。
法王様のCDは商業ベースとして大々的に宣伝していませんが、収益からかなりチベット亡命政府へ寄付されます。平和のメッセージ(チベットハウス)が素敵だったのでご紹介します。

「今の時代」 ダライ・ラマ法王14世

今 時代が抱く最大のジレンマの原因は
物質的進歩の歩みを
余りに強調し過ぎたことにあると思います。
私たちは知らず知らずのうちに
愛や思いやり協力いたわりといった
人間にはなくてはならない
最も基本的なものを育むことを忘れるほどに
物質的進歩に夢中になってしまったのです。

2009年6月2日

癒しの民

大家さんがデチェンプ・ラカンというお寺に連れて行ってくれました。お天気もよく、素晴らしい環境にある建物で圧巻でした。ガイドブックによれば、王室の公式祈祷の場らしく、訪問許可を取るのも難しいらしいです。彼と家をどこに持つか、よく話していますが、2人とも静かな環境が好きなので、昨日行った寺院の方、ティンプーの北の森がいいなと思っています。
さて、この国に居ると、ほのぼのすることが多いです。旅人もブータンに魅了され、とても良い思い出を作るようですよ。緑の量が圧倒的に日本と違います。自然がいっぱいな所にいると自然の一部である人間は理由なく、心が喜ぶと思います。ティンプーは首都といってもそんなに大きくなく、首都以外は近代化されていません。ブータン国内を旅すれば、昔の日本はこんなだったんだろう…と想像でき、DNAの記憶でしょうか、懐かしい感覚に陥ります。そしてなんといっても最大の魅力はブータン人です。先日、パーティで多くの日本人に久々に会い気付きました。明らかにブータン人と日本人は違います。一概には決して言えることではありませんが、ブータン人には邪気がありません。人はどうしても自分の都合よく生きたい生き物です。計算高くなり、自分にとってのメリットや評価も気になり、それは顔や振る舞いに出ます。日本人はどうも我が先に出ますが、ブータン人は邪気が少なく、人との接っし方が無邪気なのです。色眼鏡なしに初対面を接する人は日本では案外少ないもんですね。どうしても値踏みとかが入ってきます。話は飛びますが作家のよしもとばななさんはブータン人と同じ気を発していました。心から人間を愛そうとしている人だと、ほんの少しのお話でも感じとれました。ブータン人はその場を楽しむことに重きを置き、人をコントロールしようとは考えていません。だから彼らといると癒されます。彼らの何がそうさせるのでしょう。こういった人間性の要因が仏教の教えなのか、教育なのか、それとも近代化しきれていないことにあるのか、まだそこまでは探れていません。彼らが癒しの民であることは間違えないと思います。あんな風に無邪気に人に接することができる人間になれるといいなぁと思います。
妹は別扱いです。現在ブータンが抱える情報化社会の闇を妹から垣間見れます。ある意味、自分の思いのままという点では無邪気なんでしょうが、都合よくいかないと怒りを爆発させます。昨日も電話で15分くらい、怒鳴りつけていました。あそこまで怒りが持続するのがある意味凄すぎます。いつもお手洗いのドアを閉めずに用を足すので、お願いだから閉めてくれと言うけど…。知らぬ間にカシミアセーターを着て、洗濯機でミニミニセーターにしたり、今度は壊してもらうと困るのよ…って物を壊してくれました。私が困りはてていると、首をすくめて“sorry”反省の色ゼロです。タシさんは今月には学校が終わるので実家に帰すとて言っています。農家を手伝って体を動かすことが一番いいのかもしれませんね。(写真:赤ちゃんは後ろ向いちゃった)

2009年6月1日

6月

もう5月も終わってしまいましたね。ホント時の流れは早いです。昨年の今頃はダライ・ラマ法王お誕生パーティのプロデュースみたいなお手伝いさせて頂きました。北京オリンピックがあって注目度の高い年だったので、普段は200名くらいのところに500名の参加があり、会場内はマイクの音が聞こえない程に盛況でした。ダラム・サラから外務大臣が来賓としていらっしゃいました。今年は姉がお手伝いをさせていただくそうで、昨年の記憶を思い出し託しました。今年は法王様の妹さんが来賓でいらっしゃいます。日本に居る方はぜひ参加されるといいですね。お誕生パーティは申込みすればどなたも参加できます。
彼はツアーだと思ったら、昨日は国連の方を空港から事務所まで送り届けるという仕事だったようで、すぐティンプーに戻ってきました。けど家には戻らず、ほぼ一日中アーチェリーの練習です。やっと観光のオフシーズンに入り、これから一ヵ月間に集中して練習するそうです。ぜひ、優勝して私の分の車をゲットして欲しいですね。結構、アーチェリーでの事故も多く、昨日も矢が子供に刺さってしまったとニュースでやっていました。どうやら矢を打ったのは彼の友人らしく、その関係で彼は今日も忙しくなりそうです。お天気もよかったので昨日はジュミと街の探索に出かけました。というより、食べ歩きだったかも。アーチェリーを見ながら、チーズモモ(餃子)を食べ、街でアイスクリームを食べている人を見かけ真似して食べ、のどが渇いたとジュースを飲み、最後はケーキ&パン屋さんで美味しいパンを食べ、2人してお腹いっぱいで動けなくなり、タクシーに乗って帰りました。食べすぎでちょっと気持ち悪くなったけど、夜にはイタリアンを食べに行ってしまいました。ピザやパスタなど充実したお店で、日本の方も含め、外国人が多くいました。パスタはかなり茹で過ぎちゃった感もありました、味は美味しく、彼も満足していました。
彼は朝早く起きます。今日は5時代でした。朝からパンツ一丁歌いながら踊っています。しかもヘンテコな踊りです。ブータンのダンスはフォークダンスに似ていて、男の人でも腰をクネクネさせ、手もユラユラと女性のダンスのようです。なので、女の人が踊る分には可愛いのですが、どうも男性の踊りは笑っちゃいます。今日は四股まで踏み、土俵入りを披露していました。いったい何のため?6時代に“ゴ”を着しまい、会社に行くには早過ぎる、と早起きを後悔していました。
(写真:目立つ色の車なので、あちこちで目撃され指摘するとドキッとしている・・・。手にしてるのは禁止のお煙草では)