肉なし月ですが、ウィンナーの缶詰を発見しましたよ。鏡を見てびっくり。ハワイでもないのに日焼けしちゃっています。気をつけねば・・・。すごい幅広の帽子を通販生活で買ってきたのですが、ちょっとかぶるには勇気がいりますが、背に腹は代えられませんね。ただでさえブータンの方々は外国人がまだ珍しいようでガンミをするのですが益々注目の的です。遠慮ということなく、笑えるほど皆さんジーっと見ますのでこちらも愛嬌ふるまうしかありません。日中はポカポカで午後3時頃から風が強くなり、お洗濯物が隣の家の屋根に飛んでいきそうな勢いなので洗濯ばさみがたくさん必要です。桜は5分咲きくらいでしょうか。近寄るといい香りが漂よってきます。家の周りにもたくさんあるのでベランダでお花見が楽しめます。ただ、ブータンの今年の気候はかなり異常なんだそうです。ブータンに来て明日で10日経ちますが、面白いことばかりで今はまだ観光客気分が抜けませんね。こっちの警察官の格好ってかわいいんですよ。今度、写真を撮らせてもらいます。今日はこちらにお住いの日本の方とブータンのスタバ(風) でランチし、その後、女の子のサッカー大会をやってたので、のぞいてきました。みんなバッチリとユニフォーム&スパイクを履いていたので、ちょっと驚きました。民族衣装とのギャップがたまらなくイイです。
2009年3月9日
2009年3月8日
ウィークエンド
2009年3月7日
ピザーラ
2009年3月6日
明日のデモ(日本)
ブータンについてはネタがありすぎで書けません(笑)。ということで日本の情報です。明日、チベット支援の久々に大きなデモ「チベットの自由を求めるピースウォーク」が六本木であります。 ダライ・ラマ法王の中道路線を支持する「自由なチベットを愛する会(We Love Free Tibet)」が主催です。チベット問題に興味のある方、明日予定がない方、ぜひご参加ください。申込みは要りません。途中からも参加できます。(デモってすごく気持ちいいですよ)ブータンにはたくさんの亡命チベット人がいます。元々は同じチベット族から派生しています。他人事ではありません。日時:3月7日(土) 13:00~
集合:三河台公園 (地図をクリックで拡大)
予定:13:00集合 13:30集会 14:30デモスタート 15:30笄(コウガイ)公園解散
2009年3月4日
いろいろと教えてくれます

2009年3月3日
ネット開通記念でまとめて報告
3月2日今日、携帯が手に入ったので、さっそく家や知り合いの家にかけてみました。普通に聞こえるし、3分くらい話して2ドルしないくらいだったので、思ったより良いものですね。ただ日本の携帯番号には掛けられないので方法を探らないと。今日はアパートの掃除と、ちょうど日本から送った荷物が届いたので、その片付けをしました。彼は9時に出勤し、私はのんびりとやろうと思ったら、上に住む大家さん一家がお手伝いに来てくれて、あっという間にお部屋がきれいになりました。その後、日本語を教えて欲しいという大家さんと楽しく荷ほどきしました。ダライ・ラマ法王の本を見たり、着物の本を紹介したりしました。大家さんの妹の子供、11歳の男の子がひんぱんに遊びに来てくれます。ミルクテーをおいしいとほめてくれ、気の利くいい子です。
3月1日
彼の顔を見て、ホッとしました。ほんと見るだけでほのぼのするので助かります。日曜は仕事をキャンセルして、迎えてくれました。前日までアーチェリーのトーナメントだったそうで、声が少しかれていました。ブータンのアーチェリーはシーンとした感じではなく、歌や踊りも入ります。チームはトップだったそうで、喜んでおりました。初日は長旅で疲れているだろうからと、ホテルでシャワーや仮眠で私はのんびりでしたが、彼は大忙し。アパートに連れていってくれ想像以上にかわいくって大満足でした。家具などがまだ揃っていないので、彼は友人やバイトを使って、家具を組み立てたり荷物を運んだり、大忙しでした。ブータンも穏やかな人が多くても犯罪はあるので、防犯面が気になりましたが、ななめ横に大臣のお家があって、警察が2人立っているので、少し安心しました。でも、持っているライフルが怖い。それって本物ですかって、当たり前だけど聞きたい気分です。お部屋は3階なのでちょっと運動になり、すぐ近くにJICAがあるし、彼の会社の屋根が見える距離なので、場所がよかったです。町中なのでお買いものにも一人でルンルンいけそうです。とりあえず、あと何日かはホテル暮らしですが、日中にいろいろと用意しています。一から始めているようで面白いです。部屋は3つの他、キッチンとトイレ2個とシャワーがあります。アパートの内装に品の良いピンクでとてもかわいらしくて気に入りました。彼は他にいくつも見て回ったようで、私が快適であることをとても考えてくれているので、良い人だなぁとつくづく感じました。彼の携帯はしょっちゅう鳴っていて、携帯持つって大変ですね。私も人生初の携帯デビューしますので、少しウキウキと日本で携帯入れを買ったと、友達に報告したら、いまどき携帯は袋に入れないよ、と笑われました。
2月28日
ノートパソコンやウクレレがあって、いつもよりちょっと荷物が多く窮屈でしたが、バンコクへひとっ飛び。日本の夕方に出て、バンコクの夜中につきました。30度近くあって外は暑いですが、空港内は所々に空調の温度が違いました。乗継のDruk airの出発は朝6時頃なので、搭乗手続きが開始される4時までは空港内で夜を明かしました。到着ロビーは2階で、出発ロビーは4階まで上がります。その前に3階のフードフロアーを覗くとトムヤンクンや生春巻きがおいしそうだったので、夜食で本場の生春巻きを堪能しました。Durk airの搭乗手続きは“W”で一番右端です。ちなみにJALは“R”でした。同じ飛行機に搭乗する人は、欧米の観光客と日本人、そして一番多いのがやはりブータン人です。彼らはバンコクでお買い物を楽しむそうです。ブータンは物が少ないし、あっても高くなってします。多くの人がかなり大型(27~30インチ)のテレビを購入して搭乗していました。他には炊飯器やブランケット、スッチーはアイロン台を持ち込んでいましたよ。バンコクの空港は椅子がステンレスでクラーで椅子はキンキンなので、夏のバンコクでダウンジャケットが活躍しました。バンコクの空港はとてもきれいで、昨年、空港が占拠されましたが、何でも揃って快適だったことでしょう。いよいよブータン行きに乗り込みましたが独特な何かを感じました。気のせいかかもしれませんが、なんだかほのぼのしています。これまで飛行機にはたくさん乗りましたが、雰囲気が違うのです。ほんと不思議。ブータン人も穏やかそうな顔つきが多いし、ブータンに来る西欧人も少し余裕がある感じで、とても素敵な空間でした。ブータンまで直行ではなくインドのダッカに降り、そこでインド人が乗ったり降りたりし、ヒマラヤを眺めた後に、いよいよブータンです。ブータンは山と谷の国ですが、それを上手いこと降りていきます。近くに山や木などあって、突っ込みそうでスリル満点で神業のようにスーッと降りていきました。着陸した時に言いようのない安堵感に駆られました。無事着いたこともですが、いつもなら一週間や10日間と旅のタイムリミットがあるので、いずれ帰らなくちゃいけない、といった寂しい気持ちがするのですが、今回はリミットがないのです。それがとても嬉しくって、今、窓の外の山を見ながら、ブータンに来たんだと実感しているのです。(ちなみにブータンでは4,000m以上を山といい、それ以下は丘になるそうなので正しくは丘。ブータン流だと富士山も丘になっちゃうんですね。)
2009年2月26日
生かされる意味
もうすぐお雛祭りですね。我が家は三人姉妹なので、8段飾りのお雛様がありますが、ちゃんと飾るのは大変なので省略形で飾っています。大学生の頃までは時間もあったので、毎年飾っていましたが、勤めだしてからは人生に余裕なく、ず~っとしまい込まれておりました。母の友人が昨年から飾ってくれています。その効果は絶大ですよ。だって、彼と出会い結婚までしちゃった訳ですから。人形って呪いとかありそうなので、きっと飾ったことで縁が出来たのかなぁ・・・。雛人形は嫁に行く人の厄を引き受けてくれる存在だそうなので、有難いですね。話変わって、昨日友人から面白い話を聞きました。婦人科検診に病院へ行った時、病院から“イケメンの先生とおじいちゃん先生とどっちがいい?”と聞かれたそう。“どっちがおススメですか?”と聞くと、“正確性ならイケメン”とのことでそっちを選んだら、すごいイケメンだったそうです。そんな選択させる病院って笑えます。ってことで、みなさんお世話になりました。行く前に会ってご挨拶できなかったり、メールの返信も出来ていなかったり不義理をしていますが、ごめんなさい。それでは土曜に行ってきます!
PS.空港に来てくれるみなさま 16:30~17:10くらいまで第2ターミナルの椅子がずら~っと並んでいる所におります。
2009年2月25日
国を動かす力
オバマ大統領が初の議会演説を行いました。ライブ放送で見ましたが、ただひとこと“カッコイイ”です。停滞する米国の状況は、アフガンやイラクの戦争、9.11に対する報復など、傲慢さの結果だと感じていました。ただ、心の隅では米国をもう一度好きになりたいなぁと思っていました。“自由”の国で素晴らしいところもいっぱいあります。移民をたくさん受け入れ、人間に余裕というか優しさを持っている人も大勢いますし、人生を楽しむ意味を知っている人もたくさんいますね。やはり米国はカッコイイ国であって欲しいなぁと思います。ここの所の米国は閉口してしまうことばかりでした。オバマは雄弁でまだ結果を出していないので、何とも言えませんが、彼の話を聞いていると、再び米国に“夢”を感じます。彼は当たり前のことを言っているんだけど、すごく安心し、嬉しくなります。米国には真の意味で善きリーダーになって欲しいと思います。“対話”を重要視している所はブッシュとは真逆ですね。戦争の対義語として“対話”があるうように思います。さて、ブータンへ行ってしまうとしばらくパソコンに触れない気がするので、再び、映画の宣伝です。 『雪の下の炎』と『風の馬』のロードショーが4月10日より始まります。「雪の下の炎」の楽(ささ)真琴監督(日本女性です)が帰国され、連絡をいただきました。ぜひ、チベットが受けている“真実”をご覧ください。中国は最近、国内で混乱がおきないよう、自分達のおかげでどれだけチベットが良くなったか、という嘘の映画を公開しているそうです。こういうことをしなければいけない国ってオカシイですね。中国が真の意味で、良い国になって欲しいと思います。それが国民のためなんだから。前売鑑賞券のお申込みはこちらから。
どうぞ宜しくお願いします。
2009年2月24日
Departures
さて、もうすぐ出発で荷物をいくつか送り、その後に気づきました。前にプレゼントでいただいた体重計を送ったのですが、これも沸点同様、最初の緯度と経度のプログラムが違うんですよね。だいたいの目安と思って使うことにします。彼は明日、インドにテレビなどを買いに行くそうですよ。生活必需品を外国へ買い物に行くなんて日本ではしませんが、手間を掛けても海外の方が安いってことですね。日本は何でも困難なく手に入り、スゴイ国なんでしょう。きっと外に住むことで、日本の凄さとか良い面にいっぱい気づくんだと思います。それも楽しみ。
2009年2月21日
新生活
報告するのを忘れていましたが、ブータンでの住まいはバッチリな所が見つかったそうです。いずれはどうにかなるさと思ってましたが、私の家族はそういう訳にもいきませんので、ひとまず安心したようです。さて、前にブータンは高地なので沸点が違うと書きましたが、それによってどんな影響があるのか考えると面白いです。日本茶を美味しく入れるには、一度高温になってから少し冷ましてからが美味しいと言いますが、これが出来ないってことですね。コーヒーは90度くらいの方が美味しいので大丈夫ですね。ブータンに行った時、食事は揚げたり炒めたりしている物が多かったので、茹でるだけでは熱が通りきらない可能性があるからも、なんて気づきました。実験して報告しますね。行ってみないとわかんないことだらけなので、考えようによっては冒険に近いです。キッチンなんて想像つきませんが、ガスと冷蔵庫を買いに行ってくると報告があったので、DASH村のような竈(かまど)ではないとわかりました。ハワイに住む友人が竈でご飯を炊く機会があるそうですが、これがとっても美味しいそうですよ。ブータンにも家具屋さんはあって、場合によりオーダーで作ってもらうそうです。私は皮膚が弱い方なので、紫外線対策はかなり必要ですね。姉が手作り石鹸や化粧水(枇杷の葉エキス)をたくさん作ってくれました。これでしばらくは大丈夫かなぁ。普段、コットンをなるべく着ていますが、興味有る映像があります。オーガニックコットンはまだちょっと高いけど、タオルなどオーガニックを持って行きます。ちょっとづつブータン行きが近づいていますが、実家の改築も始まるので、家の片付けがなかなか終わらず、体がヒーヒーしてきました。
2009年2月20日
未熟な社会
テレビをみれば、麻生さん叩きばかりやっていますね。彼が首相になった時からこうなることはわかってましたが、マスコミを含めみんなしてやり玉にあげるのはイジメのようにも感じます。政治家なので叩かれて当然なのかもしれませんが、日本はこぞって人を非難し、文句を言うのが好きですね。いじめは立派な“日本文化”とも言えるのではないでしょうか。子どもの見本となるべく大人がこんなですから、学校でいじめがあるのは当然なのかもしれません。感情はとても大切で、自分の心に素直でいることは良いことだと思います。ただ、その感情が理性的なものであるのかを常に検証する必要があると思います。人間の悪い人が良い思いをしたり、逆に良い人が辛い思いをしたり、理不尽なことだらけですが、これが世の常というもの。叩くことで不満を解消する未熟な社会から脱するには、何が必要なのでしょうか。GNHの観点は役に立ちそうですね。それと世界に目を向けることも1つの方法だと思います。唐突ですが私には2人の子どもがいます。もちろん実の子ではありませんよ。2人とも女の子で、エルサルバドルとケニアに住んでいます。フォスター・プランを使った支援でお手紙で交流しながら、支援金は地域改善のプロジェクトに使われます。送られてきた子どもの写真を見て、色んな思いをめぐらせます。 (これがご縁で仕事を通じブルキナファソ/アフリカに井戸を3基作り、フィリピンで医療支援プロジェクトをしました)さて、チベット映画の公開が4月11日(土)からと決定しました。約1ヵ月のロードショーです。ぜひ、見てくださいね!それとデモは3月7日(土)で、今回は六本木ルートです。告知までちょっとお待ちください。午後を空けておいてください。私はブータンで平和的にデモしま~す。
2009年2月19日
調理法が違うかも
首都ティンプーの高度は2,400mと高く、沸点が100度ではないそうです。高地は気圧が低くなるので沸点が下がり、ご飯などを日本のように焚くと芯が残ってしまうとか。水加減が微妙そうです。何度が沸点なんでしょうね。向こうにいったら実験したいと思います。彼が日本に居た時、よくミルクティを飲んでいました。ミルクを沸騰させると膜ができ、私はそれをあまり気にしていなかったのですが、彼が“何?”と疑問に思っていました。沸点が違うからこの膜を彼は初めてみたのでしょうか。ご飯は外国製の炊飯器を買った方がよさそうですね。ここのところ、毎日のように母の友人達がお祝いに訪れます。母はいろんな友達がいるので、そのグループごとにブータン話に花を咲かせています。話をしながら娘が遠くに行ってしまうことを涙したりしているようですが、母に友達が多かったことが救いです。目下、私は移住の準備をしていますが、これが人生初の引越しで、荷物の処分もかなりあり大変です。使えるものを捨てるのは嫌なので、それぞれをリサイクルに出したりしています。80年代の映画パンフや昔のレコードなど、換金してもほんのわずかですが、捨てずに済んでよかったです。ブータンに行く前に会ってお祝いを言いたいと嬉しいお話をいただいていますが、準備が全然できていないので、実現できずに本当にごめんなさい。気持ちがとても嬉しいです。ブータンに着いたら近況報告の連絡をしますね。
2009年2月18日
真実を知ってください
お待たせいたしました。『雪の下の炎』と『風の馬』の前売鑑賞券についてです。今回は、上映会場であるアップリンクのご厚意で、インターネットで事前登録をすると当日に前売の料金で、ご入場できます。お申込みは宣伝協力をしている龍村仁事務所サイトより、お願いします。 お申込み後、受付確認のメールが届きます。 会場(アップリンク)の受付でお名前を確認後、現金にて支払います。 (当日券は1500円ですが、事前登録すれば前売券1300円でご覧いただけます)3月10日は中国の侵攻に対し、チベット民族が蜂起した記念日です。昨年3月、中国のチベット統治に対し、たまりかねたチベット人たちがデモなどの抗議行動を起こしました。「チベット騒乱」といわれたこの抗議行動は、長くに渡り、理不尽な殺人・迫害・弾圧を受け続けることを抗議したもので、中国政府はこれを武力でこれを鎮圧し、多くの犠牲者が出ました。北京オリンピックを終え、マスコミ規制が続く中、報道がされないため、この問題が小さくなっているように思いがちですが、チベット人への拷問は続き、死者は増える一方です。時を同じとする今、チベット人たちは、民族浄化される恐怖を受け続けながらも非暴力で、人として当たり前の権利を守ろうとしています。ダライ・ラマ法王は「チベットは非常に緊迫した状況である」と発言されています。パルデン氏は自分を苦しめてきた人々に対し、「彼らも自分の家族を守るためには、決められた仕事をするしかない」と語っていました。仕事として拷問や処刑をしなければいけないお父さんもかわいそうです。ごく一部の人間の間違った政治思想のため、多くが苦しんでいます。当事者は何もできない状況なので、外の人が“それは違うよ”って言うしか方法はありません。50周年を迎える今、映画を観て、“チベットの真実”を知り、考えましょう。
2009年2月17日
佐藤初女さんのお言葉
だいぶ前のものですが、初女先生の談話をそのまま転載させていただきます。私はこれを読んで自分を確認します。
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いまを生きることを大切に 佐藤初女
いまを生きることを大切に 佐藤初女
私は、映画「地球交響曲」との出会いによって、それまで自分が感じられなかったことを感じられるようになり、それを日々の生活に生かしてきたつもりです。この映画との出会いが、私の人生をより充実したものにしてくれたと思っています。
とくに感じたのは、すべてに命があるということ。人の命は当然の命として大切に考えていましたけれど、野菜にも、魚にも、土にも石にも、すべてに命があると実感し、そうした命を最後まで生かしつづけたいというのが、現在の私の生活になっていますね。
「地球交響曲第二番」に私が出演した際、いちばん印象に残っている龍村監督の話があります。大地に生きている野菜を湯がいていると、それまでよりも緑が輝くように美しくなる瞬間があります。そのときに野菜の茎を見ると、見事に透き通っている。ここで冷やして食べると、いちばんおいしい。これが私たちの体内に入ると、食材が私たちの命と一緒に生きていくわけですね。私の思考はここまででした。でも、龍村監督は「野菜は大地に生きていたときは、自分のために生きていた。でも、今度は私たちに命を与え他者のために生きることになり、緑が輝き、透明になる瞬間が命の移し替えのときですね」と教えてくれました。対話していてなるほどと感じることが多かったので、撮影していて、対話がとても楽しく、一歩前進する思いでした。
私が出演した「第二番」が発表されて、10年近くがたちますね。最初のころは、上映会を主催するのは60歳前後の方が中心でした。でも、最近は若い方たちが一生懸命にやっていますね。半分ぐらいが20歳から30歳ぐらいの若い方で、女性だけでなく、男性の方も参加しています。みんな「地球交響曲」「ガイア」にひかれているんだなと感じられます。
若者が動き始めているから、未来に希望が持てますよ。私はお会いする方々にいつも言っています。「いまを生きることを大切にして下さい」と。夢と希望を抱いて、まっしぐらに進んでいくのもいいけれど、あまり意気込むと足元が不安定になりがちです。でも、いまを真実に生きていれば、必ず夢と希望に近づいていきます。急がないで生きてくださいね。悩んでいる人とか、迷っている人がいたら、ともかく動いてください。動くにも自分のために動くのではなく、誰かを喜ばせるような動き方をしてください。
「いまを生きる」ということは、出会う、一人一人を大切にして、小さなことでも大事にする姿勢です。小さなことが、やがて大きくなります。どんなに利発な、有能な人でも、人間の知恵は小さいものですよね。だから、神様の計らいを感じながら、いまを一生懸命に生きましょう。「地球交響曲」と自らの心の目を開いて出会い、そこでの気づきと発見を行動に移してください。
(写真:小笠原島より春の便りが届きました)
とくに感じたのは、すべてに命があるということ。人の命は当然の命として大切に考えていましたけれど、野菜にも、魚にも、土にも石にも、すべてに命があると実感し、そうした命を最後まで生かしつづけたいというのが、現在の私の生活になっていますね。
「地球交響曲第二番」に私が出演した際、いちばん印象に残っている龍村監督の話があります。大地に生きている野菜を湯がいていると、それまでよりも緑が輝くように美しくなる瞬間があります。そのときに野菜の茎を見ると、見事に透き通っている。ここで冷やして食べると、いちばんおいしい。これが私たちの体内に入ると、食材が私たちの命と一緒に生きていくわけですね。私の思考はここまででした。でも、龍村監督は「野菜は大地に生きていたときは、自分のために生きていた。でも、今度は私たちに命を与え他者のために生きることになり、緑が輝き、透明になる瞬間が命の移し替えのときですね」と教えてくれました。対話していてなるほどと感じることが多かったので、撮影していて、対話がとても楽しく、一歩前進する思いでした。
私が出演した「第二番」が発表されて、10年近くがたちますね。最初のころは、上映会を主催するのは60歳前後の方が中心でした。でも、最近は若い方たちが一生懸命にやっていますね。半分ぐらいが20歳から30歳ぐらいの若い方で、女性だけでなく、男性の方も参加しています。みんな「地球交響曲」「ガイア」にひかれているんだなと感じられます。
若者が動き始めているから、未来に希望が持てますよ。私はお会いする方々にいつも言っています。「いまを生きることを大切にして下さい」と。夢と希望を抱いて、まっしぐらに進んでいくのもいいけれど、あまり意気込むと足元が不安定になりがちです。でも、いまを真実に生きていれば、必ず夢と希望に近づいていきます。急がないで生きてくださいね。悩んでいる人とか、迷っている人がいたら、ともかく動いてください。動くにも自分のために動くのではなく、誰かを喜ばせるような動き方をしてください。
「いまを生きる」ということは、出会う、一人一人を大切にして、小さなことでも大事にする姿勢です。小さなことが、やがて大きくなります。どんなに利発な、有能な人でも、人間の知恵は小さいものですよね。だから、神様の計らいを感じながら、いまを一生懸命に生きましょう。「地球交響曲」と自らの心の目を開いて出会い、そこでの気づきと発見を行動に移してください。
(写真:小笠原島より春の便りが届きました)
2009年2月16日
世界の電気
ブータンで日本の電化製品を使うには、まずプラグをブータンに合わせるための「変換プラグ」が必要です。また、電圧が高いために日本製品に合わせる必要があるので、変電圧器があった方がいいそうです。電化製品は世界中で普通に使えると思っていたので、今回、勉強になりました。ブータンは電圧も高い上、安定もしていないので、そのまま使って一発で壊れちゃったりということもあるとか。とりあえず、変電圧器をいくつか買いました。ブータンの主食はお米なので、炊飯器をどうしようかと考え、母に「炊飯器はタイで買ってもいいし・・・」と話しかけたら、「たい焼きより、たこ焼き器の方がいいんじゃない!?」と、なんとも訳のわからない返事でした。 (写真は第3代と第4代の国王)
2009年2月15日
双子かな
バレンタインというのに、すっかり春の陽気でしたね。チョコもとけてしまいそうです。写真は手作りチョコ。もちろん私ではありません。姉は手先が器用で箱からすべて手作りです。誰もあげる人がいないので、私にくれました。私は彼のおかげで、バレンタインから解放されてせいせいしております。
さて、いま私は引越しの荷造り中ですが、自分が柔道家の娘、怪力でよかったとつくづく思います。EMSで荷物を送る場合、大きさの制限があり、一番長い箇所とその直角平面の周囲を足して、3m以内でないと送れません。重さは20キロ以内です。重さはそこまで行かないので平気ですが、長さは1㎝でも超えれば送れませんので大変です。3m超えた段ボールをリメイクするのに私の怪力ぶりが大活躍です。普通の女の子ではこの技は出来ないでしょうね。
さて、いま私は引越しの荷造り中ですが、自分が柔道家の娘、怪力でよかったとつくづく思います。EMSで荷物を送る場合、大きさの制限があり、一番長い箇所とその直角平面の周囲を足して、3m以内でないと送れません。重さは20キロ以内です。重さはそこまで行かないので平気ですが、長さは1㎝でも超えれば送れませんので大変です。3m超えた段ボールをリメイクするのに私の怪力ぶりが大活躍です。普通の女の子ではこの技は出来ないでしょうね。
前に彼の笑いのツボが似ていると書きましたが、ほかにも色々似ていて、前世とかあるなら双子だったんじゃないかと思えることがあります。例えば、音に対する反応です。彼は電車に乗ると、電車同士がすれ違う音にとても反応していました。なので中央線では何度もビックリした顔をしていました。目が赤くなるほど観察もしますが、音は勝手に入ってきてしまうので、かなりうるさく感じてiPodが必需品でした。私も色んな音に敏感に反応します。街を歩けば鳥の声だらけで、歩くのが結構忙しいのです。いろんな方向から鳴き声が聞こえてくるので、その度に足が止まってしまいます。耳のよさは他でも活躍します。テレビのナレーションを最近は俳優がやったりしますね。私は紹介がなくても、誰の声と当てられます。昔、ドレミファドンというクイズ番組の最後に歌手が他の人の歌を歌い、誰が歌っているかを当てるのか、というクイズでいつも当たり、家族が感心していました。耳から来る情報に敏感に反応するところは彼ととても似ています。iPodにた~くさん入っている中で、一番好きな曲も一緒で姫神の「青い花」。他にも好きな色とか、シンプルな物を好むところとか、似ている部分が驚くほどあって、“拙者は何者ぞ”と思うのです。
2009年2月14日
観察力
彼と西伊豆の温泉に行った時、砂金取りにトライしました。お店の方に取り方をを教えてもらってから、時間制限内に何度も取るようなシステムでした。結構これが難しいのですが、彼は最初っから砂金が10個くらい取れました。私はゼロ。彼のやり方は教えてもらった方法とちょっと違うのに、バンバン取れました。私は欲を出すせいでしょうか、手に余計な力が入り、全然取れません。彼はたくさん取れるので、時間がまだあるのに楽しめちゃったようで、“おしまい”と途中で飽きていました。方法が違っても手つきがすごくいいのです。私より、はるかに観察する力があるようです。人のモノマネなんかも上手で、父の歩き方や口ぐせなどをよくマネしていました。テレビで、はるな愛が出た時に“この人、男だよ”と教えたら、最初は“ほんとぉ~”と変なイントネーションで驚いていたのですが、2回目に教えたら“手が大きいから男だね”と、言っておりました。はるな愛は、まさに男の手をしておりました。“声も低い”とも言っていました。変なことをきっかけに彼の観察力の鋭さに感心しました。
2009年2月13日
国技はアーチェリー
インドにいる彼から“チームは順調”と報告がありました。今日も頑張って欲しいですね。彼の滞在中、日本にお住まいのかつての同僚と会う機会がありました。昔ばなしに花を咲かせていました。彼がアーチェリーで優勝した時、会社のみんな大喜びだったそうで、その方は祝いの後、家に着いた時に靴が片方なかったそうです。よっぽどの盛り上がりだったんでしょうね。スポーツはみんなが一丸となれていいですよね。来日中にアーチェリーショップに行ってきました。道具も色々あるんですね。弓を試しで引いてみたところ、かなりイージーだと言っていました。オリンピック競技のアーチェリーとはだいぶ距離が違うそうです。オリンピック競技は最大90mくらいですが、ブータンのアーチェリーは、的がはるか向こうにあるます。私も目はすごく良い方ですが、あの的を射止めるなんてブータン人はかなり目がいいでしょうね。日本の方が道具は高いそうです。彼の勤めている会社は旅行会社ですが、アーチェリー大会などオーガナイズしたり、道具の販売などしていて、今も会社まとめてインドの大会にいっちゃっているので、面白いですね。ブータン人にとってアーチェリーは特別なようです。
2009年2月11日
今という瞬間は一生に一度
みんな優しすぎて、いろんな不満があっても、相手が傷つくので本音を当人には話しませんね。なので友達に話したり、書いて送ったりすることで、少し気持ちが落ち着いたりします。みんな色んな方法でストレスを解消します。不満の理由は、考え方が自分と違ったり、嫌なことをされたり、優しくされないことなど、いろいろあります。不満を持つ傾向の人には、何度も不満の波がやってくるようです。不安や心配も同じですね。それが小さかったり、大きかったりします。私は友人や家族などからやってくる色々な波に抵抗はせず、家族の相談ごと以外、その波を流すことにします。その訳は、人は人なので不満を持ったところで、本人が気づく以外に本来の解決はしないので。冷たい感じもしますが、気づいてくれることを、ただ祈るしか方法がないと感じます。他人を変えることは出来ないし、変えようと思う事も違う気がします。不満は不満を増大させます。喜びや楽しみも、同じように増幅します。なので私は後者が好きです。逃げているのでなく、理解をした上で、その結果、祈るしかないと思うからです。禅問答のようですなぁ。“今、この瞬間”は一生に一度なので、悶々とするのはもったいない、と思うのです。
2009年2月10日
前途多難 or 前途洋々
ようやくブータンへの準備に本格的に掛かりました。ただ、何が必要なんだろうか・・・と考えるとキリがなく、途中で放り出してテレビ見ちゃったりしています。ブータンで手に入らないであろう物を考えると、ぜ~んぶ、という気もするし、なければなくてもブータンの人が生活できているのだから、大丈夫なんですよね。要は気持ち(欲)の問題かなぁ。今月末に出国しますが、住居がまた決まっていません。まずはアパートに住んで、いずれはお家が欲しいと思っていますが、そのアパートも数が少く、条件にあった所がなかなか見つからないようです。なので更に妥協して、とりあえず屋根があればいいかなぁ・・・といった所です。日本とは違っていてホント面白いですね。彼も私と結婚したことで、お家探しとか初めての経験をたくさんして私同様、勉強になっているでしょうね。そんな状況で彼は忙しくしていますが、更に輪をかけて忙しい事態です。インドでアーチェリーのトーナメントが始まります。いまは直前の猛練習中だそう。日本に来ていた時、「忙しくてアーチェリーの練習が出来なかったけど、本格的に復活したい」とお相撲を見ながら、熱く語っておりました。やるからには優勝目指して頑張って欲しいですね。今日、日本は春のような暖かさ。お庭の梅が満開で2階ベランダに出ると、春の香りがふわぁ~っと広がってきます。虫たちが周りをブンブン飛んでいます。でも、少し早いですね。シジュカラがさえずり(ラブソング)を始めました。いま子どもが生まれても、まだ早いので死んじゃいます。ブータンに住む日本の方からは、今年は冬を飛ばして春のよう、と世界のあちこちで異常なお天気です。地球温暖化のせいでしょう。ブータンはゴミ処理場などがまだ整備しきれていないようなので、プラスティック系のゴミが出ないよう、セロテープなどを全部とってゴミが少ないように準備しています。そういう目標があると、荷造りも楽しいです。
2009年2月8日
えび大国
2009年2月7日
フリーチベット !! Free Tibet !!
ブータン行きの前にチベット関連のお知らせです。3月でチベット騒乱から一年経ちますが、事態は悪くなる一方。オリンピックイヤーを終え、フリーチベットの動きがやや小さくなってきているのは事実ですが、チベットに本当の自由が戻るまで、この動きは止めてはいけませんね。今も拷問されている人は大勢いて、死者は増え続けていますが、中国政府は知らぬぞんぜんです。私たちに出来ることは“真実を知る”ことです。渋谷のUPLINKで2本のロードショーが始まります。昨年7月に講演いただいた、チベット僧パルデン・ギャツォ氏の人生を描いた『雪の下の炎』と、ラサ市内で中国当局を騙し撮影し、政府が上映を阻止しようとした『風の馬』です。パルデン氏は無実の罪で33年間、牢獄や強制収容所で肉体的、精神的拷問、飢餓、激しい労働など受け、出所後はつらい経験を世界に語り、チベットと世界の平和を祈り続けています。経験を語る時の表情は何十年もの拷問を受けた苦しみを抱えていますが、平和を祈る表情は法王様と同じで、微笑みはまさに活仏ですね。おでこをくっつけて祈って下さいました。「風の馬」は英語ですが、予告編をどうぞご覧下さい。(詳細が決まったらブログに掲載します)
2009年2月6日
温故知新
昨日の新聞に三菱一号館の復元記事が載っていました。オフィスビルが日本に出来た最初の頃のビルで、その辺りは通称“一丁倫敦”と言われ、ロンドンの街並に似ていました。私は前職で建築の専門図書館で仕事をしていたので、一丁倫敦と言われた当時の写真や図面などに触れる機会がありました。ビルの美しさだけではなく、そこを通る人や車など、とても素敵だなぁと思っていました。今回の建築では一号館の復元ビルと、背後に高層ビルが建っており、一号館内には美術館ができるそうです。丸の内にちゃんとした美術館があるといいな、と思っていたので楽しみですが、ブータンへ行ってしますので見に行くのはいつになるでしょうか。最近は前の形を復元したビルがたくさんありますが、デザインは似ていても否なる物で、私はいつも残念に思うのです。どうして日本はそういったパターンにしか出来ないのでしょうか。壊して建て替えるのではなく、外観や内装を活かし、構造を強化することは出来ないもんでしょうかねえ。私は最初に勤めた時の“丸の内ビルヂング”がとても好きでした。旧丸ビルに思いが在る人はたくさん居ると思います。私のお気に入りはお手洗いでした。広々として、いつもお掃除の方がなめるように磨みてピカピカで石はすり減っていましたが、光り輝くお手洗いでした。その丸ビルの基礎には松杭が5000本以上埋まっており、水分があったので全く腐ってはいませんでした。その松杭を使った記念品をいくつか手がけました。建替えの頃は環境保全の担当で野鳥の自然情報センターをやっていたので、松を使ってフクロウの置物を2種類作りました。朝日と読売に出たので反響が大きく即売し、その後も何ヶ月にも渡り問い合わせがありました。そこまで愛されるビルって、すごいと思います。愛されるビルにはそこを使う人達の思いが宿り、ビル自体に魂があると思います。日本ではそんな素敵なビルを壊して、なんとなく似た感じの直線的なビルを建てます。味がありません。ビルに思いが湧きません。そんなビルは働くのも見るのも疲れてしまいます。一度壊してしまったら、おしまいなのです。新しいことが全て良いとか限りません。古ければ古いほど良いものはいっぱいありますね。彼が来日中に銀座に用事があり、その帰りに歌舞伎座に寄りました。既に建替えが決っているそうです。
2009年2月4日
早さの原因は信号!?
彼が来日中、信号を「全てオートメーションか?」と聞くので、そうだと応えると「間違うことはないのか」と。これにはちょっと笑えました。間違えはないと応えたら、えらく感心しておりました。前にも書いたかもしれませんが、ブータンには信号がありません。一度設置したことがあるそうですが、国王が「ブータンには似合わないね」のお言葉があったそうですよ。首都ティンプーではお巡りさんによる手旗信号なんですよ。彼は日本を一言で言えば“Busy”と表現していましたが、信号待ちでは「早く~(ちょっとイライラ)」だったので、もしや日本人の“忙しさ”の要因は信号から始まったんじゃないかと思いました。信号が赤だと、誰しも早く青になれって思うでしょう。
2009年2月3日
お子さんは何人?
2009年2月2日
お土産 番外編
2009年2月1日
体育会系
私の彼は相撲以外のスポーツ番組も熱心に見ていて、駅伝は面白かったようですよ。お正月の箱根を見せてあげたかった。スポーツを見るのもするのも大好きだそうで、サッカーが得意なので“ブラジル”というあだ名があります。 ブータンに電話の際、現地語ゾンカは全く分からないので、何でブラジルの話しをしてるのかなぁと思っていました。私も体育は得意で5(最高)以外の成績を取ったことがありません。父も柔道家ですし、姉はヨガの先生、母もスポーツは得意で68歳になっても卓球は欠かしません。父は「体育会系ですね」と人に言われると「“系”でなく、体育会です」と応えています。そんな我が家ですので、スポーツ大好きな彼と気が合うんですね。
2009年1月31日
見えない風を
彼がブータンへ帰り、やっと自分の時間がとれた気がします。昨年末の退職から年末年始、そして彼の来日と、目が回るとはまさにこの状態。ブータンで必要なものは何かなぁと漠然と考えながら、まだ時間はあるので、少しづつ用意しようと思います。と言ってるとあっという間にブータンなんでしょうね。ブータンで私は何するんだろうと、フト思いました。まずは最低限、2人の生活が送れるように基盤を作ることですね。でも、これってそんなに時間が掛からない気がします。適応力と要領ではやや自信があり。しかし肝心なことを忘れてました。英語がねぇ・・・。彼の日本語の吸収力があまりに早く、もしかして英語は要らない!なんて訳にいかないでしょうね。トホホ。ただ今までより、時間が出来ることは間違いないと思う(願う)ので、仏教の本が読めればなぁ・・・なんて思っています。ほんと不思議な流れで彼と結婚し、ブータンに行くことになりましたが、ブータンはインドからチベットへ仏教が渡り、仏教の濃いエキスが詰まった国ですね。日本は中国から朝鮮を経て、日本独自の仏教が成り立っていった訳で、ブータン仏教と日本仏教は明らかに違う部分もあります。儀式的なものもあれば、建築などの文化形式、更には思想も違っています。どちらが先だとか、悪いとか、そういったことはありませんね。宗教もその国の文化と結合し、変化して行くものだと思います。日本の神道の要素が、ブータン仏教には入り込んでいるようです。そのあたりを更に探っていきたいと思いますが、なにせ言葉の壁がありますので、私は私の分かる範囲での仏教、ブッダの教えや親鸞の思想的なものを読んでみたいと思います。学生の時、僧侶になる道もありましたが、働きながらの通学だったので必須課程が取れませんでした。今は神道にも興味があります。廃仏毀釈でムリムリ分かれさせられましたが、神仏合体の在り方はとても気持ちがいいと感じます。9.11を含め、世界は今なお戦争があり、難民は絶えません。それらは人為的なものばかり。宗教間の争いは原理主義的思想から発生しますが、仏教はそうではないとハッキリ言えますね。互いを尊重し、慈悲の心から、真の光が生れると信じています。彼が来日中、五木寛之さんの「仏教の旅」を見ていたら、ロバート・サーマン教授が登場。2人して思わず“サーマン”と声を上げてしまいました。チベット学の世界第一人者で、昨年やったダライ・ラマ法王を洞爺湖サミットへというフリーチベット運動を、サーマン教授はとても良いアイデアだと、協力して下さいました。私の彼はガイドの仕事をしていますが、サーマン教授は何度もブータンを訪れ、彼は案内をしているそうです。驚きました。大学院での続きをブータンの地、まさしく仏教国で出来ることや、不思議な人との繋がりなど、見えない風を感じます。(写真:彼と明治神宮へいきました)
2009年1月30日
お土産ベスト3
第3位はハイソックスです。民族衣装である“ゴ”は着物に似ていますが、ウエスト部分で緩みを持たせ、裾は膝までたくし上げます。ですので、ハイソックスが必須です。大概、日本で売っているハイソックスは膝までなく、ふくらはぎの2/3くらいですね。ロングハイソックスは伊勢丹メンズ館に買いに行きました。セール中だったのでバーバリーやサンローランなど、ちゃんとしてそうな靴下が900円程で買えました。超ロングな靴下をたくさん買ったので、お店の方もちょっと驚いていました。ロングソックスはブータン人へのお土産としては喜ばれる品物です。第2位は時計。10ドルくらいでいいと言うのですが、あんまり安いとすぐに壊れてしまっても嫌ですし、彼の条件である電池が替えられるタイプは、もう少し値がします。20ドル弱で希望のタイプがあり、シチズンやセイコーなど、時計メーカーの物があったので、いくつか買いました。そして、第1位は靴でした。兄弟や甥や姪にた~くさんスニーカーを買っていました。サイズが分からないと心配しましたが、“I know” と言って、自分の靴底にあて比較しながらアバウトな感覚で選んでいました。少し大きい分には構わないと思っているのでしょうね。帰りのパッキングで、靴はかさばって入りきれなかったんでで、結局、別便で送ることにしました。(ブータンへの配送は郵便局のEMSが安くて早くて安心)
【業務連絡】
私の出国予定です。見送りはあんまり無理しないでね。
2月28日(土) JL707便 18:45発 バンコク行き (空港第2ターミナル)
私は16:30頃に空港に行くつもりだけど、もっと早く行くことも可能なので都合を聞かせてね。
【業務連絡】
私の出国予定です。見送りはあんまり無理しないでね。
2月28日(土) JL707便 18:45発 バンコク行き (空港第2ターミナル)
私は16:30頃に空港に行くつもりだけど、もっと早く行くことも可能なので都合を聞かせてね。
2009年1月29日
視点を変えて見ると
普通に東京で生活していると気づかないのですが、街を歩く人も、レストラン等どこでも、知らず知らずに“早さ”を目指しているようですよ。同じことをするにも“早い”に越したことはないと、意識しなくとも身についてしまっているのだと思います。彼の速度で一緒に歩きながら道行く人を観察していると、ゆっくり歩いているのはお年寄りで、ほとんどの人がスピーディです。小走りで行く人も多く、女の人が走る姿に彼は驚いていました。日本の感想を聞いてみたところ、とても街がキレイで、お店の店員の対応がとても良いそうです。"いらっしゃいませ~"には、感動していました。サービスという観念がブータンと日本では違うのかもしれませんね。ただ、どこへ行っても“busy”を連発していましたね。彼が作った替え歌には超笑えました。リズムがないので面白さは通じないと思いますが、こんな感じ。♪Busy busy busy all Japanese busy, Peace peace peace peaceful Bhutanese♪ レストランの厨房をのぞいたり、店員さんがお皿を急いで片し、次のお客さんを案内したり、そんなサマを見て“フゥ”と、感心というか、若干ため息交じりの声をあげていましたよ。しばらく彼のテンポで合わせていたので、今ひとりで街を歩いていると、何だかまわりの早さにすっかりついていけなくなってしました。ブータンに行って心地よかったのは、無理をしないスピードだったように思います。人それぞれのテンポがあると思いますが、私は仕事に関しては何をやるにも“急ぎ”をモットーにしていたので、ちょっと無理もあったのかなぁと思っています。こういった性格形成は父の影響かなぁと思います。“急げ”が口ぐせで、何をするにも急いでやらないと気がすまないタイプで、ついていこうとしていましたが、私自身は彼のスピードが心地良いのだと思います。(写真はブータンの動物園でビックリ!)
2009年1月28日
ニホン満喫
今日、彼が帰国しました。といっても、今頃はインドで明日の昼にブータンへ着きます。彼のお母さんが手術することになり、そのために予定より10日ほど早い帰国となりましたが、ちょうど良い感じとなりました。京都や沖縄にも行きたい気もしましたが、3週間の日本滞在で充分満足だったようですよ。どこへ行っても人が多いのと、忙しい日本のサマには最後まで慣れず、ちょっとツライ感もあったようです。電車に乗るのがあまり好きではなく、iPodは必需品でした。電車の中で色々と観察してしまうので、帰る頃には目が真っ赤になっていました。温泉旅行の他には、友人に会ったり、挨拶まわりに行ったりして、どこにも出かけずに家に居たのは1日だけで出歩いていたので、彼も疲れたでしょうね。私もブータン行きの準備が全く出来なかったので、彼と私のスケジュールを変更して大正解です。本当に楽しい日々でした。彼は家族に慣れ、とても仲良くなって、私の父の特徴をつかんでモノマネしたり、英語がまったくゼロの母とも2人会話したり、姉とも気があったようで、王様のように姉妹を嫁に貰おうと冗談で言っていました(第4代国王の奥様は4人姉妹)。追々、日本滞在の楽しい出来事を書こうと思います。
2009年1月24日
いよいよ千秋楽
"ドルジ~、行け~!!"
2009年1月17日
驚きの日々
寒い日々が続きますね。ブータンと日本のどっちが寒いか彼に聞いてみたところ、同じくらいだけど、どちらかと言えば日本だそうです。日本は海に囲まれているから、風があって寒いのだろうと。ブータンはこんなに風が強くないそうです。場所によるのでしょうが、風が吹くと余計に寒く感じますよね。彼の実家に電話したところ、残念なことがありました。3頭の牛が虎に食べられてしまい、家族がみな悲しんでいるそうです。牛は乳を搾る他、農耕には欠かせません。小さい頃から育てており、名前もつけて家族の一員のような重要な存在だったのでしょう。森に放牧し、探しに行ったところ、残骸があり分かったそうですよ。もし新たに3頭買うとしたら6万円掛かるそうです。平均月収が2万円と聞いているので、それくらいしてもおかしくありませんね。 彼と出かけると、東京の人の多さに驚いています。駅前の駐輪場をしばらく眺め、驚いておりました。昨日は混雑した電車に乗って、通勤は毎日こんな感じだと説明したら、目を見開いていました。外に出かけるよりも家でのんびりしている方がお気に入りのようです。「必殺仕事人」を見ながら「これは本当なのか」とバッサバッサ切られるサマを恐ろしい顔して聞いてきました。テレビを見ながら「Oh my gosh」と呟くことが多いので、日本のテレビはドラマであれ、ニュースであれ、刺激が強いのかもしれませんね。 日本は年配の人が働いていることにも驚いたようです。駅を掃除しているお年寄りを見て、嘆いていました。いま庭師さんが来て作業をしていますが、その内のベテラン職人さんを見て「ブータンではお年寄りにあんな仕事はさせない、僕が手伝ってあげよう」と、楽しく庭仕事を手伝っておりました。
【業務連絡】メールを頂戴してますが、思っていた以上に忙しくなり返信できていません。ごめんなさい。スケジュールを調整しているので少し待ってください。私のブータン行きは2月末に変更します。彼は予定通り2月8日に帰国します。無理ないスケジュールに計画しなおしました。
【業務連絡】メールを頂戴してますが、思っていた以上に忙しくなり返信できていません。ごめんなさい。スケジュールを調整しているので少し待ってください。私のブータン行きは2月末に変更します。彼は予定通り2月8日に帰国します。無理ないスケジュールに計画しなおしました。
2009年1月13日
はじめまして
8日に来日しました。タシと言います。よろしくお願いします。(Tashi談)
日本の生活にも少し慣れてきたようです。家族がホームシックにならないだろうかと心配していましたが、まったくそんな様子もなく"楽しい"を連発しているので安心です。しょっちゅう鼻歌を歌っているし、たまにお尻フリフリの踊りも入っているので、ご機嫌な日々のようです。コタツに寝っころがりながらテレビを見てゲラゲラ笑っています。毎日私が色々と連れ回し、銀座・新宿・丸の内に行きました。やはり高いビルは怖いようです。彼はイギリスに2年弱、留学をしていたので、先進国の生活は理解をしていたので、ひどい混乱はないようです。街に出た時は周りを観察しすぎて、目が真っ赤になっています。基本的に陽気なので、笑いは絶えませんね。引越作業中の家具保護用に毛布を見て「Tashi's Blanket(ボクの毛布)」と一言。笑いの壷が我が家にむいています。ただホームレスの人を見ると足を止めてしまい「Oh gosh・・・」と、私になぜ皆な彼を助けてやらないのかを問うてきます。日本はホームレスだらけだから、そういう訳にもいかないと説明しても、納得がいかないのでしょうね。つど足を止め私に目で訴えます。顔を真っ黒にしたおじさんを見て、「彼はきっとインド人だよ」には、笑えました。彼の観察で、ごもっともと思ったのは、日本の女性はきれいな人がたくさんいるけど、ハンサムな人がほとんどいない、と。そういった視点で観察すると、女の子は可愛らしくしている人が多いのですが、イケメンの割合って低いなぁと納得してしまいました。そういえばブータンは美男子が多いです。彼のご両親は農業を営んでいます。家族の写真を見せてもらいましたが、お父さんのハンサムぶりに驚きました。村長さんをしているそうです。彼は8人兄弟の長男だと言っていたので、兄弟の名前や年齢、職業などを聞きながらメモしてみました。書き終わる頃に、「アレ、一人忘れてた」と、実は9人兄弟だと分かりました。いろんな意味で笑わせてくれます。(成人式を迎えた方と撮っていただきました)
日本の生活にも少し慣れてきたようです。家族がホームシックにならないだろうかと心配していましたが、まったくそんな様子もなく"楽しい"を連発しているので安心です。しょっちゅう鼻歌を歌っているし、たまにお尻フリフリの踊りも入っているので、ご機嫌な日々のようです。コタツに寝っころがりながらテレビを見てゲラゲラ笑っています。毎日私が色々と連れ回し、銀座・新宿・丸の内に行きました。やはり高いビルは怖いようです。彼はイギリスに2年弱、留学をしていたので、先進国の生活は理解をしていたので、ひどい混乱はないようです。街に出た時は周りを観察しすぎて、目が真っ赤になっています。基本的に陽気なので、笑いは絶えませんね。引越作業中の家具保護用に毛布を見て「Tashi's Blanket(ボクの毛布)」と一言。笑いの壷が我が家にむいています。ただホームレスの人を見ると足を止めてしまい「Oh gosh・・・」と、私になぜ皆な彼を助けてやらないのかを問うてきます。日本はホームレスだらけだから、そういう訳にもいかないと説明しても、納得がいかないのでしょうね。つど足を止め私に目で訴えます。顔を真っ黒にしたおじさんを見て、「彼はきっとインド人だよ」には、笑えました。彼の観察で、ごもっともと思ったのは、日本の女性はきれいな人がたくさんいるけど、ハンサムな人がほとんどいない、と。そういった視点で観察すると、女の子は可愛らしくしている人が多いのですが、イケメンの割合って低いなぁと納得してしまいました。そういえばブータンは美男子が多いです。彼のご両親は農業を営んでいます。家族の写真を見せてもらいましたが、お父さんのハンサムぶりに驚きました。村長さんをしているそうです。彼は8人兄弟の長男だと言っていたので、兄弟の名前や年齢、職業などを聞きながらメモしてみました。書き終わる頃に、「アレ、一人忘れてた」と、実は9人兄弟だと分かりました。いろんな意味で笑わせてくれます。(成人式を迎えた方と撮っていただきました)
2009年1月12日
素敵な出会いでした
何とも悲しいことでした。友人の告別式に参列してきました。彼女はウクレレの仲間でとても明るくて知的で、私達のウクレレグループには、なくてはならない存在でした。若いので病気の進行が早かったのでしょう。昨年10月には復職する予定で、ウクレレはクリスマスライブで復帰したいと言っていました。いただいた年賀状に、メールが出来ない状況だからブータンの旅立ち日程が決まったら、手紙で教えて欲しいとありました。メールがだめで手紙とあるので、入院をしているのだろうな、と察しましたが、そこまで悪いとは思ってもみませんでした。お父様からお電話をいただき、心臓が止まる思いでした。ウクレレが大好きだったので、ご両親は棺にウクレレを入れていました。誰よりも頑張って上達を目指していました。頑張り屋さんの彼女は病気を知り、克服しようと病気についての本をたくさん読んでいたそうです。彼女がどんなにかウクレレを楽しく弾きたかったかと思うと、せつなくてたまりません。「あなたとの出会いはとても素敵でした。ありがとう。」と伝えたいです。ブータンへウクレレを持って行こうと思います。そして弾く度にあなたを思い出します。
2009年1月8日
カーディンチェラ!!(こんにちわ)
今朝、彼が日本へやって来ました。私も昨日から空港近くのホテルに泊まり準備していました。出発する時の天候が気になりましたが無事着いてヨカッタです。
彼は東京駅で通勤する人達を“まるでアリのようだ”と表現してました。冬場で黒っぽい服を着る人達が足早に動くサマがそのように見えたのでしょう。ブータン人は例えればのんびりした亀だそうです。今日、彼は“日本はbusy”を連発していましたよ。聞けば飛行機では全く眠れなかったそうです。ハラハラドキドキで彼にとってはとても大変な思いをして来ているのだと思います。今日は眠くて仕方が無さそうでしたが時差ぼけを解消させるためにムリムリ起こしています。テレビは何が気に入るかと思えば「渡る世間は鬼ばかり」と氷川きよしに興味があるようですよ。彼は日本に興味津々でしょうが、こっちも彼の日本に対する反応が、しばらくは楽しみです。今週末の「世界ふしぎ発見!」はブータンの特集だそうです。ご覧あれ!
2008年12月28日
仕事納め
2008年12月22日
偶然のプレゼント
仕事でスッカリ忘れていたことや間違ったこと等、それがまずい結果になる前に、別な出来事がきっかけで未然に防げることがあります。そんな時、私は守ってくれている何かにありがとうと思います。すごい割合でこんなことが起きます。偶然はなくて物事は全て必然と考える人もいますね。偶然もそれを“偶然”とその人が思えば、偶然になるかもしれないし、キャッチしなければそのまま過ぎてゆくことなのかもしれません。今日は会社帰り、新宿駅で前職の上司に会いました。オヤジの視線を感じ目線をやると、ニヤッと笑っていました。その人は横浜ランドマークタワーを設計した人で優秀なんでしょうが、私にはユニークなおっさんです。よく職場の女性陣の手相を見ていました。それがまた当たっちゃうんです。東大大学院をいくつかの分野で出ていながら、目に見えない世界をマジで信じているのです。この世界は目に見えないことの方が多いと断言し、石の力を信じたりする人なのです。結婚のことは前に知らせていたのですが、今日会った時に、すごくすごく喜んでいました。「ブータン人なんて優しいに決ってるよ。みんなに話したけど、幸せに間違えないって言ってるよ」と。誰に話したのよって、突っ込みたくなるけど、何だか親のような喜びようで嬉しくなりました。「おすぎの性格じゃ、結婚なんて出来っこないって思ってたけどなぁ」。ほんの少しの間に言いたい放題でした。でも、心から喜んでいるのが伝わってきます。今日は他にも偶然がいくつかありました。偶然は神様のプレゼントなんだと私は思っています。(写真は“Free Tibet”を祈るキャンドル)
2008年12月21日
サギ
サギが来ました。といっても詐欺師ではありません。姉が私の部屋に「隣んち屋根にペンギンがいる!」と飛び込んできました。普段の朝は起きるまでに30分は掛かるところ、一気に目覚め飛んで見に行くと、サギが首を縮め、屋根にちょこんと座っていました。大きさとグレーがかった羽から、ネットで調べるとアオサギだと分かりました。隣のお家には大きな池があるので、水鳥であるアオサギが居たのでしょう。冬になるとシベリアから渡ってくるカモ類も隣に飛んでくるので楽しみにしています。さて、もうひとつのサギの話です。「地球温暖化詐欺」というイギリスのドキュメンタリー番組が話題になっているのをご存知でしょうか。地球温暖化の原因が「CO2」の排出であることを真っ向から科学的に否定した番組です。ちょっと長い番組ですが、リンクしてるので興味あればご覧ください。地球が温暖化した原因は“太陽”の活動が影響しているという理論です。科学者がたくさん出て来て説明します。つくり方としてはアル・ゴアの「不都合な真実」と似ています。日本でも似たような類の本がでていますね。これからは温暖化ではなく寒冷化していくという内容の本です。番組では太陽活動が活発な時は、同じように地球の温度も上がっていました。CO2が増えたから温暖化したのではなく、温暖化したのでCO2が増えたというものでした。提示された数値が真実だとすれば、地球温暖化の原因が人間ではないということになります。えっ~本当、と思う内容でした。これが真実なら温暖化対策で苦労する必要はないですし、このエコロジーへ向う世界的な動きは、誰かが儲けるための策略にみんなが踊らされているのかもしれません。その後、いろいろ調べてみたら、その番組も真実ではないことも含まれていることが分かりました。ただ、これらはすべて人が調べたものをネットで検索しているだけなので、何が真実なのかは、わかりません。戦争をすればするほどブッシュの会社が儲かるような仕組みになっていますが、誰かが儲けるために世界規模で踊らされることがある時代です。
温暖化の原因が定かではないからといって、CO2を減らすことを緩めることは違っている気もします。温暖化は太陽活動も原因のだろうし、人間の出すCO2が原因でもあるでしょう。地球が何かおかしいしと感じているのは私だけではないと思います。地球に対して申し訳ないような気持ちを持っている人は多いと思います。原因がずばり“なに”とは言えないけど、地球に対する謙虚さはとても大切なのだと思います。
太陽の影響が地球の莫大な影響を与えますが、今のところはバランスが取られているので、生活が成り立っています。太陽がほんの少し変化することで、地球がなくなる可能性だってありえます。この絶妙なバランスに対し、なんと表現していいか分かりませんが、ただただ、ありがたいなぁと何かに祈りたくなるのです。(写真は白川郷の秘密の場)
2008年12月20日
自分との対話
ちょっぴり慌しい日が続いています。物凄いスピードで流れる日々に考えたり、それをまとめることができないけど、ブログを書くことは自分の中で漠然とあったことを文章化することで、整理することができるので、私にとてもプラスに作用しています。映画の仕事は発信のように思えるけど、日々の仕事は受身的なことがほとんどなので、自分の考えをただ思いのままに書くことは、とても気持ちがいいことです。新聞やテレビでは今年を振り返える特集をしていますが、私の場合、たぶん生涯の中でも特別な年だったんじゃないかと思います。なぜかブータンに呼ばれるように行ったこと、そこで彼に出会い、昔から知り合いだったような感覚で結婚したこと、それと心の中心であるダライ・ラマ法王にお会いし、握手していただいたこと、などなど。年末で仕事を辞めるので、あと少しで仕事も終ります。その後の仕事はいまは決っていません。ブータンに行き、生活基盤を整えることが、今一番のプライオリティですね。生活はガラリと変わることになるでしょう。便利さを追求し、生活は“楽”の極みとも言える日本からの引越しで、不便なことが多いと思います。ただ、私は私の時間の使い方が狂っているように感じていたので、ブータンで人生における時間の使い道を、自分に適したものに軌道修正が出来るのではないかと思っています。衣食住がより良くなることを追求し、合理化や贅沢をしてきたけど、日本では当たり前のことが、ブータンでは困難なことが多いでしょう。でも、こういったことに時間や手間を掛けることを私は望んでいます。不器用なので自分をそういった環境に置かないと、丁寧に生きれないのだと思います。
2008年12月17日
負のスパイラル
寒いですね。世の中も同じくらい寒い風が吹いています。某自動車会社は年度内に派遣社員をゼロにするとニュースでやっていました。 会社としては仕方がないのでしょうが、本当に困った問題です。いま日本中で派遣社員が切られています。この“派遣”という制度はいかがなもんでしょうか。前職では派遣の方々とたくさん関わりましたが、みな一生懸命に仕事をしていましたが、ボーナスはなく、交通費さえなく、何か問題が発生すれば契約解除すればいい存在なので、お気の毒だなぁと感じていました。派遣社員になるのことを自分で決断した人も多いでしょうが、正社員にはなれないから派遣という人も多いと思います。派遣社員は会社側の都合がいいように使われている気がしてなりません。秋葉原の事件の犯人は自動車系列の派遣社員で、会社や世の中に対し不満を抱いており、それが事件の動機の一部であると報道されていました。事件後のインタビューでは、人を殺すことは間違っているけど、事件を起こした彼と同じような不満や不安を抱えていると、多く取り上げられていました。事務系の仕事は社員も派遣も業務内容が変わらないけど待遇面は雲泥の差があったりするので、こういった業務は派遣制度ではなく、社員にすればいいのになぁと思います。正社員として働けない場合はパートにして“派遣制度”はなくした方がいいんじゃないかなぁと思います。でも、会社も正社員としては雇うお金がないから、派遣にしてるんですよねぇ・・・。ん~、この問題も難しい。どうすれば皆が職を失わずに、最低限の生活の補償が得られるのでしょうか。さて、ブータンはまたまた祭日だそうですよ。王様のお誕生日だそうです。まぁブータンはしょっちゅうお休みのように感じます。羨ましい・・・。師走なのでやはり忙しいですね。ブータンに行く前に友達に会ったりしているので11月から師走並みのしんどさです。この時期は忘年会もあって寝不足が続き、しかも寒いので風邪もなんとなくひいているので、千代の富士の引退時のように“体力の限界”という心境です。(写真は初夏の白川郷。今は雪におおわれて銀世界でしょうね。)
2008年12月7日
この灯を消さないように
オリンピックを前に中国が勝手に自分の国だと言っているチベット本国で、つらい思いで生きている方々のインタビューした映画「恐怖を乗り越えて(LEAVING FEAR BEHIND)」を見ました。英語字幕ですが、リンク先でご覧になれます。これを撮影したチベット人は撮影後に拘束され、安否は不明です。印象的だったのはインタビューを受けた方々が顔を出す理由でした。その映像がダライ・ラマ法王の元に届けられるのなら、と危険を承知で、インタビューに応えていました。チベット本国でテレビニュースに映し出されるダライ・ラマ法王に対し、涙を流し、五体投地する姿に涙がこらえられませんでした。オリンピックを開催するには、オリンピック精神に沿うよう政治体制を改善することが条件だったので、何かしら問題解決の一歩となる期待もあった分、ラクパさん(ダライ・ラマ法王事務所代表)のお話にあったように、以前よりひどい状況になっていることにやりきれない思いがあります。また、期待をさせてしまったという責任も感じます。改善がないままオリンピック開催を許したのは世界です。もちろん一番悪いのは人権を無視している国です。
この灯を消さないようデモに参加しました。60人弱でしたが新宿駅周辺で大勢の人が居る場所だったので、何かしらインパクトは与えられたと思います。チベット国民が自国で生活できる日まで、この灯を消してはいけませんね。ちなみにブータンはサンスクリット語で「チベットの端っこ」を意味するそうです。
この灯を消さないようデモに参加しました。60人弱でしたが新宿駅周辺で大勢の人が居る場所だったので、何かしらインパクトは与えられたと思います。チベット国民が自国で生活できる日まで、この灯を消してはいけませんね。ちなみにブータンはサンスクリット語で「チベットの端っこ」を意味するそうです。
2008年12月5日
象さんもいるそうです
あの国には要注意ですよ、国王。スゴイと思ったニュースが、もう1つ。象が村の水道管を壊しちゃったそうで、村の人は困っています。日本同様、ブータンはこの時期、乾燥しているそうなので、象さんも喉が渇いちゃったんでしょうね。ブータンに行った時、牛や馬、猿などにご対面したが、象は思いも寄りませんでした。村人と上手く共存できるといいですね。
前に来年の皆既日食に触れましたが、ブータンではチベットと同じように皆既日食は不吉なこととして捉えられているとわかりました。昔の人はさぞ、太陽が消えていくことを恐れたでしょうね。そんな名残なのかなぁとも感じます。戦争が終ったと知らずにフィリピンのジャングルにいた小野田さんは、皆既日食の前まではひどい雨がずっと続き、辛い思いをしていたそうですが、皆既日食の後に晴れ、喜んでいるのも束の間、その後は日照りで悩んだというエピソードを聞きました。皆既日食は陰陽的に良いことと悪いことの両方をもたらしたりするのかもしれないですね。太陽と月の影響を地球が受けないはずないでしょう。結婚式を皆既日食に合わせてと考えていましたが、彼とよく話し合って決めようと思っています。彼はいま、実家でいろいろなお手伝いをしているそうです。仏事を行っており、日本のお彼岸の法要のような1日ではなく、1ヶ月近く続くそうです。家をあげての一大イベントですね。
2008年12月2日
とまどい
裁判員制度がいよいよ来年から始まり、早い人には既に通知が届いていますね。私はこの制度についてまだ納得ができていません。私が知り合いに“裁判員にはなりたくない”と話をしたら、人間失格と言われてしまいました。ブータンに行くので私は裁判員にはならないでしょうね。死刑制度についても人によって色々と意見がありますが、私は反対です。家族の苦しみを思えば、すぐに死でもって報いて欲しいと思う心情はわかります。ただ死んでしまったら、犯人に対してはそれで終ってしまいます。自分のやったことに気づき、罪の意識に一生苛まれて苦しんでもらうのが、一番つらいことだと思うのです。もちろん罪の意識に気づかないままの人もいるでしょうが・・・。死刑の制度自体を無くすのではなく、いつ死刑になるかは分からないという方がいいですね。私は極刑よりも生き地獄にした方がいいように思っています。宅間のように死にたいという希望を持って大量に殺害し、その上、死刑を執行すれば、彼らの思いのままだと思います。自分のやったことの罪の重さに気づくことこそ、最大の刑罰だと思います。もう10年以上前の映画ですが「デッドマン・ウォーキング」は死刑について考えさせられました。ショーン・ペンの演技が上手すぎます。
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